第25話 現着

 自分に救いの手を差し伸ばしてくれていたダイヤモンド・ダストを、自らの手で――実際は遠隔でフランが操作したのだが――傷つけてしまったウィッチ。

 彼女の精神は限界を迎えてしまい、創造主であるフランから新たに与えられた命令――可能な限り、暴れろという命令に従い、現在は複数の魔法少女を相手に互角以上の状況を作り出していた。



「あははっ! 楽しいわ、楽しいわっ! 正義の味方である私に仇なす悪の戦闘員達を吹っ飛ばすのは! 私って、本当に強いのね!」



 精神が完全に壊れてしまったウィッチは、自分のことを魔法少女だと思い込み、そんな自分の妨害をする魔法少女達のことを悪の組織の手先、逃げる一般人のことを魔物であると決めつけていた。



 そのせいでウィッチの発言の内容は支離滅裂で、始めは対話を試みていた魔法少女達だが、諦めて実力行使による無力化を狙っていた。

 しかし、精神に異常をきたしていると言っても、元は『アクニンダン』の幹部で、その上でフランの魔法『生体改造』により様々な『調整』を施されていて、その戦闘能力は一級品。



 ダイヤモンド・ダストのようなトップ層の魔法少女が相手でなければ、中堅以下の魔法少女が束になった所で防戦すらままならない。



 不運なことに、他のトップ層の魔法少女の多くが偶然にも出現した強力な魔物・・・・・・・・・・・・・の対応に追われていて、この現場に派遣された実力者の魔法少女はダイヤモンド・ダストのみ。

 その彼女にも連絡が取れず、とてつもなく厳しい戦いを強いられていた。



「……何よ、あの発言。完全に狂ってるわね。その癖に強いし……本部からの応援は?」

「……残念だけど、相変わらずに他の場所に現れた魔物で手一杯のようです。本部からの命令は『何とかして、戦線を維持しろ』の一点張りで。運よく応援があっても、実力は私達とどっこいどっこいくらいじゃないですか?」

「……つまり、あんまり期待はできないという訳ね」

「そういうことです」



 現在、この場で一時的に指揮権が譲渡されている魔法少女。彼女は同じ支部から派遣された同僚と、戦闘の合間に軽い情報交換を行っていた。

 だが、その結果は芳しくなく、頼みの綱であるトップ層の魔法少女達の応援も望めない。



 唯一幸いなことが、間もなく周囲の一般人の避難が完了しそうなことであるけれど、それでもこの魔法少女達は不満を隠そうとしない。

 それは仕方ないだろう。先日の『魔法庁』の支部への襲撃事件で死亡したはずのウィッチが何故か蘇っていて街を襲っているだけでも、いっぱいいっぱいな状況であるのに。

 増援は来ない上に、自分達よりも実力が上のダイヤモンド・ダストは早々に行方不明。

 最重要警戒対象の一人である『アクニンダン』の幹部、フランの存在も捕捉できていない。



 はっきりと言って、状況は詰みに近い。一般人の避難は完了したと言っても、その過程で少なくない数の魔法少女が戦闘不能に陥っている。

 遠目では死傷者はいなさそうだが、然るべき治療を一刻も早く受ける必要はあるだろう。しかし、それもウィッチが暴れ回っているせいで、その近くで倒れている彼女達の救助にも行くことも不可能。



「……あ、また一人落ちた。これじゃあ、本当に戦線が崩壊しかねない。そろそろ戦闘に戻るわよ」

「了解です」



 情報交換をしていた二人の魔法少女達も、再び戦闘に加わろうとする。不本意ながらも、このままではウィッチが移動して余計に被害が拡大しかねない。

 そういう判断に基づき、彼女達はウィッチに攻撃を再開した。





 ――精神が壊れたことにより、真の意味で『改造人間』第五号として完成してしまったウィッチ。

 彼女を唯一倒すことができたはずのダイヤモンド・ダストは既におらず、増援を見込めない状況で戦っていた最後の魔法少女が地面に倒れ込む。



 それを見て、ウィッチは周囲の気配を探る。しかし、辺りには戦闘不能な悪の戦闘員魔法少女が複数転がっているのみ。

 危険な魔物一般人は既に遠くへ行ってしまったようだ。



「怖くて逃げちゃったのかな? まあ、当然だよね。私の魔法は強いもの。敵う敵なんて、一人もいなかったし」



 さて、これからどうするべきかとウィッチは思案する。正義の味方『改造人間』として与えられた命令を完遂することが優先。

 その為に、まずは邪魔な悪の戦闘員魔法少女の数を削るとしよう。



 そう結論づけたウィッチは、片手に持った杖を指揮者のように振るい、攻撃魔法を成立させる。

 その対象は、身動きの取れない悪の戦闘員魔法少女達。



 これで世界がまた平和に一歩近く。『改造人間』第五号ウィッチはそう本気で信じて、魔法を放った。



「消えちゃえ」



 魔法が悪の戦闘員魔法少女達に着弾するのを見届ける前に、ウィッチが次の獲物を求めて移動を開始しようとした時。

 迫りくる魔法は、全て何かによってかき消された。



「えっ!? 何!?」



 ウィッチは驚きの声を上げて、すぐさまに原因を探ろうとした。

 けれど、彼女の並外れた感知能力が捉えるよりも先に、その人物は姿を現した。



「えーと、お姉さん。一体誰? 全然本気じゃなかったとはいえ、私の攻撃を防ぐなんて凄いね!」



 突然の乱入者に対して、ウィッチは無邪気に笑いながら声をかける。

 そんなウィッチの様子を、乱入者は悲しげな表情で見つめていた。



 乱入者の態度に、ウィッチは疑問を抱く。



「んー? もしかして、お姉さん。前に私と会ったことがある?」

「うん。会ったことがあるよ」



 ウィッチの素朴な疑問に、乱入者は答える。

 その返答を聞き、ウィッチは改めて乱入者の姿を見る。



 乱入者は一人の少女。服装は薄いピンク色の着物のような衣装に身を包んでおり、その両手には日本刀らしき物が握られていた。

 見た所、少女自身や身に纏う衣装に、武器からはとてつもない魔力を感じ取った。



 予想もしなかった強敵の出現に、ウィッチのテンションが上がるが、どれだけ記憶を掘り起こしても少女に見覚えはなかった。



「うーん、ごめんなさい。お姉さん。私は覚えてないや。……でも、私の邪魔をするってことは、お姉さんも悪の組織の手先ということでオーケー?」

「……うん。今はその認識でいいや。アリサちゃん。あの時は守ることができなかった約束は、今度こそ守ってみせるから」



 乱入者である少女――アマテラスは、静かに宣言する。救えなかった少女を、今日こそは絶対に救う為に。

 一方で、わざとらしく聞き耳を立てるような仕草をするウィッチ。



「ぶつぶつと聞こえないよ! お姉さん。喋るんだったら、もっと大きな声でお話ししてくれないかな!」

「――私は魔法少女、アマテラス! 行くよ! アリサちゃん!」

「お姉さん、それって誰の名前? 私の名前はウィッチ! そして、魔法少女は私の方だよ! 悪い悪いお姉さん! 私がしっかりとお仕置きしてあげる!」



 二人の少女が、今まさにぶつかり合おうとしていた。





 ――そんな物語の一場面のような光景を、私は自分の無力感に苛まれながら見せつけられていた。




――後書き――


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