第15話 推しの心は砕けない(願望)


 敵の施設で、保護されている組織の裏切り者を始末しろという無茶振りを、何とか成功させた僕こと『アクニンダン』の幹部のフラン。



「はあ……流石にダルかったぁ……」



 行きは『ボス』のお陰で楽々侵入することができたが、帰り道は自分で確保しなければならなかった。

 僕自身の戦闘能力は皆無であるので、護衛として連れてきていた『シャドウ』さんに凄く頑張ってもらった。



 思い出すのは、『魔法庁』の支部から逃げ出す僕に対する魔法少女達の苛烈な追撃。

 『アクニンダン』の幹部に就任してから、あれ程に過酷な仕事は初めてだった。追撃してくる魔法少女の数は、数えるのが億劫になる程で、中にはトップ層にいる魔法少女が複数人もいた。



 殺しは厳禁なはずだが、魔法少女達――特にトップ層のやる気? というか、気迫みたいなのが段違いで、かなりビビった記憶がある。



 降伏勧告をしながら攻撃してくるのは、反則だろう。命さえあれば、骨の数本が折れても構わない。そんな感じであった。

 連れてきた『改造人間』が『シャドウ』さんでなければ、僕はあっさりと捕まっていただろう。

 『シャドウ』さん、様々だ。今度お礼を兼ねて、何かプレゼントしたいが、彼? の好みが分からない。よく考えておくとしよう。



 しかし、何故あそこまで必死だったのだろうか。いや、別に普段の彼女達が職務に忠実ではないと言っているのではない。

 個人差はあれど、基本的にどの魔法少女は魔物や『アクニンダン』を倒して、世界平和に貢献したい意志を持っていることは理解している。

 どの口が言っているかと、自分でも思うが。



 『魔法庁』の威信がかかっているからだろうか。でも、魔法少女達がしていた表情や目。かけてきた言葉。

 つい最近で似たような感じで、僕に接してくれた人がいたような気もするが、それこそ気のせいだろう。



 自慢ではないが、僕の人間関係は非常に狭い。『ボス』とこちらの反応を無視して、うるさく声をかけてくる同僚。

 常に僕に殺気を向けてくる『調整品』達や、紳士的な『シャドウ』さん。



 そして、僕が『改造』したいと焦がれている魔法少女、アマテラス。



 これが今世における主な人間関係だ。うん、やっぱり狭い。



 そう言えば、あの一件以来アマテラスの姿を見かけなくなってしまった。



「会いたいなぁ……それか陰から見守るのもありだな」



 そう独り言を呟くが、それが無理であることをすぐに思い出す。

 本当にアマテラスは一切の活動を休止していた。前回の一件で、もしかして彼女の心が折れてしまったのだろうか。

 いや、僕が目にかけた魔法少女があの程度で精神的に再起不能になるはずがない。ないよね?



 組織の諜報部――なんて便利なものはない、欠陥だらけの悪の組織。そのせいで僕の情報収集の主な手段は、テレビのニュース番組かインターネットしかない。

 これが悪の組織の幹部の姿か? 一般人かよ。



 お陰で、推しの現状を把握することが不可能。華麗にどん底から復活したアマテラスの勇姿を妄想することだけで、今の僕に許された彼女との繋がりである。



 まあ、魔法少女の物語は愛と希望に満ちた物語ではあるが、多少のスパイスは必要だ。

 その一つがこの前の一件であり、それをバネに一段階以上にパワーアップして、僕の目の前に姿を現してくれる。そのはずだ。

 僕は、そう信じている。



「……じゃあ、感動の再会に向けて、『調整』の方も頑張らないとね」



 現在、僕がいるのは『アクニンダン』のアジト。そこの一角に設けられた僕専用の部屋――というよりかはラボ。

 相変わらず、『調整』が済んでいない子達から殺意の籠もった視線が向けられている。



 常人であれば、一時間も経たずに気が狂いそうになる程の殺意に満ちている空間ではあるが、僕の頭の螺子は数本ぶっ飛んでいる。

 むしろ、自分に向けられる殺意が心地良く感じる。



 今は反骨心の塊である彼らが、時間をかけてゆっくりと自我と尊厳を破壊して、従順な子に仕立て上げる過程を思うと興奮してくる。

 それを何れは、アマテラスに施すことができる未来を夢想すると絶頂すら覚えそうになる。



 だけど、今の僕の魔法『生体改造』の成長具合だと、それは一体いつになるのか。

 一応の成功作として、魔法少女との戦いに投入された第一号と第二号。しかし、僕が理想とする『改造人間』の完成形からはほど遠い。

 単純な兵器としての面しか求めていない『ボス』や同僚からは、十分に好評であったが、僕は違う。



 命令に従うだけの人形では、僕の好みに合わない。徐々に従順に仕立てていく過程も大好きだが、アマテラスを始めとして、いくつかのお気に入りは完全に自我を奪うつもりはない。



 以前の自分と異なる肉体になり、望まぬ命令に口では「はい」と言いながらも、心の中では命令者である僕に不変の殺意を、渇くことない絶望を抱き続ける。



 それが、僕の理想の『改造人間』像である。なので、自我をすり潰す作業は一見無駄だと思えるが、一応僕も組織に仕える身。



 『ボス』としては、下手に自我を残しておいて反逆される可能性を摘み取っておきたいのだろう。

 その要望に従って、大半の『改造人間』はそのように『調整』するつもりだ。

 『シャドウ』さんも、僕の命令を従うだけではなく、ある程度の意図を察してくれたり、気遣いを見せてくれたりする。

 しかし『素材』の元々の性格やら記憶は、一切残っていない。



「――! ――!」

「ん? 何か用? 外に出せって、言うお願いは聞けないよ? 君にはいつか来る子の模範的な姉として振る舞ってもらわないといけないんだから、もっとお淑やかにしないと」

「――!? ――!」

「大丈夫、大丈夫。君の自我はしっかりと残してあげるし、多少の自由な会話は許してあげる。

 だって、そうしないと君の心の絶望が直に聞けないからねぇ」

「――!?」



 僕は作業の手を止めて、お気に入りの一つが入っているカプセルに近づくと、聞き分けの悪い子供を躾けるように話す。

 相手の言葉はカプセル内を満たす特殊な液体のせいで、意味をなさず無数の気泡を断続的に生むだけ。



 傍から見れば、僕が一人で会話している危ない奴にしか見えないだろう。危険人物であることは事実だが。

 まあ、僕にも彼女が言っていることはさっぱりだ。読唇術も会得している訳でもない。

 つまり比喩でも何でもなく、僕は気分の赴くままに独り言に興じているだけだ。



「――!」



 言葉が通じないのであれば、内側から自らを捕らえるカプセルを叩き壊そうと試みる彼女。

 ある意味で、それは正解の行動である。

 今までの『調整』で、彼女の身体能力は既に凄まじいものになっている。それを彼女は自覚して、実行しようとしているのだ。



「もう、学習しないなぁ。君も。同じようなこともあるから、君達が壊せないように作ってあるよ。そのカプセルは。前にも言わなかったかな?」

「――!?」

「……薬の投与のし過ぎで、記憶力が悪くなっている訳じゃないよね? ……やばい、少し不安になってきたかも。君の『調整』は、今日はここまでにしておくよ。

 君の妹、その第一号の『調整』に入らないといけないからね」

「――!? ――!」



 僕の発言に、彼女は先ほど以上にその表情に怒りの感情を露わにし、カプセルを力強く叩く。

 こういった無駄な抵抗を眺めているのも乙なものだが、『本命』に向けた試練の準備への一環でもある。



 『姉』としての役割を与えるつもりの彼女から視線を外し、僕は別のカプセルの前に立つ。

 そこに入れられているのは、僕よりも小柄な少女の遺体――だったものだ。



 先日『ボス』から命令を受けた僕が始末をした、元幹部のウィッチ。『シャドウ』さんによって潰された頭部や、大きな穴の空いた胸の部分は可能な限り『修復』をしておいた。

 こういう『修繕作業』ができるのも、『生体改造』の強みである。

 蘇生擬きも、今後の『調整』で行っていくつもりだ。



「どういうシチュエーションがいいかなぁ?」



 そう遠くない未来に思いを馳せて、僕は楽しげに笑う。



 ――折れずに立ち上がってよ。僕の大好きな魔法少女。

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