第17話 傍観者の後押し
薄暗い部屋で、私は魔法少女の姿に変身していて、その派手なピンク色のドレスはペンキを被ったみたいに真っ赤に染まっていた。
頭を軽く動かすと、少し離れた場所に私と同じ年齢ぐらいの少女がいた。
「ねえ……! ここは何処で、貴女は?」
私は状況が飲み込めず、その少女に声をかけた。
いや、
その少女は裾を引きずりそうになる程に長い白衣を着ており、眼鏡をかけていて、外見的特徴だけを挙げれば理知的な印象を抱くだろう。
そんな少女が私の声に反応して、どこか合っていなかった焦点が定まり視線が交差する。
「ひっ……!?」
少女の顔をよく見た瞬間に、先ほどまで抱いていたイメージは一瞬で覆り、思わず情けない声を出してしまう。
それも仕方がないだろう。
その少女の目は、死んだ魚の方がマシだと思える程に濁っており、その瞳からはこの世界に対する絶望が感じられた。
それだけではなく、彼女の両手には幼い少女の頭部が抱えられていたのだから。
だが、それらを見ると同時に、私が何者で、目の前の少女や、その少女に抱えられた別の少女の頭部の正体。
それらを思い出した。
私は『魔法庁』所属の魔法少女で、白衣を着た少女は『アクニンダン』の幹部であり、私がその組織から助けたいと思っている人物であること。
そして、そんな彼女の両手にある頭部の持ち主はアリサという名前であり、私が守ると約束してそれを果たすことができなかった罰の象徴だった。
アリサちゃんの何も映さないはずの瞳が、まるで非難するかのように私を見つめてくる。
もちろん、私の罪悪感が生み出した錯覚だろうが。
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
アリサちゃんと交わした約束は守ることはできなかったが、手の届く範囲に彼女の遺体はある。
せめて、きちんと弔いたいという思いがあった。
それだけじゃない。初めて会った時に、私に「助けて」と言ってくれたフランのことまで取りこぼしたくない。
たとえ、それがフランを助けられなかったアリサちゃんの代替と見るような行為である事実であったとしても、必死にそれから目を逸らしているのに内心気づきながらも。
「お願い……! アリサちゃんを連れていかないで……! フランも待って……! せめて、貴女だけでも助けさせて……!」
こんな情けない台詞は、魔法少女には相応しくない。
本当であれば、彼女達の方を救わなければならない。
そう思いながらも、ここで彼女達を見逃してしまえば、私の心が壊れてしまう。
そんな確信があった。
フランやアリサちゃんの姿が、私の大事な
嫌だ。行かないでほしい。あの時と違って、私には力があるんだ。無力な少女ではない。
しかし、そんな私の思いも彼女達には届かず、二人が口を開いて交互に言葉を吐き捨てる。
「――一体いつになったら、僕のことを助けてくれるの?」
「――私を助けてくれなかったのに、私を殺したこいつを救おうとするのが魔法少女? 見損なったよ、お姉さん」
代わる代わる、突きつけられる言葉は、
彼女達が口を開く度に、私の心にヒビ割れていく音が聞こえたような気がした。
「――もしかして、あの時かけてくれた言葉は全部嘘だったの? そうだよね、所詮魔法少女なんて、人助けじゃなくて皆んなからチヤホヤされるのが目的なんでしょ?」
「――この女の使い魔かな? それに胸を突き刺された時、凄く痛かったんだよ。頭も潰されちゃったんだよ。
助けてほしかったのに、その時お姉さんは何をしてたの? ただ震えていただけだよね。本当に腹立たしい。
なんで、あそこで私が死なないといけないの? ねえ、教えてよ!」
フランが、首だけのアリサちゃんが私を責める言葉を吐き出し続ける。
死んだはずのアリサちゃんが何事もないかのように恨み言を述べている状況を、異常だと判断する余裕すら今の私にはなかった。
まさに悪夢のような状況に、私の心が完全に壊れそうになった瞬間。
一人の少女の声が響いた。
「――目の前の彼女達は本物ではないわ。貴女の罪悪感が生み出した虚像に過ぎない」
「……え、私?」
「その返答は半分正解だけど、私はただの
そう話しかけてきた少女の見た目はどこか既視感がある――どころではなく、私と瓜二つであった。
魔法少女としての衣装であるピンク色のドレスに身を包んだ少女。
そして、彼女の言葉の意味を理解する前に、フランとアリサちゃんの姿が掻き消え、今までいた空間すら別物に変わっていく。
次に私と少女がいた場所は、寂れた雰囲気の映画館のような所だった。
観客席に、私達は隣り合うように座っていた。
「……ここは? というか、これはもしかしなくて夢?」
「まずは二つ目の疑問に答えてあげる。ここは貴女の夢の中。もう一度言うけど、さっきまでいた子達は貴女の罪悪感が具現化したもの。
本物ではないから気にしなくてもいい。なんて言っても貴女は優しいから無理でしょうけど」
「……それで貴女は誰? どうして私とそっくりなの?」
「……そこは私にもよく分からないわ。私はこの映画館のような場所で――貴女の内側からずっと見続けてきた。貴女の人生を。
あの時に妹を守れずに悔やんでいた、友人を助けてもらった魔法少女に憧れた貴女に。魔法少女としての力を与えたのは、多分だけど私。
貴女にそっくりなのは……長い間、貴女の中にいたから。だと思うけど」
「ぱっとしない答えだね……」
「仕方ないでしょう。私にも、何が何だかさっぱりなんだから」
自分とそっくりな外見の少女と会話するという、不可思議な状況を体験したお陰か、先ほどまでの精神的不調は落ち着いていた。
だが、平静を取り戻した状態であっても少女が話している内容は難しく、肝心の彼女自身も理解できない部分もあり、私には大半の内容が伝わらなかった。
しかし、一つだけ分かったことがある。
「――今まで、ずっと私のことを守ってきてくれたんだね。ありがとう」
「――。別に守るなんて、大層なことをしてた訳じゃない。お礼を言われる筋合いなんかなくて、むしろわけの分からない力を与えたのよ。文句を言われても仕方がないって――」
「――そんなことないよ。貴女の正体が貴女自身にも分からなくても、この力のお陰で助けられた子がいるし、これからも多くの子を助けていくつもりだよ。
もうアリサちゃんや……妹みたいな犠牲者は出したくないから。
それだけじゃない。私が魔法少女になりたいって思う、きっかけをくれた魔法少女にもきちんとお礼は言えてないしね」
「……そう。なら、私から言うことはもうないわ」
照れくさそうに顔を背ける少女に、私は追加の質問をした。
「……それで、ここは私の夢の中って言ってたけど、現実の私の体はどうなってるの?」
「普通に眠っているわ。ただ貴女が夜眠る度に、さっきまでみたいな悪夢を見ていたから見かねて、私が出てきたのよ。
だって、あのまま放置していたら貴女の心、壊れていただろうし」
「そ、そんなに危ない状態だったんだ、私」
「そうよ。私が色々と手を回しておいたから、もう悪夢は見ることはないわ。……話はここまでにしておいて、もうそろそろ起きた方が良いわ。
行かないといけない所があるんでしょう?」
「うん。……また会えるかな? まだ、話したいことがいっぱいあるから」
「ええ。もう一度、きっとね」
そこで言葉を切った私は、最後に少女に別れの挨拶を告げて、長く続いた悪夢から目覚めた。
■
「……行ってしまったようね」
映画館から立ち去った――現実に帰還したアマテラスを見送る。
声をかけるまでは、本当に死にそうな顔をしていた彼女ではあるが、あの調子ならもう大丈夫だろう。
餞別として、
これで、彼女は十全に力を発揮できるはずだ。
この力の全力が発揮できれば、どんな困難も正面から解決できるだろう。
今までは、ずっと見ていることしかできなかったが、実際に話してみるとアマテラスという少女は、本当に優しい――魔法少女に相応しい人格の持ち主だ。
一度挫折を味わった彼女であれば、もう折れることもない。……それを見届けることができないのが、残念であるが。
結局自分の正体すら分からかったが、後悔はない。
最後に背中を押すこともできた。
「……じゃあね、アマテラス」
その言葉を最後に、
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