第2話 最悪の出会い


 ――この世界には魔法少女がいる。そして彼女達が打ち倒すべき敵として、自然発生する魔物や世界征服を企む悪の組織『アクニンダン』が存在する。



 魔物は無秩序に街を破壊し、『アクニンダン』は悪意を持って人々に絶望を振り撒き、迷惑極まりないと評されていた。

 それらの脅威に立ち向かう魔法少女に、私――神崎千代は幼い頃から憧れていた。



 物心がついた時から、彼女達の活躍をテレビで見ない日はなかった。初めは出来の良い作り物と幼心で思っていたが、世界は私が考えるよりも不思議な成り立ちをしているらしい。



 ある時――とある男が遺した予言が実現するまでは架空の存在として扱われてきたものは、次々と表舞台にその姿を現した。

 その中の一つが、魔法少女である。

 世の中には、思っていたよりも奇跡や魔法が眠っているものようだ。



 その起源についてあまり詳しくないのだが、私は魔法少女を英雄視していた。そして叶うのであれば、私も彼女達のような万人を救える『正義の味方』になりたい。



 そんな思いを秘めながらも、私は中学生としての生活を満喫していた。友人もいて、勉学にも励み順風満帆な日々である。



 そして中学二年生に進級して、されど生活にはほぼ変化はない。そう思っていた私の日常は一つの事件を切っかけに、様変わりすることになった。



 ある日の放課後。友人と話に花を咲かせながら帰り道を歩いていた時に、「ソレ」は現れた。

 犬に似た、けれどその大きさは通常の何倍以上もあり、人間を丸呑みできそうな程であった。



 恐怖で麻痺する思考の傍らで「ソレ」の正体に行き着いた。魔物である。

 突如として私達の目の前に現れた魔物は、その巨大な口を開けて私を、友人を喰らわんとしてきた。



 腰が抜けてしまい、魔物の牙が私の頭部を砕こうとしてきた時。一人の魔法少女によって、私達は救出された。

 残念ながらその魔法少女の名前を聞きそびれてしまったが、彼女の優しげな瞳や思いやりに満ちた表情は、まさに私が求めていた『正義の味方』の体現者であった。



 その後も彼女のことが忘れられなかった私は、運が良いことに魔力に目覚め一端ながらも魔法少女として活動ができるようになった。



 初の変身を終えて、三回目になる出撃。

 国内の魔法少女が所属している公的組織――『魔法庁』の指令を受けた。その内容は『アクニンダン』の構成員と思わしき人物に率いられた魔物が街で暴れているので、その魔物の排除、及び構成員の捕縛が命じられた。



 一番近くにいたということで、至急現場に向かうように指示されたのだが、成り立てほやほやの魔法少女単独で行かせる難易度だろうかと疑問に思う。

 すぐに他の魔法少女が応援として駆けつけてくれるらしいので、あくまでも時間稼ぎに徹しろというお達しのことであるので、心配はあまりしていないが――。



 人目を避けるように物陰に隠れて、首にかけている変身アイテム――個人によって形状は異なり、私のはピンク色のネックレス――に魔力を込めて、「変身!」と呟く。



 眩しいと思える程の光量が辺りに満ちて、その一瞬の後には私の姿は一変していた。

 それなりにお洒落を意識した私服は、ピンク色の可愛らしいドレス服に変化した。



 軽く掌を開閉を数度繰り返して、調子に問題ないことを確認した後、私は飛行魔法――全ての魔法少女が使用できる初級魔法――を使い、現場までひとっ飛びする。



 目まぐるしく変化する景色を楽しむ余裕もなく、私は指示された場所に到着した。そして私の視界に映った景色は、「凄惨」と表現できる有様であった。

 明らかに統率のとれた複数の魔物が、一般人を弄び悲鳴や死体を一秒ごとに生産している。



 それだけではない。既に多くの一般人が物言わぬ屍になり、無造作に積み上げられていた。

 『魔法庁』から連絡を受けて、まだ十分も経っていない。ここまでの被害が出るには明らかに早すぎる。

 野良の魔物とは違い、今回は『アクニンダン』の構成員に率いられた魔物の軍団とはいえ、この侵攻の早さはいつもの比ではない。



 私の中で嫌な予感が走る。これだけの統率力を見せる人物であるのならば、『アクニンダン』の中でも幹部クラスの存在がいるのは間違いだろう。



 それと同時に、魔法少女に成ったばかりの私は『魔法庁』の職員の方や先輩の魔法少女の皆にかなり気を遣われていた事実を理解した。

 世間一般に定着している魔法少女のイメージは、華やかな活躍をして犠牲者を一人も出さない、紛うことのない英雄そのもの。

 しかしそんなものは偶像に過ぎず、魔法少女の活躍ぶりを華々しく伝える報道の裏で、血なまぐさい私の眼下に広がるような光景こそが現実なのだ。



 私が今まで派遣された現場は主に他の魔法少女の補佐――一般人の避難誘導や後処理ぐらいである。

 いきなり現実を直視させて、精神的に大きな傷を与えないように配慮されいて、徐々に慣れてもらうという意図なのだろう。

 まあ、その過程をすっ飛ばしてしまったようだが。



 初めて魔物に襲われた時の恐怖が蘇り、足が竦みそうになる。だが恐怖心とは別に、目の前の地獄を作り出した人物に対して憤りを覚える。



「……お前達。適当に相手をしてこ――」



 どこかやる気のない少女の声が私の耳に届く。

 こんなことを平然と実行できる人物だ。さぞかし凶悪な人相なのだろう。

 応援の魔法少女が到着するまで――いや、それよりも一刻も早く魔法少女としての務めを――私の正義を遂行しなければ!

 あの時私を助けてくれた魔法少女に、顔向けができない!



「――貴女は『アクニンダン』の幹部ね! 魔法少女である私――『アマテラス』が今日こそは捕まえて更生させてあげる!」




 私の宣言を聞いた推定『アクニンダン』の幹部――私と同年代ぐらいの容姿に、少し大きめサイズの白衣を着て濁った黒色の瞳を隠すように眼鏡をかけた少女――は、目をぎょっと見開いた状態で固まっていた。



 その硬直が解けたと思っていたら、彼女はとんでもない爆弾発言をかましてくれた。



「――か、かわいい。あの子なら僕の願いにも――」

「――はい?」



 最後の方はよく聞き取れなかったが、聞き返してしまった私を悪く責める人間はいないだろう。



 ――悪の組織の幹部である彼女と出会ってしまい、私の人生はとことん狂わされていくことになるのだが、今の私は知る由もなかった。

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