第29話 堕落
――物語の一場面のような光景を、彼女は自分の無力感に苛まれながら見せつけられていた。
トップ層の一人として位置する魔法少女ダイヤモンド・ダストだが、現在の彼女は思わぬ不意打ちを受けて負傷し、液状化できる魔物らしき異形に体を拘束されていた。
すぐには殺されはしていないものの、異形の主であるフランは濁った瞳に、どこか壊れた感じのする笑みを浮かべていて、ダイヤモンド・ダストの生殺与奪の権利は完全に他者に握られている。
ダイヤモンド・ダストが得ている情報や、それに基づく予想が正しければ、フランもウィッチ同様に望みもしない悪の組織の活動に従事させられているはず。
そう判断し、先ほどのウィッチを相手にした時のように、フランの説得を試みたいと彼女は考えていたのだが。
不運なことに、ダイヤモンド・ダストを拘束している魔物らしき異形の肉体は不定形で、彼女の細い体だけではなく口も塞がれてしまい、言葉による説得もできない。
ただ延々と、ウィッチと新たに参戦した魔法少女の戦いを見ていた。いや、見せつけられていた。
ウィッチと相対する薄いピンク色の着物に似た出で立ちの魔法少女。ダイヤモンド・ダストには見覚えがなかった。
『魔法庁』の本部に所属し、実力者の一人として数えられる魔法少女である彼女は、そこそこ名の知れた魔法少女であるのなら、詳しい人物像は別として顔ぐらいは既知のはずであった。
しかし、ダイヤモンド・ダストの脳内リストのどれにも一致しない。
一体誰なのだろうか。生半可な実力では、ウィッチの餌食にしかならないのだが。
そこまで思考を回したダイヤモンド・ダストの耳は、隣でキャーキャー騒ぐフランの独り言の一部を拾う。
あの魔法少女の名前は、アマテラスと言うことを彼女は知った。その魔法少女名には、聞き覚えがある。
以前の『魔法庁』の支部襲撃事件――正確に言えば、『アクニンダン』による裏切り者のウィッチ暗殺事件の渦中にいた魔法少女の名だ。
事件に関連する書類を読んだ時に、ダイヤモンド・ダストは多少アマテラスの情報を得ていた。
けれど、それらの情報では、アマテラスは目立った活躍も特にない中堅未満の魔法少女のはずであり、事件のショックで魔法少女の活動を停止していたとあったが――。
(……あれが中堅以下? 何の冗談よ……。あの子が中堅以下なら、他の魔法少女はどうなるのよ……)
ダイヤモンド・ダストの前で繰り広げられる戦闘は、アマテラスがあのウィッチを相手に善戦していた。いや、むしろウィッチの方が終始不利そうだ。あの手この手で攻めているが、どれも有効打になっていない。
今戦っているウィッチは、先ほどまでダイヤモンド・ダストが戦闘していた時よりも凶暴性だけではなく、魔法一つ一つの火力が上がっているのにも関わらずに。
果たして、今のウィッチと一対一で戦いを成立させることが、ダイヤモンド・ダストにもできるだろうか。答えは否だ。
できて、時間稼ぎが精々だろう。それを考えると、アマテラスの戦い方や魔法の強力さも含めて、ダイヤモンド・ダストを――トップ層の魔法少女に迫る、いや超える程だ。
事前に得ていた情報と致命的に食い違う。何だ、何が起こっているのか。唯一ダイヤモンド・ダストに許された考えるという行為すら、アマテラスの異様さに機能していない。
それだけではなく、ウィッチが傷つく度にダイヤモンド・ダストは声を上げてアマテラスに制止の言葉をかけたかった。
あくまでも、ウィッチは『アクニンダン』による被害者だ。今でこそ周囲に危害を加えるのを躊躇っていないが、先ほどまではしっかりと拒絶の意思を見せて、助けを求めていた。
だから、そんなウィッチを傷つけてはならない。そう言葉にしたくても、今のダイヤモンド・ダストにはアマテラスにその言葉を届ける手段がなかった。
ただ見ることだけを強制されて、遂に決定的な瞬間が訪れた。
ウィッチの自爆攻撃を何らかの魔法で無傷で凌いだアマテラスは、武器である刀をウィッチに目掛けて振り下ろそうとしていた。
その瞬間に、ダイヤモンド・ダストの体を拘束していた魔物が目まで塞いできた。そのせいで、後の展開を見ることは叶わなかった。
しかし、あそこまで見せられていたら、ウィッチが辿った末路は容易に想像できる。
ウィッチは死んでしまった。殺されてしまった。突然現れて、助けるとまで言ったアマテラスによって。
その事実を理解した途端に、ダイヤモンド・ダストは拘束されながらも、そんなことは関係ないと言わんばかりに、彼女は暴れ出した。
心が怒りに染まってしまったダイヤモンド・ダストに対して、ウィッチと同じように『アクニンダン』の被害者であるフランが耳元で囁く。
「あーあ。貴女の力不足で哀れなウィッチは、正義の味方気取りの魔法少女に殺されてしまいました。
自分の無力を嘆くなら、僕が力を授けて上げるよ? ダイヤモンド・ダスト」
悪魔からの契約に等しい誘いに、ダイヤモンド・ダストは肯定のうめき声を上げる。
この時を以て、ダイヤモンド・ダストは
ダイヤモンド・ダストには見えていなかったが、その未来を想像し、フランは歪な笑みをより深めた。
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