第8話 暗闇

日本に無数に存在する『魔法庁』の支部の一つ。そこの地下――捕獲した魔物の解剖等を行う為に頑丈に作られた場所――が人が最低限過ごせる程度に整えられていた。

 その理由は――。



「――あれが『アクニンダン』から保護を願い出た少女か」

「あ! 若林さん!」



 一人の少女が原因である。その少女は見かけこそ無害そうなものであるが、その正体は残虐非道で有名な悪の組織『アクニンダン』の幹部の一人――だったのだが、それも数日前の話。



 今ここの支部長である若林の前にいる一人の魔法少女――アマテラスが交戦した際、彼女の中でどういう思考過程を経たのかは不明であるが、対峙している幹部に降伏勧告を行った。

 共闘していた他の魔法少女は、アマテラスの突然の行動に面を食らっていた。更にそれがどう作用したのか、交戦していた幹部である少女はいきなり降参をして、『魔法庁』に保護を自ら志願したのだ。



 完全に武装解除されて、魔法の使用を制限する腕輪を嵌められた状態で、元幹部の少女は若林のいる支部まで連行されてきた。

 幹部の収容という特異な状況を想定していなかった為、若林の指示の下、大至急で地下の改装――もとい整理が行われた。



「……今の所、彼女は大人しくしているようだな」

「アリサちゃんならもう大丈夫ですよ! 何なら迷惑をかけた分、『魔法庁』で私達と一緒に戦いたいと言ってくれています!」



 抵抗することなく拘束を受け入れた元幹部の少女――アリサは、この支部の地下で保護という名の軟禁状態である。しかしこれは仕方がないだろう。

 何分『アクニンダン』の幹部に対して行われた降伏勧告が通ったのは初めてで、それに対応する為のマニュアルが未整備であるからだ。



 最近何かと厄介事を持ち帰って来るアマテラスに胃を痛めている若林は、『魔法庁』の本部に報告を行いその結果、厳重に警戒態勢をひいた上で情報収集を行えという命令を下された。

 今回の一件よりも前に、若林はアマテラスから齎された『アクニンダン』の幹部『フラン』についての情報――救助対象に当たる可能性を本部には伝えていた。それが考慮された故の指示なのだろう。



 そこで若林はアリサを保護したメンバーの中で、アマテラスが彼女から聴取を行うのに一番適任だと判断した。実際アマテラスはアリサを気にかけており、アリサの方もアマテラスに親しみの感情を向けているらしいという報告を、他の魔法少女や職員から受けている。



 若林は静かにアマテラスに問いかける。



「それで、彼女から得られた情報は何かあるかね?」

「は、はい! アリサちゃんから聞いた話ですが――」



 何回かの任務を重ねたはずなのに、未だに純粋さを失っていない様子のアマテラスは、緊張しながらも報告を行っていく。



「アリサちゃんはある日学校の帰り道で、自らを『ボス』と名乗る人物に勧誘……無理矢理アジトへと連れて行かれ、組織の活動に従事させられていたようです。それで今回が初の単独任務であったらしく、『ボス』から魔物を率いて街を破壊してくるように命令を下されたらしいです」

「……ふむ。報告ご苦労。君も疲れているだろう。そろそろ帰宅して休んでもらっても構わないんだよ?」

「私は大丈夫ですよ! 現についさっきまで休憩してましたので」



 若林の記憶が正しければ、アマテラス――本名神崎千代は中学生のはず。まだ学生の身分の為、長期的に魔法少女としての任務の際には、その魔法少女が所属する支部の人間が保護者に連絡を入れる。

 それでも学校から出される課題や友達付き合いに、部活等。一度限りの青春を謳歌したいはずの身の上であり、むしろ苦情を言われることを若林は覚悟していた。



 けれど蓋を開けてみれば、アマテラスはそういった類の不満は一切なく、まだまだ働きたいと直接言ってきた程だ。これには若林も驚きを隠せなかった。



「……これで他の子達も助けるような方針になるんですか?」

「それはまだ分からないな。君が聞き出してくれた内容が事実で、保護した少女――アリサ君が本当に我々に協力してくれるか否かによる」

「それなら問題ないですよ! 私にアリサちゃんは言ってましたし」

「それはさっきも聞いたよ。結局の所、今後の彼女の態度次第だ。それにアジトや他の幹部に関する情報はほとんど持っていなかったのだろう?」

「そ、それは……」



 アマテラスが返答に困った様子を見せる。ただでさえ『魔法庁』は神出鬼没な野良の魔物への対応で手がいっぱいであるのに、週に一度『アクニンダン』による街への襲撃もある。

 目の上のたん瘤である『アクニンダン』の解体を優先するようにと、本部からの通達は各支部に以前から出されている。



 そんな時に自ら投了してきた元幹部であるアリサの存在に、『魔法庁』の上層部は大いに期待していた。彼女から得られる情報は、『アクニンダン』を排除し組織が保有する魔物の調教方法や所属している幹部を確保するのに役に立つと思っていたからだ。



 しかしアリサは幹部としても新参で、重要な情報は一つも持ち合わせていなかった。もっとも今までの従順な態度が演技である可能性がある為、警戒は怠らず聴取は続行の予定だが。



「……だが、それでも幹部級の人物を一人確保できたのは向こうにとっても十分な打撃になったはずだ。彼女の安全性が証明されれば、魔法少女として招きたいと思っている。そうなれば、『魔法庁』として他の幹部である少女達も保護という方針を取ることができる」

「……本当ですか!」

「ああ」



 若林のその言葉を聞き、アマテラスは顔に嬉しそうな笑みを浮かべる。一般人を多くの被害を出している組織の人間を相手に、そのような表情をできるのはアマテラスを含めて、そう何人もいないだろう。



「……フランちゃん。待っててね」



 アマテラスが小声で呟いた内容が、若林の耳に届く。



(しかし何故アマテラスがあのフランを助けることに固執しているんだ? ある意味今回の一件で、フランも含めた他の幹部も強制的に活動させられているという可能性が出たからか? だが、ただの正義感が強いというには違和感が……)



 若林がそう考えている間、アマテラスは彼に断りを入れるとアリサが拘禁されている部屋に入ろうとした瞬間。

 彼ら全員の視界が真っ黒な闇に包まれた。

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