第5話 僕の狂気


 『ボス』への報告を終えた僕は、アジトに設けられた自室へと向かって移動していた。

 『アクニンダン』に所属している幹部は、僕を含めて七人存在していて、彼らにはそれぞれ個室が用意されている。



 しかもその幹部用の個室なのだが、『ボス』の意向により各個人で好き勝手に改装して良いというのだ。

 少なくとも僕を『アクニンダン』に勧誘してきた幹部の部屋を見させてもらったことがあるが、彼女の部屋はそこまで印象的なものではなかった。

 悪の組織の幹部と言っても、全員が頭のネジが外れたような性格の持ち主ではないらしい。



 白衣の長い裾を踏まないように注意を払いつつ、歩き慣れた廊下を進んで行く。誰にもすれ違うことなくしばらく歩いて所で、僕の個室へと到着した。

 と言うか、この組織は世間一般的な悪の組織にいるような替えの効く量産型戦力に当たる存在――戦闘員なる者はいないので、まず全員が集まることない幹部や『ボス』を除けば、アジト内ですれ違う相手がいないのも当然である。



 そのせいで魔法少女との戦闘で専ら使われるのは、捕獲して調教を施した魔物だ。それにも数に限りがあるので、世界征服謳っている『アクニンダン』だが、思っているよりも活動回数は少なかったりする。

 基本的に一週間に一度、幹部が適当な数の魔物を引き連れて行く程度に過ぎない。

 これでは本当に、特撮番組に登場する悪の組織のようだ。



 そんなことを考えながら白衣のポケットから取り出した一枚のカードをかざして、部屋にかけられたロックを解除する。こういう自分専用のカードキーで出入りできる個室にも憧れていたので、『アクニンダン』に入れて嬉しい些細な理由の一つだ。



 扉が開閉する音を聞きながら、僕は自身の個室へと足を踏み入れる。そんな僕を迎え入れてくれる無数の視線。

 その視線の持ち主達に、僕は片手を上げて気安く声をかける。



「やあ! 元気にしているかな?」



 砕けた僕の態度とは真反対に、視線の持ち主達の大半は僕に対して殺意を込めたものを向けてくる。

 彼らが僕に友好的な反応を送ってくれたことは、『最終調整』が終わった個体以外存在しないので、この反応も慣れたものだ。



 前述の通り、我が組織『アクニンダン』の消耗戦力は『ボス』や古参の幹部による調教を施された魔物だけ――だった。

 そうつい最近までは。



 僕が『アクニンダン』に加入後、『ボス』によって魔法の力を与えてもらい、将来的にその力が『アクニンダン』の戦力の底上げを可能にすると期待されている。



 ――『生体改造』。それが僕が『ボス』によって引き出された魔法である。

 効果としては単純で、人間や魔物を問わずに、生物であれば強制的に合体させて、一つの生命体――『改造人間』に作り変えるという倫理的にアウトなものだ。



 『ボス』曰く、魔法とは各個人の深層意識の奥底にある願望を具現化したものらしい。

 つまりこの『生体改造』は、僕の願望と呼ぶもおこがましい狂気が形になったもののようだ。



 さっきの『ボス』との会話で再認識した、前世の今際の際に抱いた僕の願いは、正義のヒロインを絶望に堕とした後で、悪の組織の尖兵に『改造』したいというもの。

 改めて考えてみれば、この『生体改造』は僕の心の在り方を良く表していた。



 そして今僕の個室――どこぞの怪しい研究所の一室のような部屋にいる無数の視線の持ち主の正体は、『生体改造』の被験者達である。

 最高傑作の『改造人間』を作りたく、素材の組み合わせを変えたりと色々試している内に、僕の眼鏡に適う魔法少女――アマテラスを見つけることができた。



 今後の僕の方針としては、アマテラスの心を良い感じにへし折り、このアジトに連れて帰り『改造』することだ。

 しかしその為には、まだまだ『生体改造』の練度も足りておらず、アマテラスの成長具合が途上であることを考慮すると、時期尚早である。



 ちなみに『改造人間』の試作品達だが、今までに実戦に運用したのは二度だけであり、何れも甚大な被害を出しつつも、魔法少女達に撃破されている。

 試作品と言っても自信作であっただけに、残念な気持ちは大きい。



 それでも『ボス』からはお褒めの言葉をもらっていて、僕に対する他の幹部達の心象も二体の試作品の活躍ぶりを知ると、加入初期に比べるとだいぶん改善された。

 何分直接的な戦闘能力に直結するような魔法ではなかった為、『ボス』や僕を勧誘してくれた幹部の少女はともかく、他の幹部達からの視線はとても冷たいものであった。

 まあ僕を取り巻く状況は良くなったので、次の出動までは『生体改造』の練度を高めるとしよう。



 そう思いつつ、僕は一番近くにあった培養液に満たされた特殊加工されたケースに近づく。その中で浮かんでいる『何か』は、他の試作品と同様に今にも僕を殺したいと言わんばかりの殺意を向けてくる。

 その『何か』に対して、僕は笑顔を浮かべて楽しそうに語りかける。



「……そう遠くない内に、お友達を連れて来て上げるから。機嫌を良くしてほしいなぁ」

「――――!」

「うんうん。可愛くて、正義感の強い子だったから、良い仕上がりになると思うよ? 順当に行けば、君の妹になるんだ。君も嬉しいだろう?」

「――――! ――――!?」



 僕の言葉に『何か』は怒ったように声らしきものを上げているが、残念ながら培養液内に気泡が発生するだけで意味を成す言葉にはならない。

 つまりは僕が一方的に『何か』に対して話しかけているだけで、この行為はただの自己満足を満たすだけのもの。



「じゃあね。また来るから。あんまり帰るのが遅くなると、両親が心配するからね」

「――――!」



 再会の意を込めた言葉を送り、僕は自室を後にした。部屋の扉が完全に閉まるまで、『何か』は喋ろうとしていたがその意味が僕に届くことはなかった。



「さて、帰ったらあの子について調べてみますか。『魔法庁』の公式サイトなら、少しぐらい情報が出てるはずだからねー」



 アジト内に反響するのは、そんな僕の独り言と足音だけだった。





『――次のニュースです。本日午後四時頃、■■県■■市に、『アクニンダン』の幹部と思わしき人物が、複数の魔物を率いて出現しました。



 その数十分後に通報を受けて、駆けつけた魔法少女によって魔物の群れは全滅。『アクニンダン』の構成員は撤退した模様です。

 新たに『魔法庁』が公開した情報によりますと、今回出現した『アクニンダン』の幹部は『フラン』のようです。



 そして今回の騒動による被害者数は――』

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