第12話 再会を誓う言葉

 ――アマテラス。ここ最近活動を開始したばかりの新人魔法少女。名前にそぐわないピンク色を基調としたフリフリの多いドレスを何の違和感なく着こなす。

 まだまだ未熟な面がありながらも、先輩や同期、後輩といった垣根を越えて協力し、魔物と『アクニンダン』と対峙する彼女は、理想的な魔法少女像を体現しているのが専らの評価。

 新人ではあるが、テレビ番組で放送される彼女の勇姿や、インタビュー等で見せる屈託のない純粋な笑みに脳を焼かれる人が老若男女に発生。

 ネットでも専用スレが立てられるぐらいの人気ぶりだ。



 使用魔法も、派手さが受ける魔法少女にはうってつけの炎属性であり、その火力は成り立てと思えない域にある。真偽は不明であるが、単身で『アクニンダン』の幹部と相対した時は、幹部が率いていた魔物の群れを無傷で・・・壊滅させたという情報が出回っているらしい。

 この件に関して、本人はインタビュー等で質問されても否定もせず曖昧に笑うのみで、『魔法庁』に関してはノーコメント。

 とりあえず事実はどうあれ、アマテラスの炎属性を操る魔法は強力であるというのが、世間一般の認識のようだ。



 これらの情報は、僕が幹部としての仕事がない合間にインターネットで調べたものだ。当然そこら辺の一般人でも得られる程度の情報でしかないが、好きな女の子――推しの魔法少女のことであれば、どんな些細なものでもウェルカムである。



 『ボス』に『改造人間』の材料を集めることを控えるように言われ、裏切り者の始末を命令されて、当分は直接会う機会がないだろう。

 面倒くさ――『ボス』から任せられた重要任務を果たした後、僕と『シャドウ』さんのコンビによる『魔法庁』の施設からの脱走劇が繰り広げられようとしていた時。

 『ボス』の転移もどきの余波で、機能停止していた施設の電気系統のシステムが一部回復して、非常用の照明が灯される。



 足元や壁一面に飛び散っている血とは異なる赤色で視界が満たされる中、眩しさで目を細めていると、その先には一人の少女がいた。



 ピンク色のドレス姿。それと同色のステッキ。

 こうやって直接対峙するのは二度目でしないが、推しの魔法少女を見間違えるはずがない。



「あはは! 怠いだけの任務だと思ってたけど、良いこともあるもんだ。偶には『ボス』のお使いも悪くないね。

 ――会いたかったよぉ、アマテラス」



 遠距離恋愛をしていた恋人に久しぶりに会うような、愛しい気持ちをたっぷりと言葉に乗せながらアマテラスに視線を送る。

 しかし残念ながら、再会を喜ぶ僕の言葉は届いていなかったらしい。アマテラスの表情にはいつもの万人受けしそうな笑顔とは真反対の、信じたくないものを見たような絶望が浮かんでいた。

 普段の希望に満ち溢れ、正義を絶対視してヒーローをしているアマテラスも良いが、個人的には今の表情も非常に好みである。



 前世から正義のヒロインが曇らせられる展開は大好物であり、今世ではリアルに魔法少女が存在する世界観。

 そして何の因果か悪の組織の幹部になれて、曇らせよりも先の段階――『悪堕ち』に手を伸ばすにはもってこいの魔法もある。



 ここで遭遇する予定は一切なかったが、これほどまでに良い表情を見せられると、衝動的にお持ち帰りしたくなってしまう。



(本当に連れて帰っちゃおうかな?)



 心の中の悪魔が囁いてくるが、なけなしの理性で踏みとどまる。仕上がり具合は一見順調に見えるが、前世でそれ系のフィクション・・・・・・・・・・を嗜んでいた僕だから分かる。

 アマテラス正義のヒロインはこの程度では折れない。改心しかけた敵が死んだぐらいでは絶望はしても、その膝を屈することは絶対にない。



 だから今アジトに無理に連れて帰っても、僕の魔法『生体改造』の発達具合も合わせて考えると中途半端にしかならない。



 せっかく見つけた最高の『素材』が熟成していくのを――推しの魔法少女が育つ可能性の芽を摘み取るのは、主義に反する。

 そういう意味では、今回の遭遇は予定にないだけではなく望ましくない。

 しかし推しの成長過程を見ることができて、十分に満足である。



 良く耳を澄ませてみれば、呆然と僕を見つめる――いや、視線は定まっておらず、僕と床に転がっている首なし死体を行ったり来たりしていた――アマテラスはぽつぽつと何かを呟いている。



「何で……アリサちゃんが……フランに殺されて。私が、アリサちゃんに『アクニンダン』を抜けるように言ったから、フランが人を殺したくもないのに……アリサちゃんを殺して……」



 いまいち要領を得ないが内容を整理すると、僕がウィッチを殺したことが精神的に相当なダメージを与えたようだ。

 それとウィッチが『アクニンダン』を裏切るような馬鹿なことをした原因は、アマテラスらしい。



「へええ……」



 ちょっと気に食わないかも。そりゃあ、仕方ないとは思っている。

 向こうにとっては、一度顔を合わせただけの敵の一人でしかない。以前会った時は、「貴女を助けたい」と世迷言を言っていたが、恐らくそれも生来の善性や成り立て故の勘違いに過ぎない。

 そんな誤解はとっくに解けているだろうが、それでもアマテラスが僕にとって理想的な魔法少女であることは変わらず、僕に初めて・・・・・悪意や打算を除いた純粋な気持ちを向けてくれた人物だ。

 そんな少女が別の人間の死に悲しんでいるのを見るのは、嬉しいけれど何故だか苛つく。



 そうだ。良いことを思いついた。

 未だに軽く茫然自失なアマテラスを他所に、床に転がる元後輩の亡骸に目線を向ける。

 幹部であった者を素材にできれば、これまで以上に良い『モノ』が作れそうである。

 それにアマテラスの大切な人だった・・・・・・・のであれば、試練の一つとして機能するだろう。



「『シャドウ』さん。取り込んじゃって」



 僕の指示に反応して、影が脈動して首なし死体を収納する。そこで、ようやくアマテラスが反応した。



「あ、待って……アリサちゃんが……」



 虚ろで焦点の定まらないアマテラスの表情をもっと堪能したかったが、これ以上は本当に時間をかけていられない。

 この場所に無数の魔力反応が向かって来ている。応援の魔法少女達だろう。包囲網が増加する前に、『シャドウ』さんで正面突破だ。



 『シャドウ』さんを顕現させ、人型をとらせる。その肩に乗っけてもらうと、アマテラスに向かって別れの言葉を告げる。



「じゃあね、アマテラス。もしも『これ』を返してほしかったら、また会おうよ。次はお互いに万全の状態でね。他にも紹介したい子達もいっぱいいるから。この程度で折れないでよ、可愛い正義のヒロインさん」



 言い終わると同時に、『シャドウ』さんは僕が肩から落ちないように片手を添えた体勢で、全力疾走を始めた。



 ――そして結果的には、数時間にも及ぶ魔法少女達の追撃から逃げおおせることに成功した。





――後書き――


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