第13話 支部長の頭痛案件
――先日、世間が震撼する事件が起きた。
世界に混乱と恐怖を撒き散らす悪の組織『アクニンダン』による『魔法庁』の施設が襲撃されるという前代未聞の事態が発生した。
逆に今までなかったことが不思議に思われるだろうが、『アクニンダン』が『魔法庁』関連の施設を襲ったことは一度もなかった。
もちろんその事実に甘えて施設の警備を疎かにするようなことはなかったが、『アクニンダン』の魔の手が直接伸びたことはない。
それでもどこかに油断、慢心があったのだろう。『アクニンダン』は『魔法庁』の力を恐れて、直接施設を襲うようなことはない、と。
戦力として警戒すべき存在は、数名の幹部と首領の『ボス』だけである、と。
だが、そうはならなかった。一人の魔法少女の説得によって、『アクニンダン』を離反して保護された元幹部のウィッチ。
その彼女を裏切り者として、組織の幹部によって暗殺された。支部の内部に突然現れて、その後の追撃も全て振り切られたという顛末である為、現在『魔法庁』は世間から大バッシングを受けて炎上している最中だ。
連日テレビ番組にお偉いさんが呼び出されては、頭を下げて謝罪する映像がお茶の間に流されている。もちろん、そんなものがいくら流れた所で『アクニンダン』の活動が収まる訳でもなく、野良の魔物は今日も元気に街中を闊歩しようとしている。
炎上や『アクニンダン』に、野良の魔物。それらへの対応で『魔法庁』は上から下まで大忙しだ。
それは支部長の一人である若林も例外ではない。むしろ、この騒動の渦中にいる人物と言っても過言ではなかった。彼の支部で保護していた『アクニンダン』の元幹部の少女が殺害されたのだ。
責任者として社会的にも、裏で物理的に首が飛びそうになったのだが、今はどこも人手が足りない状況。自他ともに優秀と評価されていた若林の首は皮一枚の所で繋がり、現在進行形で職員や魔法少女に指示を出したり、上への報告で忙殺されていた。
「はあ……流石に疲れるな」
「若林さん。そろそろ休んだ方がよろしいかと。あの一件以来、自宅に帰らずにずっと働き詰めじゃないですか」
「それを言うのなら、君も同じではないかね。米山君。目元の隈が酷くて、化粧でも誤魔化せていないようだが」
「え!? それは本当ですか!? やだ、しっかりと鏡を見ながら隠したはずなのに……」
「それだけ元気なら大丈夫そうだな。だが、無理をして君に倒れられると困る。数時間は仮眠を取るように」
「うう……了解しました。しかし若林さんも休憩されないと……」
「君の仮眠が終わり次第、君と交代する形で休むつもりだ。流石に私と君の両方が一度に不在になると、この支部が機能停止に陥ってしまう」
「そういうことでしたら……」
若林の部下である女性――米山は、若干の不満を見せつつも若林の言葉に甘えて部屋を退出していった。
若林と大量の書類のみが残される。少しでも米山の負担を減らすべく、若林は仕事を再開した。
しかし仕事を進める間、若林の思考は二人の少女についてその半分以上が割かれていた。
もちろんそれは彼が特殊な性癖を持っている訳ではなく、その二人の少女が自分よりも今世間をにぎ合わせている騒動の原因と言うべき人物だからだ。
一人は、若林が支部長を務める支部に所属する魔法少女。魔法少女名はアマテラス。彼女が魔法少女になってから、それほどの時間は経っていない。
それでも彼女の活躍は目覚ましく、良い意味で魔法少女の宣伝にもなっていた。
だが、それに反比例するかのように、アマテラスは大きな厄介事を持ち込んでくる。一番直近のことを挙げるなら、それこそが例の襲撃事件だ。
暗殺された元幹部の少女は、アマテラスの説得で保護に応じたのだ。それが結果的に『魔法庁』が世間から非難されることに繋がった。けれどその行為を、若林は間違っているとは思わない。
助けられる命を救おうとする。本来であれば称賛に値すべきアマテラスの行動のはずだが、他の『魔法庁』の連中や世間は起きた結果しか見ず、大声で糾弾するだけだ。
魔法少女が徒に『アクニンダン』の幹部を施設内に招き、余計な襲撃を誘発させたと。
この事件で一番傷ついているアマテラス本人の心情を考慮せずに。
日頃から熱心に、悪く言えば何か強迫観念に突き動かされているかのように従事していた魔法少女としての活動。それに一切関わろうとせずに、アマテラスは自らの殻の中に引きこもってしまっている。
家族にも顔を合わせたくないのか、家にも帰らずにこの支部に用意された個室に完全に閉じこもっている。一応アマテラスの上司にあたる若林であるが、所詮基本的には安全地帯で指示を出すだけの大人の言葉など響くはずがない。
というか、かけるべき言葉が見つからない。恥ずかしいながら、精神的に参っている年ごろの少女との交流経験は少なく、時間が解決するか周りのサポートに頼るしかないのが現状だ。
(アマテラス君のサポートは急務だな……。そういうのを任せられるのは誰だったか……。米山君に……いや、彼女もただでさえ仕事で手一杯だ。これ以上、負担をかける訳にもいかない……。
はあ……あいつなら、こんな時どう言葉をかけるんだろうな)
一度仕事の手を止めて、右手で眉間を軽く揉む。両目を閉じて、休憩代わりに思考に没頭する。
瞼を閉じた若林の脳裏に浮かんでくるのは、アマテラスとは別の白衣を着た少女――『アクニンダン』の幹部、フランだ。
映像越しには何度か見たことはあるが、あれほどの近距離で相対したのは初めてであった。当時あの場にいたのは、若林とアマテラスに、フランのみ。もしも彼女にその気があれば、若林を殺害することはできたはずだ。
(……そもそも、彼女はどこから侵入してきた? 今まで、今回のような事態が起きていないことを考えると、何かしら条件があるはずだが……。しかし、それよりも――)
暗がりで分かりにくかったが、後から監視カメラの映像を見返したり、逃走する際の戦闘の様子を聞くとフラン自身の影に潜む不定形の魔物らしき存在を使役していたことが判明した。
その戦闘能力の高さや異質性から、『アクニンダン』で調教された魔物ではなく、フラン自身の魔法によって産み出された異形の可能性が高い。
この異形――フランから『シャドウ』と呼称されていた個体は、過去二度にわたって確認されたフランが使役していた異形よりも強いであろうというのが、実際に交戦をした魔法少女達の口から語られている。
これが事実であれば、着実にフランの魔法は確実に練度が上がっているということになるが、流石に『シャドウ』に並ぶ程の個体は量産できる域には達していないはずだ。
もしも量産に成功していれば、先の襲撃事件で投入されていただろうし、被害もアリサの命や施設の破壊に留まらなかっただろう。
当然これらの情報は若林だけではなく、他の『魔法庁』の上層部も把握している。今後上層部はますますフランの保護――というよりかは確保に力を入れるだろう。
フランの魔法さえあれば、『アクニンダン』の壊滅や魔物の殲滅もお手の物のはずだ。使う者に邪な気持ちが少しでもあれば、それこそ世界征服すら可能になる。
いや、案外それが上層部の本当の目的では――。
そこで思考を打ち切り、若林は作業を再開した。
どちらにせよ、若林の立場では上層部の動向を探るのが精一杯で、コントロールする程の権限はない。
ただでさえ、今の立場も危ういというのに。
(……今はまだ消される訳にはいかない。あの子を見つけるまでは……)
若林の脳裏に浮かぶのは、自らの血を半分受け継ぎ、今は亡き愛した女性の忘れ形見である一人の少女。
アリサのように無惨に殺されていないか、アマテラスのように現実に絶望していないか、フランのように都合の良い兵器として利用されていないか。
少女が若林の前から姿を消した時から、彼女のことを忘れたことは一秒たりともない。
(アマテラス君やフランにも相応の事情はあるだろう……サポートはできる限りはするつもりだが――娘のことを優先させてもらう。無事でいてくれ。■■)
――若林とて、不器用ながらも一人の父親である。ただそれだけの話だ。
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