第34話 裏切り始動

「――は?」



 『ボス』は幹部の中でも問題児筆頭のフランからの質問に対して、説明しようとした瞬間。その相手から、苛立ちに満ちた声が聞こえた気がした。



「ん? 何か気に障ることでもあったのか? それとも、無駄にプレッシャーとか出してないよな?」



 『ボス』はフランにそう尋ねる。彼女自身も、長年の探し物が見つかり、精神状態が些か普通とは言い難い。そのせいで、無意識の内にフランに余計な圧をかけていたのかもしれない。



 確かに『ボス』は世界征服を謳う組織のトップであったり、部下が裏切った場合には落とし前をきちんとつけさせているが、無意味な虐殺が好きな訳ではない。

 部下の個人的な趣味を認める程度の度量はある。それが組織の不利益に繋がらないという前提はあるが。



 それでも普段の態度や肩書きのせいで、『ボス』は幹部達からも恐ろしい人物と思われている。

 実際に、魔法少女に投降したウィッチは裏切り者として別の幹部に処理させたので、その点に関しては間違いではない。



 『ボス』は話を続ける前に、確認の為に質問を仕返したのだが、フランは無表情を浮かべいた。

 『アクニンダン』のトップとして君臨して、個性派揃いの幹部を勧誘。それ以前の一人で魔物を退治していた時期・・・・・・・・・・・・・・を経験してきた『ボス』であっても、今のフランの表情から感情を読み取ることができなかった。



 もしかしたら、自分の聞き間違いではないか。そう『ボス』が考えていると、フランは無表情から一変。先ほどまでのような、砕けた態度に戻る。



「いえいえ、何もありませんよ。『ボス』。ちょっとだけ、『ボス』のテンションの上げように驚いただけです」

「それなら良いのだが……では、例の魔法少女――アマテラスについて、お前が把握している情報を詳しく教えてほしい」

「それぐらいでしたら、全く問題ないですよ。なら、まずは――」



 ――それから、『ボス』はフランの話の聞き手に徹して、気になることがあれば質問をする。そんな時間を過ごした。



 フランから齎された情報は、まさに『ボス』がずっと待ち望んでいたものであった。



「……そうか。アマテラスの新しい魔法の力。自分の死すらも覆す、まさに奇跡の力だな。儂が求めているものに合致する」

「言っておきますけど、確定ではないですよ。あくまでも、今の段階では僕の予想ですし」

「いいや、恐らくお前の考察は正しいだろう。儂の見立てとほぼ一致している。それに、アマテラスがあの力に目覚めたのも、お前の働きが大いに影響したはずだ。感謝するぞ」

「僕は自分の欲望に従っただけですから。褒められるようなことはしていませんよ」

「それでもだ。本当に感謝させてくれ」

「では、用事が済んだようですので、帰らせてもらいますね」

「ああ、今日はゆっくりと休め。後日、他の幹部達と合わせて、計画を通達させてもらう」

「承知しました」



 フランは最後に一礼をして、玉座の間から退出していった。



 それを見届けた後、映像に映るアマテラスを視界に収めながら『ボス』は独り言を呟く。



「……長かった。これで世界を儂の思うままにできる。その為の生贄になってくれよ? 真の世界平和の為なら、魔法少女であるお前も本望だろう?」



 ――『ボス』は気づかない。ある人物の地雷を盛大に踏み抜いたことに。





 『ボス』からの呼び出しが終わり、僕は行きと同じで歩きで自分のラボに向かう。

 その間、耳が痛くなる程の静寂の中に、僕の足が床を踏み歩く音だけが響く。



「……」



 僕は無言ではあるが、僕の異様な雰囲気に呼応するかのように、足元の影が激しく波打つ。影と同化している『シャドウ』さんが動揺しているのだろう。

 『シャドウ』さんには申し訳ないが、この怒りは抑えるので手一杯だ。



 僕の地雷――アマテラスに手を出すと言った『ボス』を目の前に、我ながら平静を取り繕えたものだ。



 『ボス』がアマテラスを理由が、どうでもいいことで、彼女の身柄を僕が預かれるのであれば、少しの不満はあってもここまで荒れることはなかった。



 しかし『ボス』の発言を聞いた所、最終目標の詳細は語ってはくれなかったが、分かっていることは一つある。

 それは用途は不明だが、『ボス』はアマテラスの死を計画に組み込んでいる。

 そんなものを僕が容認できるはずがない。



 だけど、正面から『ボス』に――『アクニンダン』に反抗したとしても、その末路は容易に想像できる。

 そもそも僕を含めた幹部達の魔法は、『ボス』が僕らの心臓に直接力を刻むことで覚醒した、言わば『ボス』からの借り物の力なのだ。



 ウィッチの時は見せしめを兼ねて僕に始末させていたが、『ボス』がその気になれば一瞬で手も触れずに、力を与えた心臓を媒介に暴発させて幹部達を処理することも可能である。

 それを抜きにしても、元々の魔力量や戦闘経験、魔法の強さで負けているのだ。端から、勝負にすらならないだろう。



 そんな圧倒的な力関係を覆す手段があるとしたら――。



 考えている器に、ラボに着いたらしい。扉を開けて中に入り、念の為に盗聴や監視をされていないことを確認する。



(……この手段はアマテラスの為に取って置きたかったな。まあ、このままだとそれすらも危うい状況だし、仕方がないか)



 足元に向かって、一言。



「『シャドウ』さん。一つお願いがあるので、実体化してもらっても良いですか?」

「■■」



 二メートル程の巨体な人型をとってもらい、そのお願いの内容を告げる。



「――じゃあ、僕の心臓を抉ってください。できるだけ、傷つけないような感じで」 

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