第22話 悪意
少し硬い、けれど柔らかい何かを貫く不快な感触が、ナイフを握り込む手を通してウィッチに伝わる。
「かふっ……」
「――え? 何で?」
心臓付近を不意打ちで刺されたダイヤモンド・ダストは、状況が飲み込めずに口から血の塊を吐き出して、地面に倒れ込む。
一方で、自分を助け出そうとしてくれた相手を刺すという凶行に及んだウィッチの状態は――。
――一言で表すと、平静ではなかった。
ダイヤモンド・ダストの胸に刺さったナイフから両手を離していたが、溢れ出した血で真っ赤に染まっていた。
ダイヤモンド・ダストの「どうして?」という視線が、ウィッチに刺さる。いや、もしかしたら彼女を心配して視線を向けていたのかもしれない。
しかし、度重なるストレスで負荷を与えられていたウィッチの精神状態ではそう判断することもできず、ついに限界を迎えてしまった。
「……嘘? 私がやったの? 嘘、嘘嘘嘘嘘」
もうウィッチの視界には、ダイヤモンド・ダストの姿は映っておらず、瞳に取り戻しかけた光は失われてしまう。
ぶつぶつと小声で何かを呟き続ける様子からは、先ほどまで残っていた正気すら感じられない。
「……そうだよね。これは悪い夢なんだ。私は『アクニンダン』の幹部でもないし、一人も殺してない。
うん、殺してない、殺してない。
むしろ、私は正義の味方の魔法少女。悪い魔物や『アクニンダン』の連中を懲らしめないと。
周りにはもう悪い奴はいなさそうだし、探しに行こう。世界平和の為にね!」
瀕死のダイヤモンド・ダストには一瞥もくれず、ウィッチは箒に乗ってその場を離脱してしまった。
それが己の意思であることを、全く疑うことすらせずに。
■
「ふう……思った以上に上手くいったね」
陰に隠れて、こそこそとウィッチの戦闘データを集めていた僕。
恐らく転移魔法で次々とやって来る魔法少女を相手にしていた、ウィッチの無双振りに関心していた。
しかし十人を超えた辺りで、どの相手も中堅程度の実力しかなく、少々退屈してきたタイミングで。
青髪の魔法少女――確か名前は、ダイヤモンド・ダストだっただろうか――が増援として登場。ウィッチと戦闘に突入した。
流石はトップ層の魔法少女。相性が有利とはいえ、使い魔達を一撃で一掃した上で、会話をしながらウィッチと互角に渡り合うとは。
お陰で良い戦闘データが取れたのだが、放置していてはウィッチが討伐されそうだ。
けれど、他の魔法少女は分からないがダイヤモンド・ダストはウィッチを倒すつもりはないらしい。
戦闘音に混じって僅かに聞こえる二人の会話から、ダイヤモンド・ダストはウィッチを救い出すと決心していることが分かった。
その為にも、まずはウィッチ自身の言うことを聞かない体を無理やりに拘束する算段のようだ。
ダイヤモンド・ダストの氷結魔法なら、それも可能だろう。
それだけではなく、増援の魔法少女の中にウィッチに施した肉体の指揮権を奪い取る『細工』も解除されてしまう恐れがある。
そうなると、せっかくの『シャドウ』さんに次ぐ『改造人間』の成功作が丸々『魔法庁』の戦力として取り込まれてしまう。
『ボス』からもお叱りを受けてしまう上に、例の一件以来姿を見ていないアマテラスを釣る為の餌としての役割を果たしてもらっていない。
だから、タイミングを見計らってウィッチの肉体を一時的に自由にさせる。雰囲気に流されて、違和感にも気づかない二人の脳天気さに、思わず笑みが浮かんでしまった。
後は簡単。ダイヤモンド・ダストが無防備に近づいてきた瞬間に、ウィッチの肉体を再び操作。
そのまま、ダイヤモンド・ダストにナイフによる刺突をお見舞いした。
面白い具合に上手く策がはまったのだが、結果的にウィッチの精神が完全に崩壊してしまった。
創造主である僕の命令には従うので、『改造人間』として運用するには問題ないけれど、これでは絶望に浸っているウィッチの表情や泣き声を堪能できないので、大変残念だ。
ただ壊れる直前に、見せてくれた悲痛な表情。あれは、完璧だった。
一度希望を与えられた上で、それを奪われてどん底に突き落とされる。そのギャップが生み出す絶望は、純情な少女をとても魅力的な一つの作品に昇華する。
今回の失敗を踏まえて、今度は
自分に救いの手を差し伸ばしてくれた相手を刺してしまったことで、完全に精神が崩壊してしまったウィッチ。欲を満たすのには使えないが、兵器という意味では真に完成したと言っても良いだろう。
まあ、『調整』の段階で自我を壊すことはできていたので、今回の襲撃は『ボス』による命令でもあるが、半分以上は僕の趣味も兼ねている。
「えーと、この辺には生存者はいなさそうだし、避難誘導してた魔法少女の追撃の為にウィッチを向かわせてと……」
魔法によって召喚された被創造物と術者の間には、目には見えない魔力的な繋がりが存在し、それを通して彼らの状況を把握したり、遠く離れた場所から命令を送ることができる。
その法則は、僕の魔法『生体改造』にも当てはまる。自我が壊れたことで先ほどまでより、ウィッチに対する命令の通りが僅かだが良くなっている。
と言っても、『生体改造』が『ボス』によって与えられた特殊な魔法のせいか、『改造人間』に命令する際にはある程度近くにいないと好き勝手に行動するデメリットは健在。
自我を壊した個体であれば、自走したとしても破壊衝動に身を任すだけなので問題はない。
しかし、僕の趣味で反応を楽しみたいから自我を残してある個体に対して、命令が出せない状況だとどうなるか。
それまでの自分が行ってきた行為による罪悪感で潰れてくれるのであれば良いのだが、僕への憎悪が残っていると秒で反逆されてしまう。
以前の襲撃事件以降、一応護衛として『シャドウ』さんを常日頃から連れ歩いているが、本体である僕は戦闘能力が皆無なクソ雑魚だ。
うーむ。何れはどうにかしたいのだが、『生体改造』ではどうすることも――。
まあ、それは追々考えるとしよう。今は引き続き、
それに任務にかける時間が長ければ長い程に、
「早く会いたいなぁ……」
小声でそっと呟くが、最近推しの成分が補給出来ていないので死活問題だ。
きっと、会えるよね? そう信じて、実態化してもらった『シャドウ』さんにウィッチの後を追いかけてもらおうと思った時、視界の端で何かが動いた気がした。
徐ろにその方向に視線を向けると、息も絶え絶えのダイヤモンド・ダストの姿があった。
「あっ、生きてたんだ」
いくら魔法少女が常人とはかけ離れた耐久力があるとはいえ、胸に――しかも心臓付近にナイフによる一撃を食らったというのに、まだ生きているとは。
短時間ではあったが、肉体の主導権をウィッチに返したことで不具合があったのか。
どうやら、刺さり方が浅かったらしい。それとも、持たせていたナイフが鈍らだったのだろうか。
そんな僕の下らない思考を知ってか、知らずか。ダイヤモンド・ダストは、胸の傷に対して氷結魔法を行使して止血を行う。
(へえ……あんな使い方もあるのか。汎用性が高いね、氷結魔法って)
そうやって最低限の止血を行ったダイヤモンド・ダストはおぼつかない足取りでありながら、歩き出し始めた。
それも、ウィッチが飛び去った方向にだ。
ダイヤモンド・ダストは苦痛に顔を歪めつつも、その歩みを止めることはない。
遠目に見える彼女の表情は真剣そのもの。それに既視感を抱き、過去の記憶を掘り起こしていると、思い当たるものがあった。
(……あっ! あの真剣な表情と、さっきまでのウィッチを助けたいという言動。どこかで見覚えがあると思ったら、初めて出会った時のアマテラスにそっくり!
……道理で、さっきからのウィッチとのやり取りを見ていると、何かデジャブを感じると思ったらそういうことか!)
『改造人間』として、殺戮兵器として運用され、人間扱いされずに、しかしそれに罪悪感を
そんな当事者であるウィッチにとっては拷問――第三者で眺めている僕にとってはご褒美だ――から救いの手を差し伸ばしたダイヤモンド・ダストの姿が、初対面の時のアマテラスと重なる。
初めて出会った時のアマテラスは、幹部である僕を『アクニンダン』の被害者と勘違いをして、「必ず助けてみせる」なんて見当違いの発言をしていた。
流石に、
話は逸れたが、そんな他者を疑うことすらしなかった純粋な新人魔法少女のアマテラスと、トップ層で歴戦で修羅場も経験豊富なダイヤモンド・ダストは、魔法少女としては対極に位置するだろう。
しかし、その悪の組織に利用されている
もしもアマテラスと出会う前に、ダイヤモンド・ダストと僕が被害者として――もちろん僕はバリバリに自分の意志で幹部として活動しているのだが――遭遇していたら、僕にとっての推しは彼女だったのかもしれない。
アマテラスにぞっこんな今となっては無意味な仮定に過ぎないが、そんな僕でも少し心が揺らぎそうになる程に、今のダイヤモンド・ダストは魅力的に見えた。
(これからすることは浮気じゃない……断じて浮気じゃない)
心の中で念仏のように、言い訳のように繰り返し呟く。当然その相手は、アマテラスだ。
それにこれから僕が行おうとしていることは、若干行き詰まっていた『改造人間』製作の新しい切り口になるはずだ。
『ボス』も何だかんだで、喜んでくれると思う。多分。怒りはしないと信じている。
「『シャドウ』さん。あの魔法少女の所に連れて行ってくれる?」
僕の問いに、『シャドウ』さんは無言で肯定の意を示して、僕を乗せたままビルの屋上から飛び降りた。
――後書き――
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