第20話 無駄な希望は捨てた方が良い①


『――〇〇県■■市にて、『アクニンダン』の幹部が出現! 指示を受けた魔法少女達は至急現場に急行してください!』



 『魔法庁』の本部にて、訓練に励んでいた濃い青色の髪をした魔法少女――ダイヤモンド・ダストは、所持していた端末に届いた通知を見て、その端正な顔を顰めた。



 情報によれば出現したのが野良魔物ではなく、『アクニンダン』の幹部。魔物の強さも個体差はあるが、幹部の脅威度は並の魔物では比較にならない。



 幹部達の魔法にも戦闘に向き不向きがあるけれど、それを差し引いても幹部一人あたりに、複数の魔法少女が相手をするのがセオリーになっている。



 特に最近では、幹部は必ず生け捕りにするように上層部から命令されている。ダイヤモンド・ダストも幹部戦に駆り出されて、確保直前まで行ったことはあるのだが、どの幹部も逃げ足も一流らしい。

 あと一歩の所で、逃げられる事態が多発している。



 今回は絶対に逃したくないという上層部の思惑が、透けて見える人選であった。ダイヤモンド・ダストを始めとしたトップ層の魔法少女が複数に、その補佐の魔法少女が大勢。

 規模だけを見れば、ついこの間の追撃戦が思い起こされる。



 そして、その予感は当たっていた。

 今回現れた幹部は、『アクニンダン』の首領である『ボス』に次いでの最重要確保対象のフラン――だけではなく、先日の襲撃事件の際に死亡が確認されたはずのウィッチであった。



「――は?」



 思わず、端末の画面を操作していた手が止まる。

 死体こそフランによって持ち逃げされたが、ウィッチが死亡した瞬間の目撃者は二人もいた。

 いや、幼い無垢な少女達を洗脳して、世界征服への尖兵に仕立て上げるような組織である『アクニンダン』。

 他の幹部達への見せしめも兼ねて、裏切り者の死体を形だけ整えて動かすことぐらい平気でするだろう。



 それの指揮権を与えられ――絶対的上位者の『ボス』に押しつけられたフランは、今どのような心境なのか。

 同じような不遇な環境に置かれた少女の死体を――いつか自分が辿ることになる末路の可能性を見せつけられて、彼女は平静でいられているのか。



 そんな訳がない。前にダイヤモンド・ダストがフランと接敵した際に見た彼女の瞳は、絶望に染まり切っていたのか、遠目ではあったが確実に淀んでいた。

 幹部達の、少なくともフランの精神状態は崩壊寸前に間違いない。



 全く反吐が出そうだと、ダイヤモンド・ダストは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた後、大急ぎで同じ任務を受けた魔法少女と連絡を取った。



(絶対に許さないわよ……! 『アクニンダン』の『ボス』っ! だけど、今はフランを確保して、被害を食い止めないとね!)



 ダイヤモンド・ダストは、『魔法庁』の本部にいた希少な転移魔法持ちの魔法少女の手によって現場に急行した。



 一刻を争う事態であること、転移魔法持ちの魔法少女の数が少ないこと。

 それらの事情があり、出撃命令を受けた魔法少女がまとめて現場に集まることは不可能。



 あまり良い選択ではないが、到着した魔法少女から脅威への対処を開始せざるを得なかった。

 それが戦力の逐次投入という愚策と分かりきってはいたが、魔法少女は人命救助もしなければならないからだ。



 ダイヤモンド・ダストが駆けつけた頃には、現場は地獄そのものと言っても過言ではない程に変貌していた。

 辺りには体の一部が欠損した、或いは男女の区別すらつかない程に原型を留めていない一般人の屍が散乱し、その中には先に来ていた魔法少女のものと思しき死体もあった。



 そして、彼らの屍の山を築いた下手人は上空に悠然と佇んでいた。

 小さな頭が隠れる程に大きなとんがり帽子を含めて、全身が黒一色のコーデ。

 その姿と周囲の光景も合わさり、まさに魔女ウィッチと呼ぶに相応しい名だ。



 そんなことを不謹慎ながら、ダイヤモンド・ダストはその下手人を改めて注視する。

 事前の予測が正しければ、ウィッチは『ボス』の手によって魔改造された人形のようなものであるはず。

 言葉を発する機能すらなく、能面のような表情が張り付いていると思っていたダイヤモンド・ダストの予想は、悪い意味で裏切られることになった――。



「あ、貴女も、逃げてくださいっ! 体が言うことを聞かないんですっ!?」



 ――文字通り、体の良い操り人形にされていると思っていたウィッチは、悲痛な叫び声を上げながらも、ダイヤモンド・ダストに向かって忠告を飛ばしてきた。



 その忠告のお陰で、ダイヤモンド・ダストは自らに迫る奇襲に反応することができた。

 攻撃を回避したダイヤモンド・ダストは、ウィッチからも意識を外すことなく、襲撃者の姿を確認した。



 子供のゾンビ。そうとしか表現できないような異物であった。

 それらが複数。口元や体の至る箇所に血痕が付いている所から、これらが、一般人や魔法少女を襲っていたのだろう。

 魔物に近い歪な魔力を帯びている所を見ると、使い魔の類と推測できる。恐らく、使役しているのはウィッチだろうと当たりをつける。



「……お菓子をくれないと悪戯するぞー」

「ハロウィンには早いんだけどっ!」



 ゆらゆらと体を揺らしながら、異形達が見かけからは想像できない程のスピードで飛びかかってくるが、流石はトップ層の魔法少女であるダイヤモンド・ダスト。

 一瞬で思考を戦闘用のものに切り替えると、地面を蹴り上げて使い魔達から距離を取る。



 ダイヤモンド・ダストの固有魔法は、氷結魔法。物体を凍らせて動きを止めたり、猛烈な勢いの吹雪を相手に向かって叩きつけることもできる。

 多数の敵に彼女単独で挑む際に、最も効果を発揮する魔法だ。



(…こんなことを言ったら罰あたりだけど、周囲に人がいなくて助かったわ。これなら遠慮なく魔法を使える)



 魔法少女としての聴覚で、既に生きている人間がいないことはダイヤモンド・ダストは察知している。地面に倒れ伏している人々からは、僅かな息遣いも聞き取れない。

 無事な人達は、既に遠く離れた安全な場所に避難している。今はそう信じる他なかった。



 一瞬の逡巡の後、ダイヤモンド・ダストは自分を中心に魔法を発動させる。


「――『ブリザード』!」



 ダイヤモンド・ダストの体から魔力が冷気となり放出され、瞬時に猛吹雪となり異形達に襲いかかった。



 抵抗や逃走することすらできずに、異形達は氷像へと変貌する。一秒、二秒と経っても、異形達を覆う氷が砕ける様子はない。

 事実上の無力化に成功。

 残る標的は、上空でこちらを涙に濡れた瞳で見つめてくるウィッチと、姿が見えないフランだけだ。



 ウィッチは驚いた様子を一瞬だけ見せるも、すぐに元の負の感情に塗れた表情に戻る。

 それを覆したいと思い、ダイヤモンド・ダストはウィッチに声をかけた。できる限り、優しく不安を煽らないように。



「……貴女、ウィッチよね? 私は魔法少女ダイヤモンド・ダスト。この事態を引き起こしたのは、貴女の意思かしら?」

「……そんな訳ないじゃないっ!? 一度殺されたと思ったら、勝手に甦させられて体が言うことを聞かないで、一般人や魔法少女達を殺すことを強要されるっ!? もう勘弁してよ!? 私が悪いの? 一度でも『ボス』の……あの悪魔の手を取ったから? それすら、私自身の意思じゃないのに!」

「……っ!?」



 思わず、ダイヤモンド・ダストは絶句してしまった。それほどに、ウィッチが語った内容は衝撃的なものであった。

 ウィッチが以前投降した時の聴取で得られた情報は、当然ダイヤモンド・ダストにも共有されている。



 ウィッチが自らの意思で『アクニンダン』に加入した訳ではないのは分かっていたが、『ボス』の悪辣さに怒りが湧く。



 これが自我のない人形であれば、どれだけマシだっただろうか。もちろん、そんなことはダイヤモンド・ダスト個人としても口が裂けても言えないが。



 現実はもっと悲惨であった。暴力を背景に組織に加入させられ、一度は希望を与えられて、それは硝子細工のように呆気なく壊され。

 そして、死後にすら安寧は与えられることはなく、尊厳は奪われて彼女は殺戮兵器として運用されている。



 そんな横暴を許して良いのだろうか。良いはずはない。



 衝撃的に、ダイヤモンド・ダストは口を開いていた。



「……安心してっ! 私が――私達が何とかしてみせるわっ! すぐに増援の魔法少女が来るから」

「……ねえ、そんな口先だけの言葉で納得できると思っているの? 年下だからって、馬鹿にしないでよ!? 自分のことは自分が一番分かってる! あいつに弄られた私の体が、もう普通に戻らないことは……!

 ……私のことを考えてくれるのなら、私のことを殺してでも止めてくれない? ……もうこれ以上は、人を殺したくないよぉ……」



 ウィッチの荒げていた声は徐々に消え入るように、弱々しいものになる。

 眼前にちらつく二度目の死が怖いだろうに、己以外の心配をする姿にダイヤモンド・ダストは必ずウィッチを助け出すと決心して、まずは動きを止めるべく魔法を行使した。



 姿を未だに確認できないフランの存在に、一抹の不安を抱きながら。



(……これまでの戦闘を思い返しても、フラン自身が戦闘に参加することはないはず。

 それに彼女だって、ウィッチと同じで恐怖によって縛りつけられている被害者。私達魔法少女がウィッチを助け出そうとしているのを、邪魔する訳がないわよね?)



 懸念はあるが、だからと言って目の前のウィッチを無視することは、ダイヤモンド・ダストにはできなかった。

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