─希望─
「………く、そ。なぜ、僕、が。お前ごと、きに…。」
イドラフォルは顔だけをあげ忌々しそうにヴァンスを睨みつけた。
「おや、まだ生きていたんですか。いや、精神だけ乗り移っているみたいですから死ぬことはないのでしょうね……さて、どうしましょうかね。」
ヴァンスは顎に手を当て、なにかを考えるように口を閉ざした。
「絶対、に、殺し、てやる……」
「あぁ。これは申し訳ない。重力を解放していませんでしたね。通りで言葉が聞きづらいと思いましたよ。」
ヴァンスはそう言うと指をパチン。と弾いた。
その瞬間、身体にのしかかっていた物がふとなくなり、身体が自由になる。
「あーそこの女神。貴方も曲がりなりにも神でしょう?早くそこの邪神にトドメを刺してあげなさい。今なら可能でしょう。」
イリスはヴァンスにそう言われ、いかにも忌まわしそうな顔つきをした。しかし、ヴァンスの言う事は正論である。邪神を滅ぼすには充分な程弱っている今がチャンスであった。
イリスは邪神の前まで歩いて行き、目の前まで来ると神威を発動した。
イリスの身体からは神々しいオーラが溢れ出していた。もし地上の人間が今のイリスを見れば皆が頭を垂れるであろう。
イリスはイドラフォルの頭へと手を置いた。
「や、やめろぉ!!僕はこんな所で─」
「
イドラフォルがなにかを言い終わる前に、イリスがスキルを発動した。するとアリシアから禍々しい色をした柱が天へと登る。
「ふぅ。それで、貴方はこれからどうするおつもりですか?」
イリスはイドラフォルを浄化し、アリシアへと回復魔法を掛けつつ、ヴァンスに話かけた。
「そうですね。身体も手に入った事ですし、まずはこの世界を私の物にでもしますかね。」
ヴァンスはゆっくりと宙から降りてきて、玉座へと座った。
ッ……!?
「そんな事がまかり通ると思っているのですか?そもそも凪はどうなったのですか?」
「ふむ。あまり囀るなよ…小物が。」
ヴァンスがそう言うと、イリスは絶望に顔を歪め、身体をブルブルと震わせ始めた。
そして思う。なんだこれは……と。イドラフォルなんて非じゃない…仮にも女神の私にこれ程の恐怖を与えてくるコイツは何者なんだと。
「失礼。怖がらせるつもりなかったんですが、つい感情が表に出てしまいました。」
そう言うと、先程の殺気は嘘みたいにパッと消え、身体の震えも止まるのだった。
ヴァンスは話を続けた。
「凪。この身体の持ち主は一応まだ私の中にいますよ。精神世界とでも言うのでしょうかね。」
よかった。凪の魂が残っているならばまだ救える可能性がある。問題はどうするか、だ。 手っ取り早いのはヴァンスを殺す事だが、それは無理だと先程痛感した。あとは凪自身が自分でなんとからする他ない。
「クク。なにやら考えているみたいですが、彼の力では私から身体を奪うのは無理でしょう。」
ッ……!?
「彼は今自身の弱さに絶望し、殻に閉じこもりました。貴方がなにをしようと彼に声は届きませんよ。」
イリスは絶望に顔を歪め膝を折った。
「いいですね、女神イリス。貴方のその表情もまた私の気分を高揚させる。ですが……途中で邪魔をされてもかないませんので、今のうちに退場してもらいましょう。」
そう言い終わるとヴァンスは指を弾こうとした──
「「ッ……!?」」
突然、時空が歪みヴァンスとイリスは視線を向けると、徐々に扉が形成されていった。
「女神イリス……貴方なにかしましたね。」
「……私ではありませ──」
イリスが言い終わる寸前に扉が開き、それは出てきた。
「ッ……!?グリザード…だと!?」
「よお息子よ!……ん?……お前、誰だ?」
それまで余裕の顔をしていたヴァンスの顔が酷く歪んだ。 扉からはグリザードに続いて梓たちが現れる。
「ネーヴェ!?なぜ貴方がここに!!」
イリスもまたネーヴェの登場に驚き、そして心臓を高ならせた。絶望しかなかったイリスに一筋の希望が生まれたのだ。
「やぁイリス……。ふふ。なんだかこっぴどくやられたみたいだね。」
「ッ……!?そ、そんな事はありません。少し油断しただけです。」
扉から現れたネーヴェはイリスの惨状を見て思わず笑ってしまった。 散々お高く止まっていたイリスが膝を付き顔をぐちゃぐちゃにしていたのだ。
「なぎなぎ!!」「凪先輩!!」「凪くんっ!」
梓たちは凪の姿を見つけるや走り出すが、異様な雰囲気を醸し出す凪を前に動きを止めた。
「……なぎなぎ?」
「…凪先輩、角が……。」
「……おやおや、どこかで見たことがある顔だと思えば…あの時の小娘じゃないですか。」
ッ……!?
姿、声は凪そのものだ。……しかし中身がちがう。
「……もしかして─ 」
梓は気付いた。この異様な雰囲気。そして殺気。
「……ヴァンス。」
「なんだと!?嬢ちゃん今ヴァンスって言ったか!!」
「ほう。私の事を覚えていたのですね。そして、グリザード。お久しぶりです。様をお付けした方が宜しいですかね?」
ヴァンスは恭しく、頭を下げた。
「ヴァンス…。どうゆう事だぁ…!!」
「いえいえ、私はなにも悪くありませんよ。彼自らこの道を選んだのです。己の弱さに絶望した結果です。」
「……息子を返しやがれッ!!」
グリザードは地面を蹴り上げ、それと同時にヴァンスはため息をつき、
「まったく。私は悪くないと言ってるじゃないですか。」
そう言うと─ パチン。と再度指を弾いた。
「「「ぐっ……!?」」」
それと同時にその場に居た誰もが膝をついた。
「クク。やはりこの身体は素晴らしい!!グリザード。貴方の息子はこんなにも強いのに、力の使い方を分かっていないようだ。例えばこんな風にね。」
「……ヴァン、ス。てめぇ。」
ヴァンスはそう言うとその場から消え、一瞬でグリザードの目の前まで移動し、容赦なく顔面に強烈な蹴りを放った。
すると、まるでボールでも蹴ったかのように軽々と身体は浮き上がり壁まで吹き飛ばされた。
グリザードはその一撃で意識を失い、ヴァンスの強靱な力に圧倒された。
「なぎ、なぎ目を覚まし、て……!」
「やはりギャラリーが増えるとうるさいですね。少し人数を減らしましょうか。」
重力から解放されたと思えば、次の瞬間、ヴァンスから漆黒の刃が梓に向け一直線に放たれ、梓の目の前まで迫った。しかし、見えない壁によってそれは弾かれた。
「おや?おかしいですね。」
と首を傾げると再度漆黒の刃を放った。何度も、何度も。しかし刃はすべて透明の壁に弾かれてしまうのだった。
「ふむ。どうやら壊れた瞬間に張り直しているようですね。」
「梓先輩は傷付けさせないよ。」
と、凛鳴は真剣な表情で答えた。
「ネーヴェ…癪だけど、凪を助けられるのは貴方たちだけです。私では繋がりがまだ浅すぎる。」
「あぁ。残念だけど私も無力だ。助けられるとすればあそこの二人だろうね。」
二人の会話が、ネーヴェとイリスの関係を物語る。イリスは強気だが凪を助けるには自らの力に限界を感じていた、一方でこれまで数々の冒険を共にしたネーヴェは、二人に期待を寄せていた。
「私たちは彼女たちを信じて待つことしか出来ないよ。」
その言葉に背中を押され、イリスは新たな希望を取り戻すのだった。
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