第5話 冬野さんのペース

 秋山が女優だと知ってから一週間くらい。

 

「そこまでバレない事ある?」

 

 秋谷凛が無名の女優ならまだしも、彼女は結構ドラマに出てる。春木さんも応援してるって言ってるくらいだし。

 でも、全然バレてない。

 

「どうなってんの?」

 

 いくら変装してるからって言っても、そこまでの事はあるんだろうか。

 というか、この話を僕は知らなかった。共通ルートではこの情報は出てきてなかったはずだ。

 

「…………」

 

 授業時間、僕はみんなの前で発表する秋山を見ながら、そんな事を考えていた。

 そして昼休み。

 

「あら、来たのね。クリームパンをくれた優しい人」

「平坂燿だよ、秋山旭さん」

「どうして私の名前を?」

「同じクラスだからだよ。一週間あれば、流石に覚えるって。流石に、秋山さんほどならね」

「そ、そう? ……というか、平坂くん」

「うん?」

「あれからしばらくは購買に来てなかったわね」

「僕はこの購買のクリームパンを一度でいいから食べてみたかっただけだから」

 

 あれで満足した。

 正直、ギリギリの勝負をしたいとも思ってないし。購買に並んでる秋山は口ぶりからして毎回、こうやって並んでるんだろうか。

 

「あの味が忘れられなくて」

「それでいつも並んでる、と」

「割と値段もリーズナブルなのよ?」

「結構庶民的なんだね」

「普通に美味しいから。あれから買えてないけど」

 

 あの日も買えてないのに。

 

「五十円で分けてあげても良いわ」

「この前のアレね。五十円貰うよりだったら一人で食べれた方が幸せじゃない?」

「……何かしら? それはあれかしら。この前の行いを後悔してると」

「全然そんな事ないけどね!?」

 

 僕は一口食べれただけでも満足だよ。

 

「あ、ほら。秋山さん」

 

 列が進んでる。

 そこで秋山さんの目が輝いた。

 

「よ、ようやく買えたっ。あのっ、クリームパン一つ!」

 

 ホクホク顔でクリームパンを手にした秋山を見てから、僕は飲み物を買って教室に戻ろうとする。

 

「秋山さん?」

「どうしたの?」

「教室、戻らないんだ」

 

 彼女はホールでパンを開いて食べ始めた。唇についたクリームを舌で舐めとってから僕の疑問に答える。

 

「別に友達居ないもの。どこで食べても変わらないから」

 

 周防とは話してないのかな。

 

「いつまで見てるのよ」

「あ、ごめん。じゃ、僕戻るから」

 

 パンを持った彼女にそう言って、歩き始めて。

 

「午後からは体育だったな」

 

 次の授業の事を思い出す。

 

「────案外、体を動かすのは得意なんだよね」

 

 千五百メートルを走りながら僕は呟く。

 とは言っても、トップアスリートみたいな身体能力とかはしてないけど。

 

「よ、っと」

 

 ゴールしても息切れはしてない。

 

「燿、足早いんだ」

「ちょっとは自信あるからね」

 

 話しかけてきた冬野に僕は少し誇らしく思って、胸を張って言う。

 

「しかも余裕そう。すごい。鍛えられてるんでしょうか?」

「そ、そんな褒めても何も出ないよ?」

 

 そこまですごい事はないと思うし。

 

「というか、たぶん夏元さんの方がすごいと思うよ」

「陽毬?」

「そう。陸上部じゃなかったっけ?」

 

 そんな話をしてれば準備ができたらしい。

 

「そろそろ女子の番だから」

「あ、うん」

「変な期待しないでね?」

「とりあえず頑張ってね」

 

 僕は冬野を見送った。

 

「……ほら……全、然。走れ、ないでしょ」

 

 冬野は僕の前で膝に手をついて息を切らしてる。女子の千メートルも終わり授業は終了だ。それぞれ教室に戻るようにとの事。

 

「いや、最後まで走り切ったじゃん」

「タイム遅いし」

「自分に厳しいな、冬野さん」

 

 何とか呼吸を整えた彼女は「それにしても……陽毬、早すぎる」と周防男子と一緒に僕たちよりも前を歩いてる陽毬を見ながら言う。

 

「僕言ったよ?」

「あれは次元が違った」

 

 怪物みたいに言うね。

 

「冬野さんは自分のペースで良いのに」

「…………そう?」

「そうだよ」

「そっか」

 

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