第4話 歪んだ決意
私――アマテラスは、最寄りの『魔法庁』の支部へ、今回の任務の報告の為に訪れていた。
何とか捨て身の一撃で、『アクニンダン』の幹部と名乗った少女が連れていた魔物の群れを壊滅させることに成功した。
しかし周辺への被害が凄まじく、報告のついでに処罰が言い渡されるようだと、事前に聞いていた。
『魔法庁』の支部に到着した私は、職員に案内されてとある一室に通される。
「こちらの方で、しばらくお待ちください。すぐに担当の者が参りますので」
「は、はい……」
私の返事を聞いた職員は扉をそっと閉めて、退出していった。
どのくらいの時間がかかるのか分からないので、暇潰しを兼ねて通された室内を見渡すが、特別変わった印象が見受けられない、ごく普通の事務室のようであった。
速攻で終わってしまった私は、報告する内容を再度脳内で纏めるべく、あの日の出来事を思い返した。
■
新人魔法少女である私は、『アクニンダン』の幹部であろう少女と対峙していた。
彼女が放った言葉に固まっていたが、何とか気を取り直して推定幹部と向き合う。
彼女の死んだ魚のような濁っていた瞳は、先ほどまでとは違い鈍いながらも、どこか生き生きと感じられた。
その違いに、私は彼女がとんでもない境遇に身を置かれている可能性に思い至ってしまう。
ふと、ついさっき推定幹部である少女の発言が脳裏を過る。
『――か、かわいい。あの子なら僕の願いにも――』
全ての部分が聞き取れた訳ではないが、目の前の少女は何と言っただろうか。「私であれば、自分の願いを叶えてくれる」、そういった意味の発言ではないのか。
前半部分に目を瞑れば、彼女は私に何かを求めているということになる。
それは一体何であろうか。私を見た瞬間に、彼女の瞳に僅かとはいえ光が戻った。
つまりそれが意味することは――。
――この少女は、私に助けを求めているのではないのか。
そんな予想に至ってしまう。
私が少女に抱く印象が、生理的な嫌悪感から同情心に変化していく。
「……貴女がこれをやったのよね? 魔物達を率いて」
念の為に、確認の意を込めて少女に質問をする。その質問に対して、彼女は何とも思っていないという感じで、平然とこう答えた。
「? 何を分かりきったことを聞いてくるの? さっき君自身も言っていた通り、僕は『アクニンダン』の幹部の一人だ。組織の目的の為に非道な行為には慣れているよ」
話している少女の様子からは、本当に罪悪感を欠片も感じていないことが分かる。見た目から推測するに、彼女は私と同年代だと思うのだが、まともな倫理観が備わっていないことは一目瞭然だ。
そんな少女の態度が信じられず、私は畳みかけるように大声で次の問いを繰り出した。
「――! 心が痛まないの!? これだけたくさんの人を殺しておいて!?」
「痛まないよ。人なんていっぱいいるんだし」
しかし彼女には依然として、私の言葉が響いている様子は見受けられない。今までのやり取りが、何よりの証拠だ。
私と同じくらいの少女が、普通であれば両親の庇護の元で生活しているはずの少女が、悪の組織の尖兵として利用されている現実に対して、抑え切れない怒りが湧いてくる。
魔法少女としての武器であるステッキを、少女に向けて宣言した。
「――貴女のことは私が絶対に助けてあげるから」
私の発言に、少女は増々その濁った瞳を輝かせて――しかし組織に刻まれた洗脳はよほど根深いのか、彼女は全ての魔物に指示を下す。
「――お前達。時間稼ぎじゃなくて、全力で彼女を撃破しろ。彼女を一番最初に排除した奴にはアジトに帰ったらご褒美をあげる」
少女の「ご褒美」という言葉に釣られたのか、それまでの統制が嘘のように、野良の魔物と違い見受けられない程の凶暴性を全開にして、私に向かい突撃してくる。
威勢の良い啖呵を切ったものの、未だに使い慣れていない攻撃魔法をピンク色のステッキから、火の玉をいくつも撃ち出す。
魔法『ファイヤーボール』だ。
しかし数も威力も足りていないせいで、撃墜できたのは精々数体が限度。それでは魔物の群れの突撃は止まることはせず、私の体に群がってきた。
「ぐっ……ぎゃあーー!?」
自分の体が何体もの魔物に貪り喰らわれる、悍ましい感覚、激痛が絶え間なく襲ってくる。それに耐え切れずに、みっともなく悲鳴を上げるが私の体を押し潰してくる魔物の壁に阻まれて、それが外部に届くことはない。
そしてその悲鳴を上げる行為すらも、喉に近い部分を食い千切られて奪われてしまう。
最早今の空気の抜けたような音しか上げることができず、いつの間にか四肢も欠損しており、碌な抵抗をする手段は全く残っていなかった。
「――っ!?」
激しい痛みに心が折れそうになるが、それでも私はまだ諦める訳にはいかない。
私に助けを求めてくれた少女を救えておらず、私が魔法少女に目指す切っかけをくれた恩人にお礼の言葉を伝えられていないのだ。
最後の手段として、残された肉体を燃料に魔法を暴発させる。
当然そんなことをすれば、私の命は失われてしまい、やり残したことができないまま人生に幕が閉じられてしまう。
だが、この時の私には不思議と確信があった。何とかなるという類の確信が。
そして私の意識は、自分の達磨状態になった肉体が爆散していく感覚を最後に断絶した。
■
「……でも、本当に生きているとは思えなかった」
一通り思い出し終わった私は、今の状況が現実であることを胸に手を当て心音を感じることで確かめてた。
小声で呟いた私は、安堵の息を吐く。
結果的に言えば、私は何故か五体満足で無事であった。魔物達は全滅しており、『アクニンダン』の幹部である少女は姿を消していた。
強大な魔力反応を感知した後続の魔法少女達が、更地となった空間の中心で、気絶していた私を発見して『魔法庁』提携の病院に担ぎ込まれたらしい。
精密検査を受けたが、結果は異常なし。一日で退院することになり、自宅に帰らされ現在に至る。
病院に居た時には、職員が見舞いに来てくれたが「無事で良かったです」と事務的なやり取りしかしていなくて、特にあの場で何かがあったのかは尋ねられなかった。
そこまで重要視する案件ではないということだろうか。いや、そんなはずはない。
私と同じくらいの少女が、本人の意思に関わらず強制的に悪の組織で活動させられているのだ。
それは彼女の目を見た私だから断言できる。
「――私が必ず助けてあげるから。だから待っててね」
無意識の内に溢れた言葉は、私が果たさなければならない使命であり、決意であった。
後から部屋に入ってきた『魔法庁』の人に、何とも言い難い表情で見られてしまい、恥ずかしくなったのはまた別の話である。
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