第19話 推しよ、悪はここにいるぞ

『ほう……良い性能をしているではないか。あの『改造人間』は。確か第四号だったか?』

「いえ、違いますよ。今日連れて来た『改造人間』は第号です。第四号の方には、重要な役割もあって未だに『調整』中なので、その代わりとして」



 現在、僕は支給された専用の端末で『ボス』と連絡を取り、リアルタイムで街への襲撃の様子を見てもらっていた。



『……しかし、『素材』がいつもの物と異なると、これだけ性能に差が出るのだな。一号や二号とは比べものにならない仕上がり具合ではないか。

 お前が偶然の産物と言っていた三号……『シャドウ』だったか? それに迫る性能だな。

 裏切り者が死後に組織に貢献するとは、不思議なこともあるものだ』

「まあ、それは『ボス』が第五号の『素材』に、アレを使うのを許可してくれたお陰ですから」



 何かの会社のビルの屋上から、第五号の戦闘――殺戮を眺めていた。



「――『お菓子が大好きな無邪気な子供達』」




 上空で箒にまたがっている少女――の形をした『改造人間』第五号が、片手で杖を振り魔法を発動。

 空中で魔法陣がいくつも構成され、この数分間で見飽きた異形が複数現れ、地面に降り立った。



 異形の外見は、生気が一切感じられない青白い肌をした人間の子供。それらが逃げ遅れた人間に飛びかかり、その首筋を噛みちぎる。



「……お腹が空いた。もっと食べたい」

「ぎゃあああ!?」

「があああああ!?」



 無垢な子供の本能に、逃げ惑う人間達の醜い悲鳴や怒号による合唱。そして、肉が裂け血が飛び散るという地獄のような光景が、それまで日常を紡いでいた街中で繰り広げられていた。



 『お菓子が大好きな無邪気な子供達』。先ほどから街中で暴れているゾンビの如き異形は、『改造人間』第五号の魔法によって召喚された使い魔だ。



 それらは、童話に出てくる登場人物のような格好の存在が使役するには些か以上に悍ましく、魔女ウィッチの手足としては非常にぴったりであった。



 街中に姿を現してから、『改造人間』第五号は魔法で召喚した使い魔に一般人を襲わせるだけで、直接戦闘に参加しようとしない。

 正確には、創造主である僕がそういう風に命令を下しているからだ。

 だって、魔法少女も来ていないのに第五号を本気で暴れさせても面白く――意味がないからである。



「本当はこんなことはしたくない上に、自分を殺した相手の命令に従わないといけないというシチュエーション。あの悔しそうな第五号の顔を見てくださいよ! 唆ります……! ですよね! 『ボス』!」

『う、うむ。そうじゃな。儂はあの『改造人間』の性能が確認できれば、それで構わない。組織の邪魔にならなければ、部下個人の趣味には一々口は出さん。

 儂の目的は果たせた。後は第五号を適当に戦わせてデータを集めたら、アジトに帰還しろ。

 以前にも警告したと思うが、『魔法庁』が本腰を入れて我が組織の壊滅を狙っているようだ。襲撃に派遣した幹部の全員が、未遂ではあるが捕獲寸前まで行った時がある』

「あの……『ボス』。それの話、初耳なんですが」

『それはお前がいつものように、集会をサボっていたせいだろう……!』

「あれ? そうでしたっけ?」



 頭を少し横に傾けて、視線を虚空に彷徨わせながら思考を必死に巡らせるが、残念なことに僕の頭の中にはそれらしき記憶は一切残っていなかった。



『……まあ、その件についてはもう良い。その分、お前は別の面で組織に貢献してもらっているからな。

 だが、気をつけろよ。他の幹部達とは違い、お前には直接的な戦闘能力は皆無なのだ。

 以前の襲撃事件の時のように、一人でいる時に魔法少女に囲まれでもすれば、すぐに捕まるぞ。

 今、お前に組織を抜けられると敵わん。お前が造る『改造人間』達がいなくなったら、また程度の低い魔物の調教に時間を割かねばならない。

 ……儂の言えたことではないが、『魔法庁』がお前の魔法について知れば、碌な扱いは受けないだろう。

 そうなったら、儂はお前を殺さねばいけなくなる』

「はーい。気をつけるだけ、気をつけておきます。僕だって死にたくないですし、やりたいこと・・・・・・はまだまだありますから」

『……そうか。またな、フランよ』

「では、『ボス』もお元気で」



 そう言葉を締めくくり、僕は『ボス』との連絡を終了した。意外と部下思いの一面があることを知って、少し驚きつつも、思考は巡らせていた。



 上空ではあいも変わらずに、『改造人間』第五号が魔法によって使い魔を召喚し続けている。



 現在進行形で、地獄のような光景を作っている下手人の顔に浮かぶのは、嗜虐的な笑み――ではなく、目の前の光景から必死に逃避しようとする苦悶の表情が浮かんでいた。



 僕はそっと耳をすませる。先ほど『ボス』に指摘された通り、僕には正面切っての戦闘を行える程の身体能力はない。

 しかし、それらの能力は一般人のものよりは強化されている。多少離れている『改造人間』第五号の呟きをしっかりと拾い取った。



「嫌だよぉ……私はこんなことをしたくない……!」



 聞き取ったのは、悪辣な『改造人間』が殺戮を楽しむ声ではなく、自らの凶行を嘆く一人の少女の悲しみの声だった。



 『改造人間』第五号。そのベースとなった『素材』は、僕の元後輩にして組織の裏切り者――ウィッチであった。

 『シャドウ』さんによって頭部を潰されて死んだはずの彼女は、僕の魔法――『生体改造』によって擬似的に蘇っている。



 失われた頭部はできる限り再現することに成功し、記憶の同一性も確認できており、『改造人間』第五号はウィッチそのものと言っても過言ではない。

 ただし、そのまま再利用するというのでは面白みもないので、『別のもの』を混ぜ込んでいる。



 『ソレ』のお陰で、避難警報が発令されるのが少し遅らせることができたが、大勢には影響はないだろうが。



 それは置いておいて、『改造人間』第五号の意識はウィッチのままだ。『改造』や蘇生の過程で、彼女自身の自我には一切の手は加えていない。

 当然、肉体には僕の命令には絶対に逆らえないような『調整』をしてある。



 その『調整』の影響もあり、現状の『改造人間』第五号――ウィッチは、人々を殺したくないという意思に反して、僕から与えられた「適当な魔法で、民衆を手当たり次第に殺せ」という命令に縛られている。



 その代わりに自我だけではなく、浮かべる表情や会話にも一切の制限を設けていない。

 つまりウィッチは、罪悪感マシマシの表情を浮かべながら、生前でもあと一歩の所で踏みとどまった殺戮行為を強制されているのだ。



「いやぁ、良い光景だね。どれだけ口で、心で拒否しようとしても体は自分の意思では動かせない。良い表情だねぇ。うふふ」



 ウィッチの表情だけでご飯は三杯いけそうだ。この理想的なシチュエーションを、推しの魔法少女アマテラスですることができたら、僕の興奮具合は比べものにならないだろう。



 そう遠くない未来に思いを馳せながら、僕の口から抑え切れない笑い声が少しだけ洩れてしまう。

 それが聞こえたのか、上空で滞空していたウィッチは悲痛に満ちた表情で、許しを乞う言葉を僕に向けて吐き出してきた。



「お願い……! もう許してっ!? 私……こんなことをもうしたくないよっ!?」

「えー、君は何を言っているんだい? 君はもう被害者の側じゃなくて、立派な加害者側だよ」

「な、何を言ってるの……!? 全部、お前がやれって……!」

「確かに僕は君に命令はしたよ? だけど、それを実行しているのは君じゃないか。嫌なら止めればいいじゃん。僕は『ボス』や他の幹部と違って、戦闘は専門外だから、君が反抗してきたら僕じゃ君を止められないよ?」

「……それができたら、とっくにやってるよ! 今すぐにでも、この魔法を止めたい! お前を吹っ飛ばした後に、会いたいと思っている人もいるのっ! だけど、さっきから体が全然動かないっ!? お前が私の体に何かしたんでしょ!?」



 始めは同情を誘うような言葉を話すウィッチではあったが、話し続ける内にその内容は僕に対する罵詈雑言であった。

 まあ、彼女の体に細工をしたのは事実であり、僕に文句を言うのは非常に正しい反応だ。



 だからといって、自他ともに認める人格破綻者である僕がまともに取り合うはずがない。

 わざと惚けたふりをして、ウィッチの自主性を重んじるような発言をする。



 当然ウィッチはそんな巫山戯た僕の態度に苛立ちを隠さず、目に涙を浮かべながらも憎悪の籠もった視線を向けてくる。

 もしも視線で人を害することができるのであれば、僕はとっくにあの世行きだろう。流石に二度目も、転生という奇跡が起きるとは微塵も考えてはいない。



 そこで、ふと一つの疑問が過る。



(……そもそも僕を転生させた理由って何だろう?)



 前世で命を落とす直前に聞こえた声に、己の内に秘めていた欲望願いを問われ、それを叶える為に転生させると言ってきた存在。

 一体自分という人間を転生させて、何のメリットがあるのか。



 魔法少女や魔物に、『ボス』が率いる『アクニンダン』。それらを始めとして、この世界の成り立ち自体歪なものだが、一個人で考えても仕方がない。



 今はただ、哀れな少女ウィッチを甚振る悪役として振る舞うとしよう。



 そして、物語には必ず正義のヒーロー主人公の存在が不可欠だ。



 ――だから、いつまでも折れていないで早く来てね。僕が大好きな魔法少女アマテラス




――後書き――


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