第3話 歪んだ願い

「はあ……ただいま帰還ました」



 僕の疲れた声が広い空間に木霊する。

 試験明けの出撃を終えた僕は、所属している悪の組織――『アクニンダン』のアジトへと帰還した。



 我が組織『アクニンダン』のアジトだが、最終目標として世界征服を謳っているだけあり、その施設はかなり大きい。

 悪の組織という肩書きに似合わず、設備面も充実している。ゲームセンターに、映画館やプール、古今東西の様々な種類の料理を食べることができるレストラン等々。

 最寄りのデパートと比較にもならないレベルである。

 何なら僕は『アクニンダン』に所属してからは、特に予定がなければ休日はアジトで過ごしているくらいだ。

 別に学校で友人がいない訳ではない。断じて。



 先ほどからアジトの快適さにしか語ってないが、セキュリティ面は当然のことながら完璧だ。そもそもアジトが存在している空間自体、地球上ではなく『ボス』が魔法によって創り出した異空間に位置している。

 この異空間に出入りするには、『ボス』の許可を受けた人物――つまり『アクニンダン』の構成員だけに限られる。



 僕は重たい体を引きずり、任務の報告を兼ねて『ボス』のいる部屋――通称『玉座の間』まで徒歩で移動していた。

 先ほどまで思い返していた無駄な設備が多い反面、この施設内を移動する手段は基本的に徒歩である。

 もちろん他の階層に移動する為には、エレベーターやエスカレーターを利用しなければならないが、せっかく魔法が存在する世界観であるのに転移魔法を応用した移動手段がないのは解せない。



 セキュリティ面や『ボス』の意向を汲み取って、最奥に配置されている『玉座の間』にようやく到着した。

 時間にして、実に一時間もかかっている。ただの報告をするにこれだけの時間を要しているのは、普通に欠陥構造な気がするのだが。

 今度の幹部集会で提案してみるとしよう。絶対に他の皆も、内心面倒くさいと思っているはずだ。



 そんな決心を固めつつ、広大な空間を誇る室内のど真ん中に位置する玉座に腰掛ける一人の人物に、僕は先ほどまでの不満を感じさせないかしこまった態度で声をかけた。



「――『ボス』。ただ今帰還しました」

「――うむ。ご苦労。フランよ」



 玉座の上から尊大な台詞を告げるのは、軍服を着た今生の僕よりも背丈が小さな少女であった。台詞だけを聞けば、如何にも悪の組織の首領といった感じなのだが、本人の見た目も相まってごっこ遊びの役に入り込んでいる子供にしか見えない。



 それは僕も言えないのだが。何故なら今の僕の格好は、シンプルな服装を上から羽織った白衣に、お洒落な感じが全くしない眼鏡をかけたというもの。

 出来の悪い科学者か医者のコスプレかとツッコまれてしまっても、文句は言えないだろう。



 それと付け加えると『ボス』が呼んだ『フラン』と言うのが、『アクニンダン』の幹部としての僕の名前である。



「それでどうであったか? 任務の方は?」

「……それが大変申し上げ難いのですが、一人の魔法少女を相手に、お貸しいただいた魔物が全滅してしまいました」

「ほう……。今回お前に貸し出した魔物はそれなりの質の個体を厳選したのだが……それほどの強敵だったのか? その魔法少女は」



 『ボス』からの質問に、僕は先ほどまで戦闘を行っていた魔法少女について思い返し始めた。



「それがですね――」





 盛大に失言をかましてしまい、目の前の魔法少女――アマテラスは僕に対して、凄く残念なものを見るような視線を向けてきていた。

 というかむしろその視線の中には、女性が本能的に抱く嫌悪感も含まれているような気もする。

 この微妙な感情の裏にあるのを感じ取れるのも、転生して性別が変わったことも影響があるのだろうか。女性特有の第六感的な何かについて本気で考察しようとしたが、意識を目の前の魔法少女に戻す。



 お世辞にも出来のよろしくない頭を捻り記憶を探ってみるが、アマテラスという名の魔法少女に覚えはない。恐らくは成り立ての魔法少女なのだろう。

 新人の魔法少女特有の、自分達が絶対的な正義であることを信じて疑わない純粋無垢な瞳が何よりの証拠だ。

 そんな瞳が僕を軽蔑の眼差しで見てくるという背徳的なシチュエーションに興奮しそうになるが、今の僕は『アクニンダン』の幹部として活動している。

 任務に集中するとしよう。



 そんなことを考えていると、アマテラスはそれまで軽蔑や嫌悪感を織り交ぜたような表情を引っ込めて、同情的なものに変わる。

 ん? 何か心境の変化でもあったのだろうか。



「……貴女がこれをやったのよね? 魔物達を率いて」

「? 何を分かりきったことを聞いてくるの? さっき君自身も言っていた通り、僕は『アクニンダン』の幹部の一人だ。組織の目的の為に非道な行為には慣れているよ」

「――! 心が痛まないの!? これだけたくさんの人を殺しておいて!?」

「痛まないよ。人なんていっぱいいるんだし」



 僕の返答に納得がいかないと言わんばかりに、怒りを顔に浮かべたアマテラスはピンク色のドレスのスカートを翻しながら、静かにに僕に向かって宣言してきた。



「――貴女のことは私が絶対に助けてあげるから」



 さっきから捕まえて更生させると言ったり、助けると言ったりと、こちらの事情はまるで考慮していない様子だ。

 よほどの世間知らずなのか、僕が『アクニンダン』にいるのは本心からではないと勘違いでもしているのだろう。



(まあ、そこを含めて理想的だなぁ……。今まで見てきた魔法少女達とは全然違う。新人の魔法少女が持つ純粋さに加えて、目の前で一般人を殺戮している光景を見ながら、その下手人を救おうとする程のお人好し。これから時間をかけて心をへし折っていくのが楽しみ。……でも、ちょっとぐらいの味見は許されるよね?)



 個人的な野望を達成する為の記念すべき第一歩だ。アマテラスの力量を計る為に、少しばかり計画を変更する。



「――お前達。時間稼ぎじゃなくて、全力で彼女を撃破しろ。彼女を一番最初に排除した奴にはアジトに帰ったらご褒美をあげる」

「Gaaaa!」

「Guuuu!」



 僕の言葉に淡々と機械的に動いていた魔物達から、歓喜の雄叫びが上がる。

 魔物の発生についての仕組みは、『アクニンダン』の首領である『ボス』ですら詳しく把握できていない、正真正銘のブラックボックスだ。

 それでも『ボス』の魔法の効果か、別の手段を用いたのか、人間の言うことなんか聞きもしない魔物の使役が可能になっている。

 その方法は幹部である僕であっても共有していない機密情報である。『ボス』と古参の幹部のみが知っているだけだ。

 これに関しては仕方がないと僕は思っている。

 そもそも僕は『アクニンダン』に所属してから一ヶ月も経っていない、新人に過ぎないからである。



 多少話は逸れたが、魔物自体は放って置けばいくらでも湧いてくる。しかしその魔物を捕らえて、こちらの言いなりにするには一体あたりに相当な手間と時間がかかる為、あまり無駄な消費は敬遠されている。



 そんな貴重な戦力を私情で使い潰すことになってしまうが、罪悪感はほぼ感じていない。今の僕は転生してから抱いていた理想の魔法少女のイメージに合致したアマテラスを前にして興奮しており、些末なことに思考を割いている暇はないのだ。



 僕の命令に従って、様々な形態の魔物が地を駆け、空を飛びアマテラスに襲いかかった。



「――っ!」



 何も考えず前方から突撃してくる魔物の群れの対処は、魔法少女に成り立てであるアマテラスにはやはり無理難題だったらしい。

 持っていたピンク色のステッキから、火の玉を放出して迎撃してくるが、それで撃ち落とせたのは、魔物の中でも格は下の下の個体だ。



 その程度の魔物を数体倒したぐらいでは、魔物の群れが止まることはない。アマテラスの抵抗は意味をなさず、彼女の華奢な体はあっという間に見えなくなってしまった。



「ええ……もしかして、もう終わり? 期待して損したよ」



 その光景を見て、僕の昂ぶっていた思考が冷え冷静になる。よくよく考えてみれば、新人の魔法少女が単独で覆せれる戦力差ではない。

 こうなるのは必然の結果である。僕の過度な期待を勝手にしたのであって、蛮勇を振りかざしたアマテラスを責めるのは酷というものだ。



 それでは当初の予定通りに、他の魔法少女が到着する前に撤退するとしよう。

 そう決断を下して、哀れな魔法少女の柔らかい肉体を食い散らかしている魔物達に、新たな命令を与えようとした瞬間。



 ――僕の視界が真っ白に染まると同時に、凄まじい程の熱と衝撃に襲われた。





「――アマテラスが放ったと思われる範囲攻撃に巻き込まれてしまい、率いていた魔物達は全滅。そして――」

「――お前は命からがら逃げ出してきたと」

「……はい、面目ないです」



 アマテラスとの戦闘内容を一通りに伝えた後、可能な限り申し訳なさそうな態度を全面に出しながら、謝罪の言葉を告げる。



「なあ……フランよ。もう少し取り繕ったらどうだ? 口元が完全に緩んでいるぞ。よっぽどその魔法少女がお気に召したのか?」

「え!? そんなことを考えている訳ないですよ! 本当ですよ!? 信じてください!?」

「はあ……」



 僕の必死の弁明を聞いても、『ボス』は呆れたように大きくため息を吐くだけだ。

 その『ボス』の様子を見てまさかとは思いつつ、右手を自分の口元に運ぶ。

 そして僕の右手が感じ取った情報は二つ。我ながらすべすべで触り心地の良い肌の感触と、僅かに上がった口角であった。



 前者はともかく後者が意味することは、つまり『ボス』の言う通りなのだろう。

 僕は今日出会った魔法少女――アマテラスに、相変わらず期待を寄せているらしい。



 アマテラスによる謎の攻撃に晒されて何とか撤退する途中では、死んだと思っていた彼女の魔力反応は消えていなかった。まだ彼女は生きているのだ。

 これほど嬉しいことはないだろう。僕が前世における今際の際に抱いた悲願を叶えるに能う機会が訪れたのだから。

 そしてその悲願の正体とは、正義のヒロインが絶望に屈して、悪の組織に『改造』される様を特等席で眺めたい。いや、僕自身の手で直接『改造』したい。



 ――あの謎の声の持ち主にも、まともな人間が持ち得ない類の願いであるとお墨付きも頂いている。



(――ありがとう、神様。僕はこの世界で願いを叶えてみせます!)



「――まだまだ始まったばかりだよ。僕の推しの魔法少女」



 太陽のように輝く彼女を汚す未来に思いを馳せてながら、今度は自覚を持って僕は笑みを浮かべた。





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