第6話 彼女は正気?

「――これだけの一般人を虐殺した人間が、本当に助けを求めていると? 彼女は君にそう言ったのかね?」



 私――アマテラスは先日の『アクニンダン』との戦闘での報告を、最寄りの『魔法庁』の支部で行っていた。



 職員に通された部屋で待機すること、約十分間経過した後。入室してきたのは、二人の人物であった。

 一人は眼鏡をかけた真面目そうな若い男性に、もう一人は両腕で書類が入ったファイルを数枚抱えた、男性と同じくらいの女性だった。



 初めて顔を合わせる面々に、私は先日の一件――『アクニンダン』のとの戦闘についての報告を行い、椅子に腰かけている男性――『魔法庁』のお偉いさんらしい若林と名乗った方――が、先の発言をされる。

 若林が示す方向には、部屋に備え付けられた液晶画面があり、それには今話していることに関連したニュースが映し出されていた。



 魔物に容赦なく命を奪われた犠牲者の遺体の数々。私の決死の攻撃魔法により激しく融解してしまった無数の建築物。

 それらが女性のニュースキャスターの淡々とした言葉とともに画面上で移り変わる中、次に映った『彼女』の姿に自然と視線が釘付けになってしまう。

 『アクニンダン』の幹部、フランである。



 映像の様子から見るに、私が現場に到着するより以前に防犯カメラが撮影したものだろう。

 その映像のフランは、私との戦闘の最中に見せた何かを求めるような表情ではなく、心底疲れたような――あるいはこの世の全てに絶望した人間特有の表情が浮かんでいた。



 そんなフランの顔を見て、私は再度確信する。私を見た時の彼女は、確かに救いを求める目をしていたと。

 だから、私は自信を持って若林の問いに答えた。



「――はい。彼女の目を直接見て、私はそう思いました。あの子は心の底から望んで、組織にいるのではないと」



 確かに多くの人がさっきのニュース見ただけだったたり、『アクニンダン』の幹部という先入観を持っていれば、フランが被害者側の人間には見えないだろう。

 私の返答に、若林はより眉間に皺を寄せる。



「……そうか。君はそう思うのか」



 絞り出すような、か細い声であった。若林の顔に浮かぶ表情からは、私の返答に対する怒りではなく、後悔の念に近いものが感じ取れた。

 そんな私達のやり取りに、秘書のような格好の女性――米山と自己紹介された――は口を挟むことなく、静観していた。



 部屋の中が、気不味い雰囲気に包まれる。やがてそれを打ち破るように、若林は口を開く。



「……今日はこのぐらいでいい。報告感謝する。まだ戦闘の疲労が残っているだろう。家に帰って、しっかりと休んでくれ。彼女の――幹部であるフランの対応については、他の上層部と話し合ってみる」

「――! あ、ありがとうございます!」



 先ほどまでとは正反対の言葉に、反射的に頭を下げて礼を告げる。突然に感謝された側である若林は驚いた顔を一瞬するが、その後にはいつもの厳しい表情に戻っていた。

 その際に彼の表情が少し柔らかいものに感じられたのは、気のせいではなかっただろう。



 これで上手く事が運べば、私個人ではなく『魔法庁』という組織単位で、『アクニンダン』の良いように使われているフランの救出に臨むことができる。

 一歩ずつだが、確実に望む未来に近づいている。そう確信があった。





「失礼しました!」



 報告の時とは打って変わった明るい様子で、ピンク色のドレス姿の魔法少女――アマテラスは退出していった。



 ばたん、と音を立てて扉が閉じられた後、室内には再び静寂が満ちる。アマテラスが退出して彼女の足音が遠ざかった所で、今まで沈黙を保っていた米山が話しかけてくる。



「……若林さん。先ほどアマテラスと話していた件についてですが、本当に上に報告するのですか?」

「……しない訳にはいかないだろう。新人とはいえ、アマテラス君の人柄はこの支部で働いている君の耳にも入っているはずだ。その彼女が直接見て、あそこまでの態度で私に言ってきたのだ。一考の価値はある」

「確かに……そうです。しかしあの少女――『アクニンダン』の幹部であるはずのフランが、実際に救助対象であった場合、彼女が原因で齎された被害については一体どうするのですか?」



 米山の疑問はもっともである。ここ一ヶ月程で新たに加入したと思われる『アクニンダン』の幹部、フラン。

 今回を含めて三回の出現が確認されているが、とてもあの見た目の少女が出したとは思えない程に、莫大な被害を社会に与えていた。



 先日の戦闘では、他の幹部と同様に調教済みの魔物を手勢として街を襲撃しに来ていた。それでも一般人の犠牲者数は少なくなかったが、過去の二回は今回の比ではない。



 その時にフランと共に姿を現したのは、複数の魔物ではなく、一体の異形。

 魔物自体が既存の生態系に属する生物から外れてはいるが、『魔王』と呼称された十三体の例外を除き、まだ人類の理解が及ぶ存在ではある。

 しかしフランの指示に従い、野良の魔物や一般人、魔法少女の区別なく殺害を行った異形は、『魔王』の再来かと言われる程の強さだった。――流石にそれは過大評価であるが。



 それが二回。どの個体も強力ではあったが、高位の魔法少女達の連携があり見事にその異形は討伐済みである。

 けれど被害の規模がどれも単独にしては大き過ぎて、フランは『アクニンダン』の幹部勢の中で上から数えた方が早い程度に警戒されている。



 そんな危険人物が実は洗脳なり人質なりの手段で、無理矢理活動させられているのであれば、話は大いに変わってくる。

 『魔法庁』としてはフランも救助対象になるだろうが、世間にはどう捉えるか。間違いなく批判は免れない。

 内密に保護する方針を取ったとしても、『アクニンダン』側の抵抗も凄まじいものになるはずだ。 



 だが、一番の問題はそこではない。ある意味身内が最大の敵となる可能性があるからだ。

 その理由は、フランが連れていた二体の異形の存在である。その二体の異形は、記録に残っている彼女自身の言葉を信じるのであれば、彼女の魔法によって産み落とされているらしい。



 幸いその強さに反して量産がきくような代物ではないが、一個人であれだけ強力な兵士を創造できるのは破格の性能だ。

 時間をかければ、異形の軍隊を組織することも不可能ではないというのが、『魔法庁』の見解である。



 そんな敵にいたら一番厄介な存在が、もしかしたら自分達の味方になる可能性があるとしたら? 



 フランの魔法の特異性もあり、救助されたとしても『魔法庁』の上層部に、換えのきく兵士を産み出す装置として利用されるのが関の山だろう。



 しかしアマテラスにああ言った手前、上層部には何かしらの報告は行う必要がある。



「はあ……難儀なものだな」



 若林は額に手を当て、大きくため息を吐いた。

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