第10話 硝子細工の希望②

「うーん……『ボス』から聞いていなかったのかな? 僕達の魔法は魔法少女のモノとは種類が違うんだよ」



 ちょっとした『裏技』で裏切り者である元幹部『ウィッチ』の場所まで転移された僕。状況の把握をする為に、辺りを軽く見渡す。

 もちろんウィッチから注意を逸らすような愚は犯さない。



「な、なんで……ここは『魔法庁』の支部の地下なのに……」



 僕の影から完全に姿を現した『シャドウ』さんの右手に、その胸を貫かれているウィッチが、信じられないと言った様子で僕の姿を見ていた。



「わあ……まだ意識があるんだね。普通の人間だったら、即死するはずなのに生きてるなんて……僕もこんな感じなのかな?」

「こ、答えなさい……よ!?」



 無理に声を荒げたせいか、ウィッチの口から血の塊が吐き出される。ゴホゴホと激しく咳き込み、その度に彼女の体の動きが鈍っていく。

 このまま放置していても、どうせ死ぬだろうがせっかくだ。冥土の土産に『裏技』について、教えて上げるとしよう。



 僕は勿体ぶった口調で話し始める。



「さっきも言ったけど、僕達が『ボス』から与えられた魔法は、魔法少女達のモノとは由来が違う。彼女達の魔法は持ち前の才能が、ふとした切っかけ……例えば、死に直面した瞬間かな。脳に無意識にかけられたリミッターが外れるような感じで、魔法の力に覚醒するの。だけど、そんなのは生まれ持った才能を持つ人間が更に篩にかけられて厳選された人だけ。僕達みたいな紛い物とは根本的に異なるんだ」



 話の途中でウィッチに視線を向けてみると、既に目の焦点があっておらず、話の内容がきちんと頭に入っているようには見えない。

 話をするだけ時間の無駄に思えたが、最後まで話すことにする。幸いこっちに来た際に発生した衝撃で、施設全体の電気系統が一時的に狂ってしまったようで、しばらくは雑談に興じる時間はあるみたいだ。



「それで話の続きだけど、僕達の魔法は『ボス』によって心臓に植え付けられた『核』を基にして覚醒するんだ。だから、あの儀式を受け入れた時点で、僕達の命は『ボス』が握っているのも同義。だけど今回は『ボス』直々の命令でね。君の殺害命令を出されたんだ。同じ新入りとして、裏切るとどうなるかと言う見せしめの意味もあるのかもしれないけど。後僕がここに来れたのは、君の『核』を基点とした『ボス』による力任せの転移だよ。片道切符なのが、難点だけどねー。……ここからどうやって帰ろうかな?」



 僕の話が終わったタイミングで、燃え尽きる寸前の蝋燭が最後の輝きを見せるかのように、ウィッチは僕に目掛けて出鱈目に魔力の塊を放出してきた。

 そのまさに最期の抵抗は、体の一部を不定形に変形させた『シャドウ』さんによって、完璧に防がれしまう。



「無駄だよ。そんなスカしっぺみたいな攻撃で、僕をどうこうできると思ったの? じゃあ、『シャドウ』さん。止めを刺しちゃってください」

「■■■■……」



 暗闇に包まれた僕の視界であっても、より一際際立つ漆黒。ぼんやりとか確認できるそれは屈強な人型をしていて、変形させた右手をウィッチの胸を貫いている。

 彼こそが僕が敬意を込めて『さん』付けをしている、『シャドウ』さんである。



 『シャドウ』さんは僕の魔法『生体改造』によって作り出された改造人間の第三号にして、記念すべき初の成功例だ。

 彼の制作過程で『生体改造』の扱いが完璧になり、改造人間の量産が叶うようになった――と言えれば良かったのだが、現実はそう甘くはなかった。



 『シャドウ』さんの作成は正直失敗に終わりそうであったが、どんな奇跡が働いたのか。既に廃棄済み――正確には『魔法庁』の魔法少女達に討伐された――の第一号、第二号と違い、目立った欠点もなく、僕の命令を理解し従うのはもちろんのこと、簡単な会話程度も可能である程の成功を収めることができた。

 しかし『シャドウ』さん誕生自体が偶然の産物に過ぎず、彼の後に造られた改造人間は失敗作扱いである第一号、第二号と性能面ではほとんど差はなかった。

 と言っても、多少の改善は試みて、それは徐々にだが実を結んできている。



 ――要するに、『生体改造』の練度を上げることは今後とも必須の課題である。という話だ。



 僕の命令を聞き届けた『シャドウ』さんは、空いている左手を鈍器のような形に変形させ、虫の息でありながら僕に向かって、憎悪に満ちたドきつい視線を送ってくれるウィッチの頭に目掛けて振り下ろした。



「あ、止め――」



 自らの命を奪わんとする『シャドウ』さんの淡々とした行動に恐怖を抱いたウィッチは、表情を憎悪に歪んだものから情けない面に変わる。

 そして静止の言葉を最後まで紡ぐ間もなく、僕の元後輩は簡単にその短い生涯を終えた。



 僕よりも幼い少女の頭部は豆腐のように潰れ、脳髄やら何やらがミックスされた液体が辺りに散らばる。

 その近くにいた僕にかかりそうになったのは、『シャドウ』さんが体を変形させて庇ってくれたので問題ない。素体であった人物の性格が良かったのか、『シャドウ』さんの行動には紳士らしさを感じさせるものが多い。

 前世が男である僕であっても、時々その行動にはキュンとくることがある。それを考慮して、普段の護衛として僕の影に『シャドウ』さんの魔法で潜んでもらっているが、本当に彼が初の成功例で良かったと心から思える。



 『ボス』から受けた命令も終わったので、そろそろ拠点に帰還するとしよう。『シャドウ』さんにウィッチの体をその辺に投げ捨ててもらう。

 頭部を失った小さな体は不快な音を立てながら、転がった。



 そろそろ施設の電気系統の設備も回復しそうなので、そうなる前に『シャドウ』さんにいつも通りに僕の影に戻ってもらった。

 さて、どうやって脱出するべきか。

 一度横にぶん投げていた案件について、再び思考する。



 投降したとはいえ、『アクニンダン』の幹部を収容していたのだ。さぞかしセキュリティが厳重なのだろう。

 これからしなければならない過酷な撤退戦に思いを馳せ、頭痛が襲ってくる。



 そうこうしている内に、視界が完全な暗闇な薄暗い程度まで明るくなる。非常用の照明に切り替わったのだろう。



 早速行動を開始しようとした時。僕の目には、愛しい魔法少女の姿があった。

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