─勇気─



  ある日、彼女は一人の少年と出会った。


 彼はぶっきらぼうな態度で、どこはかとなく距離を感じた。


 最初は少年の冷たい態度に戸惑いながらも、彼女は少年の内側に秘められた優しさに気付いていく。 そして、ただ単純に良い子なんだろうなと思っていただけだった。


 いつからだろうか、そんな少年が彼女にとってな存在なんだと気付いたのは。


  彼女は同時にただ守られているだけの関係じゃダメだと、「私が守らなくちゃ」と決意した。


  そして、その瞬間が今なのだと彼女は感じた。




「聞こえてるかな?アタシは凪が居たから今此処に立ってる、凛鳴ちゃんやはるはる。みんなだってそう。凪に助けられたから此処にいる。

凪がアタシたちを見つけ、助けてくれたおかげで今此処にいられるの……だから今度はアタシたちの番だよ。凪がそこから出てきたくないって言っても無理やりにでも引きづり出して、一発ぶん殴ってあげるから覚悟しなさい。」


「クク、なにをしようが無駄ですよ。」


「んーん。そんな事ない!きっと私たちの思いは凪くんに届く。私はあの時に誓ったの。絶対に守ってみせる。って!あの時の私はただ見てるだけしか出来なかった……でも今は違う!全てを背負わせるだけじゃない。私も一緒に背負えるだけの力がある。」


  凛鳴は梓と視線交わし、話を続けた。


「一緒に行こう梓先輩。私たちならできるそして」


「「お説教。だね!」」


  二人は笑いながらそう言った。


「面白い。出来るものならやってみなさい!」


  ヴァンスは狂喜した。同時に圧倒的な力を前に臆すことなく、立ち向かえる少女二人に感心した。


「凛鳴!10秒ちょうだい!なぎなぎの身体だから遠慮してたけど、そんな事も言ってられなくなったわ。はるはるは、ネーヴェちゃんの所に行ってそこの女の子を一緒に治療してあげて!」

「分かりました!余裕で耐えてみせます!!」

「了解です!!」


  橘はアリシアの治療へ、凛鳴は梓に向け何重もの結界を、そして梓は詠唱を始めた。


「深淵の闇より湧き出でし魔力よ。

燃え盛る炎とともに爆裂せよ……」


「ッ……!?この詠唱は……ふふ。彼女たちは強い。ねぇイリス。君は圧倒的強者の前で臆すことなく立ち向かえるかい?」

「急になんの話でしょうか?」


  ネーヴェは少し口元を緩めイリスへと問い掛ける。


「あの詠唱、彼女はつい先程、聞いたばかりなのだよ。それにも関わらずこの土壇場で使おうとしている。」

「詠唱魔法をぶっつけ本番と言う事ですか!?」


  梓は詠唱を続ける。


「我が手に秘めし力を解き放ち、無限の暗黒を呼び起こさん。爆焔の災厄よ、現れよ」


「そうだ。一歩間違えれば死ぬかもしれない。それでも尚、立ち向かえるかい?」

「私は……無理かもしれません。」

「そうだろう。私も諦めてしまうかも知れないよ。だけど彼女たちは違う。怖くて足が震えようと、痛みで身体が悲鳴をあげようが必死に我慢する──それを人々は〈〉と呼ぶんじゃないかな。」




゛アポカリプス ゛






  梓が魔法を唱え終わるとヴァンスの立っていた場所は雷が落ちたかのような光を発したか思えば、次の瞬間──焔の柱が空へと一直線に伸びた。


  それはまるで神話の一篇を思わせるほど壮大だった。


  そして、その場に居た誰もが驚愕した。彼女の魔法は、以前ベルベットが放ったものとは全く異なっていたのだ。魔力の差なのか、それとも彼女の特別な力なのか、彼女の双眸は輝きを放ち、周囲に幻想的な輪郭を描いていた。






「…………。ち、ちょっと!梓先輩やり過ぎたんじゃないですか!!!?」

「ご、ごめん。アタシもあんな事になるとは…。」


  さすがにヤバいと思ったのか額に汗をダラダラと垂らし、凛鳴と二人で慌てふためいた。するとイリスがゆっくりと近づき静かに言った。


「…落ち着いて下さい。生きている限りは治せます。ただし……原型が残っていれば、ですが。」


  そんなイリスの言葉は二人を更に焦らせた。



  その時、ガタガタと瓦礫を退けるかのような音が聞こえ、視線を向けた。


「くっ…まさかこの身体に、ここまでの傷を負わせるとは……。」


  そこには片腕をなくし、身体中からはプスプスと煙をあげ、至る所に火傷を負ったヴァンスが立っていた。


「どうやら生きているみたいだね。主様の肉体に感謝するべきかな。」

「…よかった!先輩生きてた……。」


「……どうやらしばらく見ないうちに此方側へと足を踏み入れたみたいですね。今日の所は引くとしましょう。」


  ヴァンスはその場から浮き上がり穴の空いた天井から逃げようとしたが、


「ッ…!?逃がさないよ!」


  凛鳴の結界により穴を塞がれ逃げ場を無くすのだった。そして、凛鳴は言った。


「凪くんの身体は絶対返してもらう。そして、二度と同じ目にはあわさない!!」


  すると、凛鳴の背後に金剛杵こんごうしょ─ 両端にモリを思わせる形状をした、金色の光を放った物体が四つ。そして頭の後ろには神々しさを放った光輪が浮遊していた。


「……。なぜ、それを貴方が…」


  イリスはそれだけ呟くとその場で頭を垂れた。


 その姿を見てかネーヴェがイリスに問いた、


「……あれはなんだ?」

「……天使が持つと言われている武具です。その武具は選ばれし者だけが身に纏う事を許されています。簡単に言ってしまえば今この場に天使が降臨したと言えるでしょう。」


  イリスはそれだけ伝えると頭を垂れたまま口を噤んだ。


「な、なん、なんなんだ…それは……。」


  先程の詠唱魔法に続いて、凛鳴の金剛杵。


  ヴァンスは初めて恐怖を抱いた。こんな化物のような存在が許されるのかと。圧倒的な力の差を見せつけたと思えば数刻後には立場が逆転していたのだ。


  思考を巡らせ、いくつもの逃走方法を考えた。しかし、いくら考えようと答えは見つからなかった。


  ヴァンスは凛鳴へと無我夢中で無数の刃を、そして、思いつく限りの魔法、全てを全力で放った。


「無駄だよ。」


  背後で浮遊していた金剛杵が凛鳴の前方に結界を張り巡らせ、ヴァンスの魔法を全て打ち消した。


「なんだと!?打ち消した……?こんな、こんな事があってたまるかぁぁあ!!!」


  激しい叫び声が響き渡る中、ヴァンスは攻撃を辞める事なく放ち続けるが、それは変わらず金剛杵によって打ち消されていった。



『響け響け鐘の音よ、我は望む。

汝の力による安らぎを。』


「ふざ、けるなぁぁ!私はこんな所で滅びるわけには行かないんだぁぁ!」


  凛鳴の詠唱が響き渡る。


『響け響け福音よ、我は望む。

汝の力による救済を。』


  金剛杵がヴァンスの周囲をクルクルと周りだし徐々に包み込むかのような結界を形成していく。


「小娘ぇぇ!!!絶対殺してやる!!絶対にだ!」


  ヴァンスは尚も攻撃を辞めなかった。


『群青の白き摂理よ、この手に集い捧ぐ。

汝の力、金剛杵を持って忌むべきものに鉄槌を。』




  詠唱は終わった。

「…凪くん。今、助けるからね。」






『──────天使の福音エーテ・セラフィム──────』





  その瞬間 ─── 部屋中に鐘の音が響き渡った。


  それと同時にヴァンスの周囲に金剛杵から4本の細い柱が伸びる。 そして、4本の柱の中心に天空から1本の輝く柱が降りてきてヴァンスを包み込んだ。


  その神秘的な光景に、周りの誰もが息をのむほどの驚きを隠せなかった。


「な、んだ…私が、こんなこ…娘に負け──」


  ヴァンスの声が聞こえなくなり、柱が徐々に薄くなり消えていった。


  そして、そこには額から角を伸ばしたままの凪が横たわっていた。しかし、禍々しい気配はなく。ただ静かに寝っているようだった。


  どうやらヴァンスの存在だけを消したようだ。


  彼女たちは駆け寄り、橘とイリスで回復魔法を掛けながら、凪が目を覚ますのを待った。




「…ん……ぅあ…。」


「「「──!!」」」


  その場に居た誰もが凪の名前を呼び、凛鳴と梓は凪へと抱きついた。


「…え?梓…え?凛鳴??それにネーヴェたちまでいるじゃん?あれ?」


  凪はこの訳も分からない状況に頭を困惑させた。そして、イリスがクスっと笑い口をゆっくりと動かした。


「凪。この度はありがとうございました。感謝してもしきれません。」


  その場で恭しく頭を垂れ、話を続ける。


「邪神は滅びました。そして、ヴァンスもまた同様に。」

「…え?ヴァンス?」


  理解が追いつかない。俺は確か邪神と戦っていたはず……あれ?おかしいぞ。途中から記憶がない!?


「はい。貴方は闇に呑まれました。そこをヴァンスに付け込まれて身体を乗っ取られていたのです。」


  ッ…!?

「私は絶望しました。そしてそんな中、突然扉が現れ、彼女たちが貴方を助けにいらしたのです。」

「……そうか。また俺は……。すまない、みんな。」


  凪の瞳からは言いようのない悔し涙が沸き返る。


「なぎなぎ、自分を責めないで。これからはちゃんとアタシが傍に……んーん。アタシたちが傍にいるから。凪だけに責任を押し付けたりもしない。」

「そうだよ凪くん。これからは私たちが傍にいるし、もしまた闇に呑まれても何度だって助けるよ。」

「お前ら……。」


  そういい二人は凪を抱きしめる力を強めた。


「主様、その二人の言う通りだよ。全てはそこにいる駄女神が悪いんだから気にする事じゃないよ。」

「ち、ちょっと!ネーヴェ貴方ね!なんて事言うのよ!」

「ふふ。口調が戻っているけど、いいのかい?」

ッ…!?


  イリスはしまったとばかりに口元に手を持っていった。


「そー言えばパパさんは……??」


  凛鳴が顎に人差し指を当て首を傾げると、


「「「あっ!」」」 と。


  そこに居た誰もがグリザードの存在を忘れていた……

  橘があわあわと走って行き、凪は相変わらずだな。と頬を緩ませるのだった。




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