─荒木 修二─
凪と蒼波は二階を後にし、三階へと向かった。階段を登りバリケードの前まで来ると違和感を感じて足を止めた。
「……なんだ、この違和感。」
「ご主人様、どーかしたのぉ?」
蒼波は足を止めた凪の顔を不思議そうに覗き込んだ。
ッ…!?
「結界が消えてる…?」
凛菜になにかあったのか?それとも自ら解いた?いや、わざわざ解く必要がないな。
凪は胸騒ぎがし、バリケードをくぐり、急いで教室へと向かった。
教室の前に到着しドアを開けた凪は目に映る光景に驚き、目を疑った。何と、女子生徒達は揃って衣類を身に付けておらず、ぐったりとしていたのだ。
その場には男子生徒が四人程おり、女子生徒たちに覆い被さるようにして腰を振る様子が見え、凪は全身から血の気が引くのを感じだ。
「チッ!屑共が!」
凪は怒りを抑えきれず、拳を強く握りしめた。
「ご主人様。血が出てる」
「蒼波………。殺せ。」
「ん、りょうかい。」
蒼波は男達にゆっくりと手をかざした。
「あ゛?なんだ、まだ女が居たのか。」
男はこちらに気がつくと、腰を振るのをやめ、立ち上がると蒼波へと歩みを進めた。
男が近付いてくると、蒼波が「近づかないで。」と言いながら、手の平から水の塊を何個も生み出し、それを男達に向かって放った。
「ガボッボっ。」
水の塊が男達の顔全体を包み、その液体により、空気が遮断される。気道が閉塞しこのまま放置すれば溺死体の完成だ。
残酷な殺し方だと思うか?さぞ苦しかろう。簡単に殺してしまっては襲われた女の子が可哀想だろ?存分に苦しんでもらわないと。
男たちはしばらくもがき苦しんでいたが、時間が経つに静かになっていった。
「ご主人様。終わった。」
その言葉を聞き、凪は興味無さそうに倒れた男たちから視線を切り、凛鳴と先輩を探し始めた。
「チッ!ここにはいないか…頼むから無事で居てくれよな…蒼波。移動するぞ。」
四組の教室を後にし、五組の教室に向かった。しかし、そこにはガチャガチャと音を立てて閉まったドアが待ち構えていた。
「くそッ閉まってる!」
凪は思いっきりドアを蹴り飛ばした。すると、何やら物音が聞こえてきた。ドアの向こう側に居たのは凛菜と先輩。そして、荒木だった。
「おい、うるせぇぞ!!!」
居た。先輩と凛鳴だ。
彼女たちの服には所々破れがあるが、一応着ているようだった。意識はないみたいだが、とりあえず無事な事に凪は安堵の表情を浮かべた。
「誰かと思えば山本じゃねぇか!!なんでてめぇがこんな所にいやがる!」
荒木が驚き声を掛けるが、凪は黙ったまま、荒木を見据えていると、荒木が怒りだし言った。
「おい、シカトしてんじゃねぇぞ!!」
さらに、荒木は、凪へと近付き拳を振り上げた。
「オラァァ!!」
荒木の拳が目の前に迫るが、身体を少し横にかわし、巧みに避けた。
「なッ!!何避けてんだてめぇ!!」
と、荒木は顔を真っ赤にし、恥ずかしさからさらに怒りをぶつけるが、凪が上手くかわすため、その拳は一度も当たることは無かった。
「くっ!佐々木あれを使え。コイツは殺す!!」
「修二これ使ったらもぉなくなっちゃうぜ?」
「いいから使え!山本の後ろにいる女もお前にやる。」
「まじで!うひょーやったぜ!スタイルは普通だが顔は抜群だな!!そんじゃま、ほれ!」
荒木がそう言うと、そいつは持っていた缶に穴を開け、凪へと投げつけた。
凪はシューーーという音と共に、何かが顔に直撃したのを感じた。
「なん、だ、グッ…催涙スプレーかなんかか…くそ。思いっきり吸っちまった。」
その光景を見て、荒木と取り巻きは得意げに笑っていた。
まずい…意識が飛びそうだ…
すると突然、凪の身体が水のベールで包まれ、その清涼な感覚が、凪の意識を取り戻した。
「なにしやがったてめぇ!」
「蒼波…か!助かった。」
「うん、大丈夫?」
「あぁ!もぉ大丈夫だ。荒木、それでみんなを眠らせて襲ったのか?」
「あ゛?だからなんだってんだよ?」
「なるほどね。とにかく凛鳴と先輩は返してもらう。」
「なに言ってんだ?ダメに決まってんだろ!死にたく無かったら大人しくそこで見てろ。終わったら貸してやるよ。」
荒木はそう言い凛鳴の胸元に手を伸ばしたかけると、凪が「触るなッ!!!」と叫び、荒木の手を制止した。その瞬間、ビリビリと空気が揺れ、二人の間に緊張が走った。
「ッ…!!山本ごときが俺に指図してんじゃねぇ!殺すぞ!」
「だから返してもらうと言っている。聞こえなかったのか?そもそも荒木。お前じゃ俺に勝てない。」
「殺す殺す。ぜってぇ殺す!゛砕拳 ゛!!」
荒木は凪に挑発され、怒りを爆発させた。そして、顔を真っ赤にしながら、凪へと殴りかかった。
ッ……!?
「ガッ…!!」
荒木の拳は蒼波のベールを貫き、凪の頬を頬を捉えた、その瞬間、衝撃が広がり、空気が熱くなった。
チッ…油断した。
凪の唇から血が滲みだし、その痛々しい様子に蒼波は駆け寄り、「大丈夫?痛くない?」と心配するが、 凪は「あぁ。」とだけ返事をし、更に言葉を続けた。
「蒼波。武装化しろ!」
蒼波は右手を差し出し、凪はその手の甲へとキスをする。蒼波は光の粒子となり凪の両手へと収まった。
「これは、フィンガーグローブか……」
これが蒼波の…
ステータス。
────────────────────
山本 凪 17歳 レベル20 人族
HP 150/150 MP 140/140
攻撃 62+75
防御 58+75
素早さ 72
運 69
侵食度 15
スキル 精霊召喚、精霊武装
-神楽-蒼波
称号 世界を壊す者
────────────────────
神楽の場合均等に能力があがるけど、蒼波の場合は攻撃と防御に特化しているわけか。
ふっ。まさか相手の土俵で戦う事になるとはな… まぁいいだろう。
「さぁ。始めようか…殺し合いを。」
荒木は動かない。いや、正確には動けないと言うべきだろう。
傍に居た女が消えたかと思えば、凪から冷たい殺気が溢れ出していたのだ。その姿に荒木は冷や汗を垂らしていた。
凪は左手を前に出し、オーソドックスな形を取って挑発した。「なんだ?来ないのか?」と凪が言うと、荒木の身体がビクッと反応した。
「く、クソガァぁ!!」
その瞬間、荒木は腰を低くし、猪のように凪に向かって突進してきた。凪は素早く身をかわし、カウンターを放った。
「シッ!」
凪はジャブと右のハードパンチを荒木へと繰り出した。その拳は荒木の顔面に直撃し、「グワァ!」と言う悲鳴が響き渡り、まるでカエルが潰されたような声だった。
こいつ、経験者って言ってなかったか? 弱すぎるな……これもレベルアップの恩恵か?
「ヂギショー……」
荒木は鼻と口から血を出し、床に這いつくばった。凪はそのまま荒木に馬乗りになり、何度も何度も。拳を振り下ろした。
荒木は手を顔の前で覆いながら「ビョウ、ヤベテ」と悲願しているが、凪は聞こえていないかのように荒木に向かって拳を振り下ろし続けた。
そんな時、突然横から妙な声が聞こえた。
「ふ、ファイヤーボール」
その声の方へと視線を向けると、火の玉のようなものが凪へと一直線に飛んできていた。
「ッ…!?」
咄嗟に、左の手の平を前に出し防ごうとしたが、プシュン。と凪の手の平に当たると、不発だったかのような音を出し消え去った。
「「えっ?」」
これには流石に凪と佐々木も困惑した声を上げた。
すると脳内で私が説明するよ!と言わんばかりに声が聞こえてきた。
゛ご主人様。私の左手のグローブには魔法を打ち消す効果があるよぉ!゛
゛ただ、その度にMPを消費するから気をつけてね!゛
と、言うことらしい。
「フッ。上出来だ。」
凪は口元を少し緩めた。
゛後で褒めてね?゛
わかった。とだけ返事をして、荒木の上から身体を起こし佐々木へと視線を向けた。
「くそ、なんでだ!!」
佐々木は困惑しながらも、何発も魔法を放つがその度にプシュン。プシュン。と全て消えてしまう。
「あぁ!チキショウ!来るんじゃねぇ!」
魔力が切れたのかポケットに手を突っ込むと、刃物を取り出した。
「そんなもんまで持ち歩いてんのか。」
「へ、へへへ。死ねぇぇぇぇぇ!!」
佐々木はナイフを両手で持ち、凪へと突進した。
しかし、凪は「ヨッ!」と軽く身体を捻りナイフを躱し、そのまま佐々木の手首に拳を振り下ろした。
「ぐぁぁあああ。」
その瞬間、カランカラン。と刃物が床に落ちる音がすると同時にゴキッ。と佐々木の手首から鈍い音を出した。
よく見ると佐々木の手首は変な方向に曲がっており、折れているのが見て取れた。
凪はゆっくりと落ちたナイフを拾い上げ、痛みで蹲っている佐々木の首元へと、躊躇なくナイフを振り落とした──
ガキン。
「…ん?なんだ?」
振り下ろしたナイフは、佐々木を守るかのように包み込んだ結界に弾かれた。 凪が周囲を見渡すと、目が覚めたのか凛鳴がこちらに向けて手をかざしていた。
「………どーゆーつもりだ?凛鳴。」
その声は低く唸りをおびていて、いつもの凪から出る声とはかけ離れていた。
「ヒッ……」
凛鳴はペタン。と床に座るように崩れ落ちた。
凪は凛鳴の無言から目を逸らし、再び佐々木へとナイフを振り下ろした。
ガキン。ガキン。ガキン。
何度も。何度も振り下ろした。
「くは。はは、ひひひ。」
「ひぃーー助けてくれ!もうしない!!もうしないから!」
凪は狂ったように笑いながら、助けを乞う佐々木には目もくれず、ナイフを一心不乱に何度も振り下ろした。
しかし、結界が壊れず苛立ちを募らせ「チッ。神楽ぁ!!」と神楽を呼びつけ強制的に武装化。そして刀を振り上げ呟いた。
「死ね。」
刀が振り下ろされると同時に叫び声が教室中に響き渡った。
「辞めてぇぇぇぇえ!!」
バキィィン。
凛鳴の叫びとは裏腹に結界はあっさり壊れ、そのまま佐々木の首はポトンと切り離され辺り一面を血溜まりへと変えた。
「ッ…。そんな……」
゛凪様。いけません。一度落ち着いてください。侵食度が急激に上がっています。゛
゛神楽武装化解除して!゛
゛できない!!なにかに邪魔される!゛
゛このままだとご主人様が!!゛
神楽と蒼波が凪に必死に声を掛けるが届く事はなかった。そして、 凪の身体からはドス黒いオーラが溢れ始め、額の右側から一本の角が伸び始めた。
「あ゛ら゛ぎぃぃぃぃ!!!」
凪は視線を荒木へと向けると、一瞬で荒木の目の前に距離を詰めた。
「…!?来るんじゃねぇ!!化物がぁ!砕拳砕拳砕拳ッ!!」
荒木は必死に拳を振り上げた。拳が砕けようとお構い無しに…しかし凪はその場を微動だにしなかった。かと思えば荒木の首元へと刀は迫っており一瞬で首を跳ねた。
「こひゅ。」
ボトン。
「ッ………!!」
荒木の首が落ち。凛鳴達からは声にならない悲鳴が上がる。
首を切ったと同時に凪はその場に倒れ、神楽と蒼波は急いで武装化を解き凪に駆け寄った。
「凪様!!…大丈夫。ツノは戻ってる。」
「ご主人様、よかった!よかったよぉ。」
「とりあえず移動させましょう。凛鳴様達も着いてきて!」
「隣はダメ。」
「そぅ…それじゃあ三組の教室にしましょう。」
神楽と蒼波は凪を担ぎ、その場を後にする。
凛鳴は何か思う所があるのか、先程まで生きていた荒木達にチラリと視線を向けるが、すぐに視線を切り、なにも言わずに神楽達の後を追うのであった。
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