それは
…あの惨状を見ようと、あの駅に行こうとする。
たしか、電車に乗ればよかったんだったか。
行くには簡単で、大きな駅に止まるから、と、どの早さの電車でも行ける。
各駅停車ではなく、特急…快速急行…どちらかの名前か忘れたけれど、そんな電車に乗って、終点まで行けば着くはずだ。
目をつぶって、開いて、重い目蓋を、できるだけ開こうと努力する。
この気持ちは…きっと未亡人のようだ。恋人の、あの惨状を思い出すと。
…別に叫びながら泣きたい訳じゃなく、ただ、状況に感情が追い付かぬまま、月日が、時間が過ぎ去っていくようなそんな感覚がする。
…これがきっと、喪失感というもので、今のこれよりも大きく感じたこのはない感情だ。
それをもッと大きくしているのは、きっと、その恋人が、初恋だったから、…だろう。
いつの間にか終点についていたようで、人は電車から次々と降りていく。私もそれについて行く。
…何処だ?
駅名はあっているはずだけど、…何処?
わからない、いつの間にか人にもまれて外に出てしまっていた。僕はそう、人混みが苦手で人の流れに逆らうのが苦手で。
愛する人のためならば逆らってでも行くべきだっただろうが。ごめんなさい、なんて思った。
宛もなく、ここが何処かもわからず、ただひたすらに、ふらふらと彷徨っている。駅の郊外、店が転々とし、その間に家、店、家、と、挟むような。そんな場所。…帰って、戻ってあの現場に、惨状があった場所に。なんて思うだけで、足は言うことを聞かない。身体は反対方向を向いて、動かない。戻りたいのに。戻りたいのに、脳が、思考が、身体を支配していないで、一人で突っ走っているような、そんな気分だ。
身体が勝手に足を運んで少し、見知った姿がそこに。…学校の、友人だ。相手もこちらに気づいたようで、歩み寄ってくる。
こんな場所に旅行に来ているのか。
会うなんて偶然、だ、けれど。
…何故、一人なんだ?
こんな遠い場所に一人でどうやって来たの?
そして、…その顔は、なあに?
その、哀愁を薫らせる表情は。
無理やり口角をあげている、その微笑は。
脅迫をされているかのような緊張、張り詰めた顔は、何?…何故?
…こんなにも笑顔が下手くそな人ではなかったはずだ、し、脅迫する人なんていない、したとしても、何故?私に笑顔を見せる必要がある?
いつもは、楽しそうに、笑って、そんな顔は見せる人じゃなかったよ…ね?
…?…何故、足を急に止めるの?
話しかけようと、口を開いて、息を吸う。
吐く言葉はなに?
「偶然だね」「どうしたの?」「家族は?」「どうしても此処に?」とか、なんとか。
歩みを進めながら、友人の目の前に、立った時、その息は、きゅっと、止まることになるのだ。
なんで?…なぜ
息が止まることになる…と?否
…ぁ、あ、いや、違う。
「何故?」
疑問は、それじゃなく、
目の前の惨状だ。
ず
れ
て
? ??
…崩 れ て?
いや、?人間が、崩れるって?
そんな、こと…?溶け
て、…?
溶けて?人間が、溶ける…とは?
どういうこと?
ただ、その惨状は、止まることなく、
目を焼き付ける。
友人が、
ぐちゃり、と
ずれて
崩れて
溶けて
落ちた。
基盤である骨が無いように崩れて肉が、肉片がぼたぼたと、それから、落ちて、ぐちゃ、と、水っぽい音がなる。
臓物が、ぐちゃぐちゃとした感触が、目に焼き付いて付いて焦がして、話してくれない。
そして、追い討ちをかけるように、暑さで溶けた氷のように目の前で、水溜まりのようになって。
…何事もなかったように
服も、靴も、友人がつけていた丸いあの、…眼鏡も、骨も、肉も、赤黒い水になって、スッと、消えた。
何が起こったのか。
…何故こんなことが起こるのか。
友人を崩して、壊してなんの意味が。
何故?どうして?なにが?なんの意味が?どういう意図で?わからない、え、これは、本当に。
何が起きた?
何が、なにが?
幻覚、いや、そんなわけない。な、あんな。
無駄に生々しい、本物?
生々しくて、あれがきっと、生きている、ということなのかもしれない。
そして、それは、死んだ。
…死んだ、これを、生きているというか?
崩れて残った水溜まりは、生きている?
死んだ、に、ちがいない。
死んだ、死、命を絶った。
数分?数十秒?否、数秒前まで、呼吸をして器官を動かして脳から指令を受けて生きていた命は。
止まって、ずれて、崩れて、溶けて
自然現象の一部に溶け込んだ。
還った。の、ね。
死んだ。
もう、助けさえできない。
「アキラ」は、形がまだあった。
抱き締められた、肩をもって揺らせた。
生きていた温もりがまだきっと、残ったままだったのに、なのに、友人は、形さえ、温もりさえ、感じることができない。
液体がのこって、それに触れることも恐ろしくて、できない。
ごめんなさい、ごめんね、なんで?どうして、こんなことに?
助けられた?もしかして。あ、でも何が起きたか、わからない、だから助けられない、否、何かに怯えていた?なにかに騙されていた?なにかを…なにかに脅迫されていた?
誰に?
「…り□う、?」
…?
「理由、知りたい?」
ん?誰か、の声。
「理由、教えてほしいでしょ? 」
何?だれ?
虚ろに眺めていた水溜まりから目を離した。ら。
うしろ、数メートル離れた場所に、人。
青年?らしき。
「なんで、こんなことに、とか、ね」
青年はそう呟き、こちらに向く
「…知ってからの方が」
と、彼が発したそのあとに、ぷつん、と。
なにから切れた音が、と、共に、
_暗転
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