第16話 壊れかけの心(第三者視点)

「――報告感謝する。もう下がってくれ、ダイヤモンド・ダスト」

「承知しました」



 濃い青色の髪をした少女――魔法少女ダイヤモンド・ダストは、自らが所属する『魔法庁』の上層部の面々に『とある件』についての報告を代表して行っていた。



 その用事も終わり、上層部の一人に退出を命じられ、ダイヤモンド・ダストは一礼作戦した後、その場を後にした。



 『魔法庁』本部、その内部のトップ層の魔法少女達の為に設けられた部屋。その内の一つで、部屋の主――ダイヤモンド・ダストは一息を吐いていた。



「はあ……流石にいつまで経っても慣れないわね。大勢の人達に睨まれながらの報告をするのは。本人達には、そんな気はないかもしれないけど。

 一般人のファンの前では、こうではないのにね」



 緊張の反動のせいか、ついつい独り言を呟くダイヤモンド・ダスト。

 部屋に備えつけられたベッドに横になり、目を閉じて休息を取ろうとした。



 ――ダイヤモンド・ダスト。『魔法庁』に所属する魔法少女の一人であり、その中でも上澄みに位置する。

 彼女を始めとして、俗にトップ層とされる魔法少女達は強力な魔法を保有しており、凶悪な魔物を何体も葬るだけではなく。

 悪辣非道な『アクニンダン』の幹部との戦闘を繰り広げ、倒すには至らないものの毎回撤退に追い込むことに成功している。



 普段は『魔法庁』の本部が設置されている首都付近に出没する魔物の討伐が任務ではある。



 しかし、例外はある。地方の魔法少女では対処できないような魔物や『アクニンダン』の幹部が現れた時には、貴重な転移魔法を扱える魔法少女の手を借りて、現場に急行することは多々ある。



 先ほどダイヤモンド・ダストがしていた報告も、緊急の応援を頼まれた地方の一件についてだ。

 その内容なのだが、中々に厳しい案件であった。

 彼女以外にもトップ層の魔法少女が複数人。それだけではなく、数十人近くの魔法少女達が動員される程の案件とは一体何なのか。

 と、集められた魔法少女達は思ったことだろう。現に、ダイヤモンド・ダストもその一人であった。



 しかし、上層部から伝えれた指示内容を聞いた瞬間。これだけの人員を集めたことにも納得した。



 ――『魔法庁』の支部の一つを襲撃した『アクニンダン』の幹部の捕縛。

 それが彼女達に出された命令の内容だった。



 今までなかったのが不思議であった、『アクニンダン』による『魔法庁』関連施設の襲撃。

 今後より警備体制が厳重になるだろうが、それはまた別の話。



 どこかの支部からの報告や自首的に投降してきた『アクニンダン』の幹部による証言で、その他の幹部も強制的に働かせられている可能性も出てきている。



 それもあり、襲撃者の幹部を捕まえろという指示自体は理解できるのだが、物騒な文言が一つ。



『抵抗するようであれば、骨折や四肢の欠損は構わない。生きてさえいればな』。



 その発言内容に、ダイヤモンド・ダストを含めて、眉をしかめる魔法少女は多数。というより、平然と思っている者は極一部の変わり者を除き、命のやり取りをする戦場に身を置いているが、彼女達はまだまだ未成年。

 自分と同じ年頃の少女――しかも自分の意思に関わらず、悪事に加担させられている――相手に、大人数で暴力を振るうような真似を快く考える者はいない。



 これではまるで、保護すべき少女の人権や尊厳を無視して、何かに利用しようとしているのか?



 そんな考えが一瞬過ったが、これだけの魔法少女がいるのだ。投降を呼びかけて、それが無視されたとしても、数の利を活かせば、無傷は無理でも拘束は可能なはず。

 そう考えていたのだが。現場に急行したダイヤモンド・ダスト達が相対した人物は、一筋縄ではいかない手合いであった。



 ――『アクニンダン』の幹部、フラン。先日投降して、すぐに裏切り者として暗殺されたウィッチを除き、幹部の中では一番の新顔である。



 ダイヤモンド・ダストも過去に一度だけ、フランと相対したことがある。正確に言えば、彼女が使役していた一体の異形が相手だった。

 終始フランの方は観戦に徹していて、それは先日の襲撃時の撤退戦においても変わらず、彼女の戦闘スタイルはそういうものであることが分かる。



「……フランが連れていた魔物? っぽい奴ら。どれも嫌になるぐらいに強かった」



 ぽつりと独り言が溢れるダイヤモンド・ダスト。

 フランが使役していた魔物とも違うとされる異形。上層部の見解では、フランの魔法によって生み出された使い魔に近いものとされている。



 もちろん魔法少女の中には、童話のように可愛らしい妖精や強靭な竜を使い魔として召喚する固有魔法を持つ者もいる。

 だが、魔法少女が発現する固有魔法は、本人の資質は当然のこと、覚醒当時の精神状態が大きく影響する。



 使い魔を召喚する類の魔法は、孤独や寂しさを抱える少女がそれらを埋める為に発現する傾向にあるのだが――。



(……あんなモノを使役しているフラン。あの子の精神状態は一体どうなっているのかしら?)



 ダイヤモンド・ダストが想起するのは、三体の異形。

 一体は彼女が交戦したソレは、二メートル以上で屈強な肉体を持った人型。生半可な攻撃や拘束は意味を為さず、見た目相応の強烈な打撃を繰り出してきた。



 一撃でもまともに喰らえば行動不能になっただろうが、幸い速さにおいてはダイヤモンド・ダストに及ぶ程ではなかった。

 隙をついて、強力な一撃を叩き込んだことが異形は活動を停止。フランはいつの間にか、撤収していた。



 二体目に関しては、ダイヤモンド・ダストは直接戦闘しておらず、上げられた報告を又聞きしただけに過ぎない。

 だが、ソレも一体目と外見こそ違い細身ながらも、凄まじい身体能力で、トップ層の魔法少女を数人相手に渡り合ったらしい。



 その時も、フランは異形が倒されると同時に撤退していた。



 そして、先日の一件。その時に連れてきた異形は、基本的に人型でありながらも、自在に形を変化させることが可能な個体だった。

 右肩にフランを乗せた状態で、何十人の魔法少女の攻撃を捌き、逃走に成功するという無理難題を成し遂げた能力の高さ。

 まともに一対一で戦えば、ダイヤモンド・ダストでさえ勝てるかどうかは分からない。

 そう思わせる程に、強そうな手合いであった。



 しかし、フランが使役するソレらの見た目は、人型を取りながらも致命的に人間からは遠かった。

 先ほど、魔法によって生み出される使い魔の外見が、術者の精神状態に左右されるという話はしたけれど。

 それを考慮した場合、フランの心は果たして無事なのだろうか。



 いや、とてもではないが無事とは言えないはずだ。フランの外見からの推定年齢は十四歳前後。

 本来であれば庇護されるべき少女が顔色一つも変えずに、一般人を殺して周っている。

 そんな精神状態を、正常とは口が裂けても言えない。



 フランとの交戦の際には、もちろん魔法少女側からは降伏勧告はした。

 だが、彼女は無言を貫くばかりで、無表情を崩すことはなかった。

 精神が壊れる一歩手前であるのなら、自分が助かる可能性があるこちらの言葉に耳を傾けそうなものだが。



(……それだけ『アクニンダン』の洗脳は強力なのかしら? それとも自分から進んで悪事に加担を?)



 ダイヤモンド・ダストが一人で、いくら頭を悩ませても答えは出ない。



 とにかく『魔法庁』の上層部が腹の底で何を企んでいるかは分からないが、今やほとんどの魔法少女はフランを含めた幹部達を本気で思っている。

 中には、幹部達に家族や友人などを殺されて心情的に溝が深い者もいるけれど。

 魔物や『アクニンダン』への復讐を誓って、魔法少女になる者も少なくない。



(……それでも、魔法少女は困っている人を助ける存在。私達が頑張らないと、フラン達も普通の人生を歩めないし、被害者は増え続けるだけ。

 頑張らないとね。……後で、他の魔法少女達にもこの話をしておきましょう)



 そこで思考を打ち切ったダイヤモンド・ダストは、今度こそ休息を取るべく、意識を沈めた。

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