第11話 望まぬ再会
何かしらの要因によりダウンしていた電気系統のシステムが、一部復旧した。非常用の照明が点き、世界に色が戻る。
「大丈夫か!?」
「は、はい……! 私は大丈夫です!」
「……アマテラス君。支部長としての命令だ。いつでも戦闘行動に移れるようにしてくれ」
「了解しました! ……あっ!? アリサちゃんは!?」
名前から想像できないような、ピンク色のドレス姿の魔法少女――アマテラスは、上司であり彼女が所属する『魔法庁』の支部を治める若林の指示に従い、動揺しながらも己の武器であるステッキを構える。
しかし混乱した思考は、すぐに一人の人物の心配に至る。これはアマテラスの元来の性分が善性であるからだろう。
人間の本音は窮地に陥った時に出るという話だが、この状況下で他者のことを咄嗟に慮れる彼女は、魔法少女になるべくなった人間に違いない。
そんな場違いな考えを抱きつつも、若林もアマテラスが言った人物について思考を巡らす。
その人物の名前はアリサ――またの名を『アクニンダン』の幹部であるウィッチ。
アマテラスからの呼びかけによって投降し、一時的に若林の支部で身柄を拘束して事情聴取を受けていた。
若林やアリサの取り調べを中心となって担当していたアマテラスは、アリサが危険人物には思えなかった。
もちろん『アクニンダン』であった事実は変わらず、その行動は今後も私生活の細部に渡るまで厳重な監視下に置かれることになるだろう。
しかし時間が経ち、事情聴取の報告や本人の態度、若林の推薦があれば条件付きで魔法少女としての活動も不可能ではないと、若林は考えていた。
しばらくは不便をかけてしまうが、アリサは『魔法庁』の支部であるここで過ごしてもらうことになる。
その上『アクニンダン』によるアリサの奪還を警戒しないといけない。
若林はそう考えていた。そして今の停電騒ぎが単なる設備の不調ではなく、第三者によるものである可能性が高いと結論に至る。
(――もしかして『アクニンダン』による襲撃か!?)
アリサの身柄が置かれている部屋。その部屋の様子は、今若林達がいる場所からマジックミラーで確認できる。
若林は隣にいたアマテラスに声をかけ、自身もアリサがいる部屋に視線を向けようとした。
「アマテラス君!? アリサ君の様子は――」
若林の指示の言葉よりも早く、アマテラスの体は駆け出していた。瞬間、魔法少女としての常人とはかけ離れた力により、マジックミラーが粉砕される。
それほどまでに自分が助け出した少女の安否が気になるのか。一瞬だけ若林の視界の端に留まったアマテラスの顔はいつになく真剣な――鬼気迫る表情であった。
若林の逸れていた視線が、今度こそ割れたマジックミラーの先を見ようとする。その先に広がっていたのは、成人男性である若林であっても、思わず吐き気を催してしまう光景だった。
壁や床一面には、血や黄色と白色が混じった泥々した液体が飛び散っている。その中心部には、司令塔を失った華奢な体が床に倒れ込んでいた。
麻痺した思考で、その体の持ち主の正体に至る。僅かに血に染まっていない服装や体格から、ソレがアリサと呼ばれていた少女であることが理解できてしまう。
『アクニンダン』の幹部であったとしても、アリサは首領の『ボス』に無理矢理勧誘されたと言う。それが事実だとすれば、他の幹部達も同様の可能性が発生する。
さらなる離反を防ぐ為に、アリサの命が奪われたのかもしれない。少数で数多の魔法少女を抱える『魔法庁』とやり合っている組織のトップだ。
『魔法庁』関連の施設の内部であっても、裏切った部下の一人を始末するぐらい手段などいくらでもあるのだろう。
しかし、その手段が問題だ。遠隔で殺害したのか、それとも刺客を放ったのか。
その疑問の答えは、すぐに判明した。
頭部を失った死体の傍で、対峙する二人の少女。
その一人はアマテラスである。彼女はさっきまでの鬼気迫るものではなく、目の前の光景を信じられないと表情が物語っていた。
それは自分が助け出し、共に戦おうと誓った少女が無惨に殺されたのだ。いくら常人では及びつかない力を振るえると言っても、まだ未成年に過ぎない少女の精神ではその事実を上手く受け止め切れないのだろう。
そのような表情になるのも仕方がない。
だが、アマテラスがそんな表情をするに至ったのは、それだけが理由ではないことを若林は遅れて理解した。
アマテラスと向かい合う、もう一人の少女。同じくらいの年齢と思わしき、体のサイズに合っていない白衣を羽織り眼鏡をかけている少女――『アクニンダン』の幹部、フランであった。
(やはり『アクニンダン』を裏切ったアリサ君を始末しにきたのか……!? しかし、ここは『魔法庁』の支部の地下だぞ!? 一体どこから侵入を? 今はそれよりもフランの無力化、撃退をしなければ……!)
「アマテラス君! 他の魔法少女達が応援に来るまで、何とか持ち堪えるんだ! ……アマテラス君?」
若林の言葉が届いた様子は見られなく、アマテラスは呆然と立ち尽くすだけだった。
■
――信じたくなかった。
私をお姉さんと呼んで慕ってくれた少女。彼女と知り合い、触れ合った時間は数日にも満たない。
『アクニンダン』の首領に無理矢理働かされていた彼女が悪事に手を染める前に、救い出せたことはここ最近で一番嬉しかった。
彼女を救えたことで、他の幹部の子達も救える可能性が出てきた。私に無言ながらも、助けを求めてきた一人の少女。フラン。彼女もあんな人殺し集団から解放できる希望が見えてきたのだ。嬉しくないはずがない。
それだけではなく、若林さんは『魔法庁』のお偉いさんにかけ合ってくれて、アリサちゃんの保護や魔法少女として活動できるように話をつけてくれるらしい。
アリサちゃんに、フラン。その他の幹部の子達。
彼女達と一緒に手を取り合い、諸悪の根源たる『アクニンダン』の首領をとっちめる。
徒に街中に被害を齎す魔物の駆除も頑張る。
そうして努力を続けていれば、きっといつかは魔物を完全に駆逐する手段を見つかるはず。
それで世界は平和に。めでたし、めでたし。
私が思い描いていた、理想としていた魔法少女の姿そのものである。
あの日、私が目指した魔法少女の隣に立てるような人物になるべく、その第一歩としてアリサちゃんと絆を深めていきたい。
だって、そうする方が正義の魔法少女らしいよね?
――信じたくなかった。
私に心を開いてくれて、共に戦おうと誓ってくれた少女は、アリサちゃんは。
赤い、紅い、液体でその華奢な体を染めて。
私よりも短い生涯を閉じてしまっていた。
「アリサちゃん――!?」
少女の名前を大きく、ほぼ悲鳴に近い声で叫ぶ。
何故、何故、こんなことに。
ついさっきまで一緒に話していた相手が死んでしまった。
それだけでも、精神的にきついのに。
この場にはいてほしくない、絶対に助けたいと誓った少女がそこにはいた。
彼女は前に見た時と同じように、いやその時よりも一層絶望に淀んだ瞳で私を射抜いてきた。
お前なんかは、魔法少女に相応しくない。
少女の瞳はどんなに饒舌な口よりも、雄弁に、明確にその事実を私に突きつけていた。
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