第4話 グレーゾーン・モブ

「おはよう、平坂くん」

 

 教室、自分の席まで来ると既に来てた春木に挨拶をされた。

 

「あ、おはよ、春木さん」

 

 僕も挨拶を返す。

 入学式から一日。今日も冬野と学園に来たんだけど、犬の前を通らないルートを選んで来たところ「これ学園に着くの?」と不安になってた。

 まあ、結局無事に着いたんだけど道は覚えてないらしい。ははは、仕方ないね。

 

「それにしても春木さん、早いね」

「進学前のが癖になってるんだと思います」

「進学前?」

「はい。幼馴染の男の子……同じクラスの暦くん。前と同じ時間に迎えに行ってますから」

 

 幼馴染の強みだね。

 朝起こしに来てくれる系ヒロインか。健気で、一番関わりが深かった。そんな春木を攻略しなかった事を若干申し訳なく思う。今更な話だけど。

 

「仲良いんだね」

「どうなんでしょうか」

 

 春木は困ったというような笑みを浮かべる。

 

「昔から迷惑かけちゃってて。私は……友達だと思ってるんですけど、暦くんがどう思ってるか分かりませんから」

「……嫌だと思ってたら一緒に学校来てないと思うけどね」

「そう、でしょうか?」

「そうそう。僕も暦くんも同じ男子だからね。何となくは気持ちが分かるんだよ」

 

 僕の言葉に春木は「そうですか」と頬を緩める。

 

「ありがとうございます、平坂くん」

「うん」

 

 僕は一限で使う教科書類を机の中に入れて、カバンを脇にかける。準備が終わったのを見てか、春木はまた僕に話しかけてくる。

 

「あの、平坂くん」

「どうしたの?」

「またこうして、お話相手になっていただいてもよろしいでしょうか?」

「お隣さんだし、僕も身近に話し相手居なくて退屈してたから。喜んで」

 

 モブらしくない。

 僕は主人公のいないところでの春木の話し相手。現状、メインにはギリギリ関わっていない気がする。冬野の件に関しても、そう。

 だから、僕はグレーゾーン・モブ。

 

「では……その。何について話しましょうか?」

「うーん……趣味とか?」

「そうですね。ドラマとか好きで観てますよ」

 

 今観てるドラマに出演してる俳優の話とかで盛り上がる中で、僕は気がついたことがあった。

 

「その俳優さんって、周防くんに似てるね」

 

 僕が言った瞬間、春木は顔を赤くする。

 

「そ、そうですか?」

「うん。なんていうか、雰囲気が」

 

 自覚はなかったんだろうか。

 本能的に周防が好きだと言う表れか。

 

「も、元々はこの俳優さんが目的で見てたわけじゃなくてですね!」

 

 少し大きい声を出した後で「けほっ、けほ」と彼女は咳き込む。

 

「大丈夫?」

「大、丈夫……です」

 

 何とか呼吸を落ち着けた春木は「私はこの女優さんを応援してて」とスマホの画面を見せてくる。

 

秋谷あきやりん

 

 僕らと同い年らしい。

 今世の記憶もあるからちゃんと知ってる。子役時代から活躍し続けてる、僕たち年代の有名人。確かに彼女を応援したいって気持ちは僕にも分かる。

 

「それでですね……!」

 

 春木が熱を持って語ろうとしたところで教室の扉が開かれた。

 

「ホームルーム、始めるぞ」

 

 僕らの会話は中断となる。

 

 

* * * 

 

 

「ここの購買には栄聖学園クリームパンなる名物が売ってると聞いた」

 

 聞いた、と言うか見たなんだけど。

 ゲームプレイ中に目にした中で普通に美味しそうだったから食べてみたかったんだよね。僕は昼休みになって直ぐに教室を抜け出し購買に向かった。

 昨日は入学式でやってなかったし。

 

「これは買いに行かないと」

 

 僕が一階、購買部にたどり着いた時。

 そこは既に長蛇の列ができていた。

 

「な、なんだと……?」

 

 僕だってなるべく早くここまで来たはずだ。だって言うのに、もうこんなに並んでるなんて。

 一体いつから並んでるんだ。

 

「────あ、ギリギリ」

 

 僕で最後の一個だった。

 僕は勝ったんだ。このクリームパンの購入競争に。なんて勝利の余韻に浸っていれば。

 

「はあ」

 

 直ぐ後ろでため息が聞こえた。

 僕はクリームパンを買い終えてからゆっくりと振り返る。眼鏡美少女の秋山が悲しそうな顔をして立っている。

 

「は、半分あげよっか?」

「私?」

「僕と同じクラスだよね。これから仲良くしようよって意味でさ」

 

 僕としても悪いことをした覚えはないけど、何となく居た堪れないから。

 

「五十円くらいは貰うけども」

「あなた……優しいのね」

「は、はは」

「はい、五十円よ。半分貰うわ」

 

 僕は秋山から五十円を受け取ってからクリームパンを半分に割って、片方を差し出す。

 

「並んだ甲斐あったわ」

「……そうですね」

 

 嬉しそうな顔して、指についたクリームまで舐めて。すっごい色っぽくて、エロゲっぽい。

 

「…………んー?」

 

 それにしても見覚えがあるような。

 エロゲで見たとかじゃなくて、もっと最近。僕はこの顔を見た気がする。

 

「秋谷、凛……?」

 

 思えば、似てる気がする。

 

「…………ありがとう、ごちそうさま」

 

 秋山はパクパクと食べ進めて。

 

「そのこと、他の人には言わないように」

 

 なんて僕に釘を刺して、さっさと戻っていってしまった。

 僕はまだ確信してなかったから誤魔化せばよかったのに。

 

「了解です」

 

 春木にはバレないようにしないと。

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