第21話 無駄な希望は捨てた方が良い②

「……ねえ、お願いだから私を殺してくれない?」



 不幸にもあの狂人フランの手によって、『改造人間』として蘇ってしまったウィッチ。彼女は新たにやって来たダイヤモンド・ダストに向かって、懇願をした。



 その魔法少女は、ウィッチが召喚していた使い魔の群れを一蹴できる程の実力者である。

 そんな彼女であれば、無駄に性能を盛られまくっているらしい自分でも、きっちりと仕留めてくれる。

 そういう考えであった。



 ウィッチは視線を目の前の魔法少女にやりつつも、その意識は別の物事に向けていた。



(……ようやく解放されるのかな?)



 自らの死を乞う前に、眼前の魔法少女に対して色々と吐き出してしまったウィッチだが、それらは半分以上は本心からではない。

 確かにウィッチは、現状を理不尽に感じていて、そんな状況に置かれている不幸を嘆き、憤りを抱いている。



 しかし、だからと言って、その不満を他人にぶつけようと思っていない。

 いや始めの方は――つい先ほどまでは、この世の全てが憎いと思っていたが、ダイヤモンド・ダストを相手に溜まっていた憎悪を吐き出すと、ある程度は冷静に思考できるようになったウィッチ。



 彼女の怒りを発散すべき相手は、『アクニンダン』の『ボス』や自分の体を弄り回してくれたフランだ。

 断じて、一般人や魔法少女達ではない。

 だが、度重なる殺戮に彼女には、復讐する気力もなかった。

 それが、先の「殺してくれ」という懇願に繋がる。



 幼い少女が抱くには早すぎる、一種の悟りの境地――飾らずに言えば、ただの諦観であった。



 終わったはずの意識が再開した時点では、ウィッチは驚きながらも喜んだ。自分が死んだのは間違いで、心を許すことができたお姉さんと一緒に、魔法少女として人々の平和を守る為に戦える。



 そんな淡い期待は、すぐに打ち砕かれた。

 二度と目を覚ますことがなかったはずのウィッチがいたのは、用途不明な巨大な――人間が一人入る程の大きさの――カプセルが、無数に規則正しく配置された研究所のような場所であった。



 それらのカプセルの中には、何かの液体で満たされいて、人型の異形が浮かんでいた。

 そして意識がはっきりしていく内に、自らもカプセル内に漂う異形達の仲間入りを果たしていることに気がついた。



 それからの日々は地獄であった。あの忌々しい狂人フランに、意識があるまま色々な『不純物』を足された。

 あまりの苦痛に、「止めてほしい」、「殺してくれ」と何度も訴えたが、狂人フランの耳には届くことはなかった。



 徐々に自分の肉体が、別物に造り変えられていく現実に絶望し、指先の一本すら思い通りに動かすことができなくされたウィッチ。



 ――『改造人間』第五号。少女アリサは『ウィッチ』に続いて、二つ目の偽りの名を与えられて、平和な街に繰り出されることになった。



 必死に魔法の発動を止めようとしても、体は一切ウィッチの言うことを聞くことはなかった。

 醜い使い魔を生み出しては、それらを無辜の一般人へ、止めに来た魔法少女達へ差し向けた。



 その結果、数え切れない程の屍の山が築かれてしまった。

 どれだけ嘆いても、狂人に怒りをぶち撒けても、『改造人間』第五号ウィッチは止まらない。止められない。



 しかし、それもようやく終わる。

 そう信じていたのだが。



 ――現在進行形で戦闘を行っているダイヤモンド・ダストは、ウィッチを殺すつもりがないらしい。



「……巫山戯ないでっ!? 周りの人達を見てっ!? 生きている人間は誰もいないのっ!? 私が全員殺したんだよ!? 分かる? 私は貴女達、魔法少女が倒すべき悪……! 助けるなんて言葉で惑わせないで、ちゃんと殺してよ! ……いい加減に解放して。もう期待させないでよっ!?」



 冷静になっていた思考が、再び沸騰するウィッチ。

 息継ぎなしに言葉を繰り出すが、ウィッチの体はそれを無視して魔法を発動する。



 ダイヤモンド・ダストはそれらを躱し、時には凍らせて砕き対処していく。

 それだけに留まらずに、氷結魔法でウィッチの動きを制限しようとしていた。

 『改造人間』として倒すにしても、救うべき被害者としても。まずは拘束しなければ始まらない、そんな思惑が透けて見えていた。



 ウィッチには、そのダイヤモンド・ダストの考えが理解できなかった。理解したくなかった。

 既に二度にわたって、希望を与えられ、その度に奪われてきた。これ以上、彼女は無駄な期待をしたくないのだ。自分が助かり、心を許して手を差し伸ばしてくれたお姉さんに会える。

 そんな都合の良い妄想をしたくないのだ。



 聞き分けの悪い子供のように――事実ウィッチは子供だが――彼女は、大声で叫ぶ。



 一方で、ダイヤモンド・ダストはそれを否定する。

 否、彼女は自身の思いを口にする。



「――私は魔法少女。だから、何度でも言うわよ。絶対に貴女を救ってあげるって」



 そのダイヤモンド・ダストの姿が、ウィッチには誰かアマテラスと重なって見えてしまい、何故か魔法を発動しようとしていた動作が中断される。



「……えっと、お姉さんの名前をもう一度教えてもらっても良い?」

「……! ええ、構わないわ。私はダイヤモンド・ダスト。貴女もウィッチ幹部名じゃなくて、本当の名前を教えてくれないかしら?」



 奇跡が起きたのか、ウィッチの生きたいという無意識下の願いが『細工』を上回ったのか。

 不自然な程に自由に動かせる体に、久方ぶりの笑みを浮かべながらウィッチは、ダイヤモンド・ダストの問いに答えようとする。



「……私の名前はね。アリ――」



 ウィッチが口を開きかけた瞬間、彼女の体の主導権はあっさりと何者かに奪われた。

 それに動揺をする間もなく、ウィッチの体は彼女の意思に反して、不用意に近づいてきたダイヤモンド・ダストの胸に懐から取り出したナイフを突き立てた。




――後書き――


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