第6話 今追い抜く

 

 冬野がなかなか来ない。

 

「どうしたんだろ」

 

 僕は冬野の家を知らないし、連絡先とか聞いてない。聞くタイミングもなかったし。

 

「ご、めん……お待た、せ」

「あ、うん……大丈夫?」

「大丈夫」

 

 慌ててきたんだろう、息切れてるし。

 

「ちょっと休憩する?」

「だ、いじょ……ぶ」

 

 あと、大変眼福ではあるんだけど。

 

「エプロンは取った方が良いかな」

「あ」

 

 冬野がエプロンの紐を解くのを見て「カバン、一旦持ってようか?」と聞くと、僕に差し出してくる。

 

「もしかして料理始めた?」

「うん。燿に言われたし」

「言ったね。それでどうだった」

 

 僕はカバンを彼女に返す。

 そして歩きながら話を再開する。

 

「面白かったよ。朝も早起きして卵焼きとか炒め物とかお味噌汁とか作ってて」

「時間忘れて熱中しちゃった?」

「……うん」

 

 申し訳なさそうな顔をする冬野に心臓を撃ち抜かれる。

 

「それで、はい」

 

 カバンを開いて布に包まれた四角い何かを取り出す。

 ま、まさか、これは!

 

「お、お弁当!?」

「おかずだけだけど」

「いやいや、本当に嬉しいよ」

「それに下手かもしれないし。始めたばかりだから」

 

 僕は、僕のために冬野が作ってくれたってだけで嬉しいんだよ。その事実だけでご飯三杯はいける。

 

「味見はちゃんとしたんでしょ?」

「うん」

「なら大丈夫だよ」

 

 ふふふ。

 ははは。主人公よりも早くヒロインの手作りご飯にありつける。何という役得か。

 

「────おっはよー! 二人とも!」

 

 なんてやり取りをしてるのを今来た夏元に見られていた。

 

「も、もしかして……二人ってそう言う仲?」

「どう言う仲?」

 

 冬野が首を傾げると、夏元は「だ、だから! て、手繋いだりとか。そういうさ! 付き合ってるのってこと!」と真っ赤になりながら聞いてくる。

 何その素敵な勘違い。

 でも。

 

「いやいや、ないよ。僕と冬野さんは友達なだけ」

 

 僕は勘違いしない。

 冬野は周防暦の攻略対象なんだ。僕はそう言う相手にならない。

 

「……友達なのにお弁当?」

「ほら、夏元さんも僕たちと一緒にファミレス行ったでしょ? それと同じだよ」

「あ、たしかに」

 

 夏元が「そうなの?」と確認すれば冬野は「うん」と頷く。

 

「というか夏元さん、朝練は?」

「それが……今日休みなんだよね、ボク」

 

 夏元は目を伏せて言う。

 

「なら。一緒に行こ、陽毬」

「良いの?」

「うん。良いよね、燿?」

 

 僕が断るつもりはない。

 

「良いよ、全然」

 

 僕と冬野のやり取りを聞いてた夏元は。

 

「二人って本当に付き合ってないの?」

 

 なんて首を傾げながら聞いてくる。

 

「それ言うなら夏元さんも、最近周防くんと一緒に居ることあるだろ?」

 

 それはどうなんだよ、と僕が聞き返せば。

 

「あれはただ体育の準備で一緒になって話すようになっただけだから」

 

 今はまだ、と言うところなんだろうか。本当にそういう気がなさそうな感じだ。

 

「この話やめやめ」

 

 夏元によってこの話題は禁止令が出された。ヒロインの恋愛話とか興味あるけど。

 で、何の話しようか。

 

「燿」

「うん?」

「何か面白いことやって?」

「傍若無人か!?」

 

 僕と冬野のやり取りに夏元はクスクス笑ってる。

 

「なんか楽しいね、こう言うの」

 

 それは僕も思ってる。

 

「夏元さんもいるから、いつもより盛り上がってるんだよ」

「うんうん」

 

 実際、賑やかさは増してるし。

 夏元は「そっか」と言って、立ち止まってしまっていたらしい。僕と冬野は気がつかないで数歩先まで進んでから、振り返って気がつく。

 

「夏元さん?」

「陽毬?」

 

 僕らが呼びかける。

 

「────今、追い抜く」

 

 そういうのは『今行く』とか『今追いつく』だと思うんですけど。なんて思ってる間に追い抜かれてしまった。

 

「ほらー! 二人とも、置いてくよ! なんてね」

 

 僕らは夏元の方に向く。

 

「さ、さすが……次元が違う」


 この間のあれを思い出したか。


「夏元さん、待ってくれてるし。ほら、冬野さん。ゆっくり行こう」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る