第2話 主婦、魔王として働き始める

「ナターシャさん、今日からだって?」


 先輩のジョアンナさんが声をかけてくる。隣、良い? と持参したお弁当を軽く上げて見せてきた。ジョアンナさんもこれから休憩らしい。どうぞ、と勧めると、ありがと~、と言って、そこに座る。


「そうなんです。こないだまで研修ってことでシミュレーションだったので今日から実戦です。シミュレーションでも難しいですね。――あっ、ジョアンナさん、これ、ウチで採れたマンドラゴラの浅漬けなんですけどもし良かったら」

「アラッ、いただきまーす! あたしマンドラゴラの浅漬け大好き! マンドラゴラって、葉もお味噌汁の具になるし、ほんと捨てるところがないのよねぇ」

「わかります。ウチの旦那も好きです、マンドラゴラ菜のお味噌汁!」


 栄養価も高いしね、なんてひとしきりマンドラゴラトークに花を咲かせた後で、話題は仕事に戻る。


「でも、噂って本当だったんですね」

「え? あ――……、『魔王様』がシフト制だって?」

「はい、ほら、いらっしゃる、っていうのは知ってたんですけど、私、あれてっきり、ご兄弟とか影武者と思ってて」

「だよねぇ。っていっても別にそこまで隠してたわけじゃないみたいだけどね」


 そう、魔王様はいらっしゃるのである。二人というか、正確には、大魔王様と魔王様だ。


 魔王城の玉座に座っている魔王ラスボス様を倒すと、その後ろにある隠し通路が開くのだ。そして、その奥を進んでいくと、大魔王ウラボス様が――、っていう。


 それ自体は皆知っている。魔王様を倒すために乗り込んでくる人間達も一応は知っている。だから、魔王ラスボス戦で全力を出さず、必ず回復アイテムを残しておくように、などという先輩冒険者からの助言もあるらしい。いや、全力で来なさいよ。


 が、問題はこの『魔王ラスボス』が誰なのか、という部分。もちろんジョアンナさんの言う通りで、私達国民の間では別にそこまでの機密事項というわけではないのだが、具体的に『誰が務めているのか』というのは謎だった。というか、私達にしてみれば、大魔王ウラボス様が倒されなければ良いわけだし、勇者だか転生者だか知らないが、たかが人間如きにやられるわけがないので、特に気にしてもいなかったのである。


 それで、噂の一つとしてまことしやかに囁かれていたのが、『パートやアルバイトがシフト制で務めている』という説。ありうる話だとは思いつつも、でもさすがに学生や主婦には荷が重くない? と思ってた。それに、そんな求人も見たことがないし。でももしそれが本当なら、時給は馬鹿高いだろうな、何せ大魔王ウラボス様の前座だ。


 と思っていたところへ、偶然見つけたのが、あのモールでの求人だったのである。面接担当である大魔道士のガスパール様の話だと、かなりの人気職である上に離職率もかなり低いため、滅多に募集はしないらしい。ただ今回たまたま、ご主人の仕事の関係で王都を離れてしまうパートさんがいたらしく、その穴を埋めるための募集だったと。私は本当に運が良かったのである。


 しかし、時給が高い分、危険な仕事なのでは? と思う人も多いだろう。何せ、この国を自分達の物にしようと目論む人間達と戦うわけだから。負けたら『死』なのでは、と。


 実はそんなことはない。


 『魔王ラスボス』はイメージとしては巨大ロボだ。中に数人が乗り込んで操縦するやつ。実際にはロボじゃなくて着ぐるみみたいな柔らか素材だけど、ロボみたいに操縦はする。中に入るのは、頭部一名、両手足各一名ずつ、そして胴一名の計六名。戦闘はターン制だから、六人でああでもないこうでもないと相談しつつ、戦うのである。それで、戦う相手だけれども、その大半が一獲千金を狙う賞金稼ぎ、つまり雑魚だ。その次に多いのが、転生者。これはちょっと強敵だ。それで、本命の勇者だけど、これはほぼ来ない。何せ一人しかいないから。


 で、賞金稼ぎ雑魚は良いとして、転生者が現れた際には、早めに撤退やられた振りして大魔王ウラボス様にバトンタッチすることになっている。危なくなったら即交代、というわけだ。だから現在のところ死者はもちろん、怪我人も出ていない。


 大魔王ウラボス様はとにかくお忙しい方だ。

 人間達は何か勘違いしているけど、魔王様のお仕事は人間達と戦うことではないのである。そんなことよりも、国政の方が重要だ。なのに、打倒魔王! とか言って、人間達は朝も夜もお構いなしに乗り込んでくる。アイツら、常識とかないのかしら。ちゃんとアポとってから来なさいよ。一国の王に謁見するのにアポなしとか馬鹿の所業すぎるでしょうに。


 それでも昔はまだ、勝負を挑んでくるのは勇者だけだったらしい。それが最近では、どういうわけだか賞金稼ぎだの、転生者一般人だのが乗り込んでくるようになったのだ。もう一度言う。転生者一般人が、だ。突然「魔王覚悟!」とか言って戦いを仕掛けてくるのである。頭がおかしいとしか思えない。


 というわけで、雑魚の相手などしてられない大魔王ウラボス様は、「本物の勇者の時とか、あと、手に負えない時だけ呼んでくれ」ということで、『魔王ラスボス様』を生み出したのである。それがつまり、私達だ。


「とにかくさ、ナターシャさん以外はもうベテランだから、安心して。ドーンと任せたら良いわよ」

「頼りにしてます、ありがとうございます」


 では、午後からよろしくお願いします、と言って、私達は二人でマンドラゴラの浅漬けをかじった。

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