第9話 硝子細工の希望①
「――お前。儂の組織の幹部にならないか?」
「――はい?」
小学校からの帰り道。私――アリサと同じくらいの少女に、意味不明な勧誘を受けた。少女の格好は黒色の軍服を模した服装で、同色のマントを羽織った珍妙なものであった。
ついつい残念なものを見るような視線を向けてしまう。それを明確に感じ取ったのか、軍服姿の少女は不服そうな表情を浮かべる。
「『アクニンダン』。それが儂の組織の名だ。小学生のお前でも名前ぐらいは知っているだろう?」
少女の口から告げられるのは、一昔前までは創作の存在でしかなかったような――しかし確実に現実に存在し、多くの人間の命を奪っている世界の敵。
正義の味方、女の子達の憧れの的である魔法少女達が倒そうとしている悪。
そんな人殺し集団の――少女曰くそのトップが、一介の小学生に過ぎない私に何の用だろうか。冒頭の勧誘なんぞ信用できるか。
トップであるかどうかは別にして、目の前の少女が『アクニンダン』に関係のある人物なら、私を騙すという一見非生産的な行為も意味があるに違いない。
少女に気づかれないように、何の面白みもない赤色のランドセルにぶら下がっている防犯ブザーの栓を引き抜こうする。先ほどから周囲に不自然なまでに通行人の姿は見えないが、これで異常事態を認識してもらい通報からの魔法少女の到着を期待していた。
これが今の私にできる、ちょっとした抵抗だ。尚自分自身の命の有無は考慮していない。だって少女の提案に乗った所で、命の保証があるとは限らないからだ。
「流石は儂が見込んだ逸材だ。この殺気に晒されながらも、少しでも儂に牙をむこうとする。その気概が良い。――だが儂はそれほど優しくないぞ? 今回は見逃してやるがな?」
「――!?」
少女から発せられる威圧感が増大する。防犯ブザーの栓を引き抜こうとしていた手が止まった。
呼吸が乱れる。
少女が再び口を開く。
「もう一度聞くぞ。儂の組織、その幹部になる気はないか?」
私の頭は理性よりも本能に従って、素早く縦に振られた。そんな私の様子に、満足そうに笑みを浮かべた少女――『ボス』はこの言葉で会話を締めくくる。
「――儂の期待を裏切ってくれるなよ? 『ウィッチ』」
■
――ウィッチ。それが私に与えられた『アクニンダン』の幹部としての偽りの名。
そして私に『ボス』が押し付けてきたものは、もう一つある。魔法の力だ。この力を覚醒するにあたって、『ボス』に物理的に胸を貫かれた時のことは、現時点での一番のトラウマである。
激しい痛みに、明滅する視界。走馬灯が駆け巡る余地すらなく、死んだと思ってしまった。だが実際には、私の肉体に貫かれた穴など存在せず、無傷であった。
あまり親しくない先輩――集会で軽い顔合わせした――からは、『アクニンダン』の幹部としての通過儀礼だと説明された。もちろんそんな理由で納得できるはずはなく、文句の一つや二つでは収まらない程度に浮かび吐き出しそうになったが、それらは何とか飲み込んだ。
だって、そうしないとあの自分と年の変わらなそうな少女――『ボス』は、容赦なく私の命を刈り取るだろう。
有象無象の一般人や魔物を相手にそうするように。
逃げ出したいという本音を悟られないように、黙々と与えられた命令に従う日々。
幸いと言うべきか、その命令の中に人間の命を奪う類のものはなかった。あの時までは。
「お前も裏方の仕事を頑張っているようだし、そろそろ組織の空気に慣れただろう。新しい命令を出す。適当な街へ行き、人間達を殺せ。魔法少女が出てくるのであれば、そいつらもだ」
ある日突然告げられた無茶振り。「NO」と言いたくなる程やる気はないが、私も死にたくはない。無表情で「分かりました」と答えることしかできなかった。
三十体程の魔物を引き連れて、街に繰り出した。
眼下に広がるのは、復興途中で前回の襲撃の傷が癒えていない街の光景。
その時の私が来ていたのは、一週間前に『アクニンダン』の襲撃にあった街。私と顔を合わせていない幹部――幹部名はフラン――が担当していたらしい。
まだまだ確認できる破壊跡。そして過去二回も行われた悪行から、元ただの小学生であった私でも理解できる程の残忍性。
フランと言う幹部の評判ぶり――もちろん悪い意味で――は物凄いものであり、ここ最近はニュースで彼女についての話題が尽きない。
一応同僚とはいえ、神経を疑う。もっとも今では私も、そんな集団の一員になってしまい、これから自分の両手も血に染めなければならない。
大きくため息を吐き、諦めのままに理不尽な現実に流されようとした私の前に彼女は現れた。
「――私は魔法少女のアマテラス! 大人しくお縄につきなさい!」
アマテラスと名乗ったその魔法少女には、見覚えも聞き覚えもない。そのことから、ここ最近に魔法少女になったばかりなのだろう。
この一ヶ月はほぼ『アクニンダン』のアジトや自宅に、学校を往復する生活であった為、テレビのニュースに目を通す余裕はなかったことも影響しているに違いない。
今の私とは対照的な、正義を信じる瞳。この世の汚いものを全く知らないような、純粋無垢さ。彼女が纏う雰囲気に言動。
そのどれもが、『アクニンダン』の幹部に堕ちた私に対する当てつけのように感じられた。
恐らくアマテラスにはそんなつもりはなく、彼女の善性に由来した言動なのだろう。
「……お姉さんに何が分かるんですか。私の苦しみ、絶望。魔法少女のお姉さんには一つも理解できないですよ」
それでもこれまで溜め込んできた不満が、私の口から吐き出されていく。他にも色々とアマテラスに対して言ってしまったような気がする。
だがアマテラスは私に辛辣な対応をされたというのに、表情を引き締めて「絶対に助けてあげる」とただ一言。そう言ってくれた。
それで信じてみようと思ったのかもしれない。アマテラスの言葉を。今なら引き返すことができて、アマテラスと一緒に魔法少女として『アクニンダン』と戦う未来を。
その後碌な戦闘に発展することもなく、私が連れていた魔物達はアマテラスやその他の魔法少女達によって無事に倒された。
一応幹部である私も抵抗はせずに、『魔法庁』の支部に連行された。そこでアマテラスや『魔法庁』の職員に『アクニンダン』に関する情報を話すように言われたが、生憎新参の私では彼らが望む情報はほとんど持っていなかった。
しかし私には『ボス』に押し付けられた魔法の力がある。所詮貰い物の力ではあるが、これで人助けができるのであればそれは大変素晴らしいことだろう。
今後の私に対する処遇は、『魔法庁』の上層部の方で慎重に議論されているらしい。どうなるかは分からないが、そこまで悲観的にならなくても良い。とアマテラスやここの支部庁である若林と言う男性が言ってくれた。
ならば果報は寝て待て、だ。
私の為に緊急で用意された、一時的な独房――には見えない整った一室。備えつけられた椅子に腰をかけて、私は待っていた。
息が詰まるような空間で、唯一心を許すことができる相手――アマテラスを。
何もない壁を見つめて、席を外したアマテラスが戻ってくるのを待っている時。『ボス』のとある一言が脳裏を過る。
『――儂の期待を裏切ってくれるなよ?』
何故か猛烈に嫌な予感がした瞬間に、私の胸に激痛が走り目の前に白衣を着た少女が一人、姿を現した。
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