第11話 あれから彼女は
最後に一つ残っていた唐揚げに心惜しさを覚えながらも、僕は味わって咀嚼し、飲み込んだ。
「ごちそうさま、冬野さん。今日もおいしかったです。誠にありがとうございます」
月曜日の昼休み、僕はお昼を食べ終わってから冬野に感謝を告げる。
「どういたしまして。わたしも美味しいって言ってもらえて嬉しい」
なんて言ってくすぐったそうに笑う。冬野にときめいちゃいそうだ。何回でもときめけるぞ、僕は。
「ボクも! 美月さんの料理初めて食べたけどこんなに美味しいなんて……」
あれから夏元は部活を辞めた。
先週、冬野にもその話はした。冬野も特に何か言うことなく、夏元の事を自然と受け入れてた。
部活を辞めた夏元に対して今後、色々と言われるのを聞く事は増えるだろう。やれ、スポーツ推薦だったのに、だとか。精神的にどうだ、とか。
そのあたりは僕が言ったんだから冬野と一緒にカバーしてこうと思ってる所存。
「よかった。陽毬も喜んでくれて」
だから、こうして一緒に昼を食べてるわけなんだけど。
「美月さん! どうやって作ったの、唐揚げとか。あのたまごやきとか」
興奮してるのか、夏元は冬野の方に身を乗り出して尋ねるも。
「……企業秘密なので」
冬野はそう言って断った。
「なんでー!?」
心が癒されるね。もう、ヒーリングフィールドって言うやつだよ。
実に仲良さそうで僕も嬉しいです。
「ふふ」
思わず笑みが溢れちゃったよ。
「もしかして、夏元さんも料理に興味ある感じ?」
「じ、実はね……うん。ボクも料理してみよっかなぁ……なんて」
夏元が目を逸らして、頰を掻く。
「そうだね。じゃあ、陽毬……たまごやきくらいだったら教えてあげよう」
「良いんですか、美月さん!?」
「良いんです、陽毬さん」
これからは師匠と呼ばせてください、というやりとりがあって早速冬野がたまごやきのレシピを伝授していた。
「たまごやきは砂糖を気持ち多めに……」
「ちょ、ちょっと待ってください、師匠! 準備させてくださいっ」
「うむ」
夏元はバタバタと動き出した。ノートを持ってきて真面目にメモまで取り出した。
「僕、ちょっと飲み物買ってくるよ」
あれ、聞こえてるかな。
と思ったけど、冬野が僕の方を見て頷いたから大丈夫か。夏元の方は冬野の言葉に全神経傾けてる。
「とりあえず行ってくるね」
僕は教室を後にして。
「────まさかそれ、全部一人で飲むの?」
三本のお茶を買って、抱えてるところをいつも通りホールに居た秋山が見てたみたいだ。
「お、秋山さん」
「こんにちは、平坂くん」
「こんにちは」
「それで、それ全部一人で飲むの?」
「いやいや、まさか。これは冬野さんと夏元さんの分もだよ。別に頼まれてはないんだけどね」
押し付けがましいかもだけど。
「あ、そうだ秋山さん。写真集出るんだって?」
春木との会話を思い出した。他に生徒は居ないから話しても問題ないはず。
「ええ」
「僕も買おうと思うよ」
「結構な値段するわよ?」
「え、本当に?」
「二千円くらいだったと思うけど」
写真集としては妥当な値段だと思う。
「んー……まあそれくらいなら。買えるかな」
僕としても彼女とはこうやって話す程度の仲ではあるし、応援したいって気持ちもあるから。
「ありがたいことね」
秋山はそれから右手の指を立てて。
「最低でも観賞用、保存用、布教用で五冊は欲しいわよね」
最終的には五本指全部が立ってて、パーになってた。
「冗談よ。一冊だけでも買ってもらえれば私は嬉しいわ」
「…………まあ、三冊くらいなら」
「あなたの意思なら良いけどそうじゃないならやめなさいよ!? 私だって同級生にそこまでされたら感謝の気持ちと申し訳なさが心の中でせめぎ合うから!」
「あはは。まあ、僕もそこまで資金力ないからね。分かったよ」
それだけの資金力があったら、僕も趣味の旅行を断念してない。
「そう、そうしなさい。私があなたと会うたび微妙な顔することになるだろうから」
なんだろう、ちょっと見てみたい気持ちもある。
「……それで、平坂くん。戻らなくていいの?」
「そうだね。というか、秋山さんは?」
「ギリギリを攻めるのよ、私」
あ、そうなの。
眼鏡美少女には似合わない発言だ。まあ、まだ教室には戻らないらしい。
「それ、いつかタイムオーバーしそうだ」
「さすがに時計は見てるわよ」
ホールにある壁時計に僕は目を向けた。時間はまだ大丈夫そうだ。
「うーん。じゃあ大丈夫かな」
僕はそろそろ戻ろうと思い「また話そうね、秋山さん」と言えば。
「そうね、またよろしく。平坂くん」
と、彼女が返した。
「よいしょ、と」
三本の飲み物を机に置いてから。
「冬野さん、夏元さん。はい」
二人に一本ずつお茶を渡す。
「僕とご飯食べてくれてるし、一緒に帰ってくれてるから。お金はいいよ」
「ま、またボク……貰っちゃった」
いや、僕が夏元に何かを渡したのは初めてなんだけどな。
「師匠」
「うん」
何だろうか。二人はアイコンタクトをとって頷きあう。
「え、なになに? どうしたの?」
「何でもない」
冬野がそう答えた。夏元も僕に話すつもりはないらしい。ぐぬぬ、気になるけど聞けない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます