第26話 覚醒イベントを見逃したようです①

 ――物語のような一場面を、僕は固唾をのんで見守っていた。



 以前のようなフリフリとしたピンク色のドレスではなく、同系色の着物のような衣装に、名工の作品のような日本刀。

 そして、洗練されながらもトップ層の魔法少女と比べても遜色ない――いや、むしろ凌駕していると言っても過言ではない程の魔力。



 どれを取っても、見違える程に完成された魔法少女。アマテラスがそこにいた。



「……今僕が見ている光景って、夢じゃないよね?」



 目の前の光景が夢か現実であるかを調べる為のお決まり、自分の頬を軽く抓る。

 小さな痛みが走る。うん、これは夢ではなく、現実だ。



 先日の一件以来、全く姿を見かけなかったアマテラスの無事が確認できて僕のテンションはうなぎ登りである。



 最後に見かけたアマテラスは、今にも自死しそうなぐらいに落ち込んでいた。可愛い女の子の曇った表情は大好物なのだが、推しアマテラスは別だ。



 まだ本番の準備ができていないというのに、ウィッチの件前座で潰れてしまうのは、凄く困る。

 姿を見ない期間が長かったので、随分と心配していたが杞憂だったようだ。



 推しアマテラスはしっかりと立ち直っていた。それに何やら魔法少女としての力も、一段階上のステージに上がったらしい。

 新しくなった衣装も彼女に似合っており、以前までの可愛いらしさを前面に宣伝していた印象から、凛々しさが十割増しなギャップが素晴らしい。

 ついつい組織との連絡用の端末で、写真を数十枚も撮ってしまう。容量を確認する。まだまだ撮り足りないので、容量が保つと良いのだが。



 そこまで状況を整理して、アマテラスが立ち直ったことに対する安堵を抱く一方で、それを上回る思いが一つ。



推しアマテラスの覚醒イベント、見逃しちゃったんだけど!?」



 確かに、こうやってアマテラスの勇姿をもう一度拝めることができたのは良かったのだが、肝心の覚醒イベント気持ちに整理をつけて、新しい力を手に入れる瞬間を見ることができなかった。



 もちろん、『魔法庁』によって厳重に魔法少女に関する個人情報が秘匿されているせいで、『アクニンダン』の情報力を以てしても変身前の姿を掴むことはできていない。



 それができていたら、普段からアマテラスの日常を監視――見守ることが可能だったはずなのに。



 両手で頭を抱えて、自分が所属する組織の諜報能力の低さを嘆く。いや、むしろ『魔法庁』の情報面のセキュリティの高さに怒りを抱くべきだろうか。



 今日アジトに帰還したら、『魔法庁』のデータベースにハッキングでもすることを『ボス』に提案してみようか。

 別に、アマテラスの変身前の姿を知りたいだとか、そんな個人的な邪な思いは全くない。そう欠片も。



 と息巻いても、『アクニンダン』に諜報という陰で暗躍するような作業が果たして可能なのか。

 『ボス』や僕以外の幹部の顔を思い返しても、ほぼ全員が脳筋寄りだ。

 やっぱり諦めるべきだろうか。



 そこで横道に逸れていた思考を打ち切り、アマテラスとウィッチの戦いの観戦に意識を戻す。



「いやー、それにしても本当に強くなったぁ……アマテラス。初めて会った時や集めてた情報よりも、格段に強さが向上してる……。まさか一人で『改造人間』第五号ウィッチと互角以上に渡り合うなんて。

 単純な強さで言ったら、もうトップ層の魔法少女に匹敵するレベルじゃないか。流石は、僕の推しだ」



 しみじみと呟く。

 ウィッチが杖を振るい繰り出す魔法を、アマテラスはその両手に持つ日本刀に炎を纏わして、的確に消していく。



「あー、もう苛々する! どうして当たらないのよ! ちょこまかと鬱陶しい! ……あ、そうだ! こうすれば、絶対に避けられないよね!」



 全く自分の攻撃が当たらないことに苛立ったウィッチが、避けられないように戦闘不能に陥っている魔法少女に攻撃の照準を合わせる。



「今度こそ消えちゃえ!」

「――『炎刀』」



 しかし、それに対して少しの動揺も見せずに、その攻撃も捌いていく。

 もちろん、余波すら庇う魔法少女達に当たることがないように立ち回っている。



 それでも、ずっと庇い続けるのは難しいと判断したのか、ウィッチの魔法による弾幕が途切れた瞬間を狙って、足に魔力を込めて、上空にいるウィッチ急接近した。



「――なっ!?」



 驚愕の声を上げる間もなく、ウィッチの懐に入るアマテラス。彼女はウィッチを袈裟斬りにせんと、大きく刀を振りかざした。



 ウィッチは魔法使用直後の隙を突かれて、絶対絶命。この勝負は、アマテラスの勝利に終わる。第三者はそう判断するだろう。



 しかし、アマテラスが相対しているのは能無しの魔物ではなく、僕お手製の『改造人間』第五号。

 その素材も、『ボス』によって力を与えられた元幹部の少女がベースとなって、耐久性に優れた魔物や保有魔力が多い魔物を数種類ブレンドしている。



 正面からの押し合いを不利と悟った相手が、魔法を連続で使用した際の隙を突いてくるのは、想定内。

 そういう手合いへの対策は一つ。耐久力の高さを活かせば良いのだ。



「これで最――!?」

「――こんな所で終わってたまるか!」



 アマテラスが振り下ろした刀を、ウィッチは見様見真似の感じな真剣白刃取りの要領で掴み取った。

 まさか止められるとは思わなかったのか、動揺で刀を握るアマテラスの力が鈍る。



 だが、覚醒したアマテラスはその判断力も一流の領域。一瞬で攻撃が失敗したことを理解すると、すぐさまにウィッチから距離を取ろうとした。



 ――しかし、そんなことはウィッチが許さない。



「……これだけ近くだったら、流石に当たるよね?」

「くっ……! 離れない……!?」



 ウィッチは自分の手が傷つき血が流れ出しても、アマテラスの刀を決して離そうとしない。超近距離でのやり取りの最中に、ウィッチは未だに潤沢にある己の魔力を一気に活性化させる。

 その行動にはこれまでの戦闘で、ウィッチが使った魔法のような多彩さや特別な効果はなく。

 けれども、持ち前の――優秀な『素材』由来の膨大な魔力が単純な爆薬として機能する。



「――って、アマテラスを巻き込んで、自爆するつもりっ!?」



 ――瞬間。ウィッチを中心に大きな閃光が辺りを包んだ。



 少し離れた場所から観戦していた僕であっても、目を反射的に逸らし両手で塞いでいた。それでも遅かったのか、視界が回復するまでに多少の時間を要した。



 視界が元通りになった瞬間に、僕は慌てて上空に視線をやる。



「……あ、アマテラスは無事だよね!?」



 もちろん、アマテラスの安否確認を行う為だ。割りかし自信作である『改造人間』第五号ウィッチがやられそうな時に、心の片隅で「少しもったいないかなー」なんて思ったせいで、それが指示として反映されてしまったらしい。

 その結果が、先ほどのウィッチの自爆攻撃に繋がってしまった。

 我ながら、とんでもない失態だ。



 ウィッチ自身は、その持ち前の耐久力で無事だろうが、あんな爆発を至近距離で受けたアマテラスはどうなっているのだろうか。



 いくら力が数倍以上に上昇したとしても、あの威力は致命傷になってしまう。



 焦燥に駆られながら、僕が見た光景は最悪の予想を覆すものだった。

 そこには満身創痍なウィッチと、衣装がボロボロになりながらも悠然と佇むアマテラスの姿があった。

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