第7話 アイデンティティ・クライシス?
グループワークの授業が終わり、僕は教室で冬野の料理に舌鼓を打つことにした。朝からこの時間を待っていたんだ。
「お昼だ、おっ昼、おっ昼〜」
教室に戻る途中、冬野が僕の隣を歩きながら。
「一緒にいい?」
と聞いてくる。
「え、あ、うん」
「感想聞きたい」
教室に戻ると冬野は僕の正面に座る。
わずかな緊張と興奮を覚えながら、僕はタッパーを開く。
「おお……!」
思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
少し不格好な卵焼き。それとベーコンとほうれん草の炒め物。ハンバーグが半分くらいか。
「さ、早速いただきます」
「うん。どうぞ」
念入りに感謝を込めて、僕は箸を伸ばす。
「おいしい」
「本当?」
「うん!」
「良かった」
こんな幸せがあって良いんだろうか。
グループワークでは冬野は周防と同じグループだったけど、彼女の手料理を食べたのは僕が先だ。
何の役にも立たないクソみたいなマウントを心の中で取る。
「おいしい、おいしいよ」
箸が止まらない。
「そんなにおいしいの?」
「すっごいおいしい」
後ろから声がした。
冬野じゃない。
「……って、夏元さん?」
僕の背後に夏元がいた。
「…………」
「こ、これは僕のだから」
「取らないよ!?」
「そう?」
なんかすごい視線を感じたから。
「陽毬はなんでここに?」
「ボクも美月さんのお弁当が気になって」
僕は一旦箸を止めて感想を伝える。
「おいしいよ。卵焼きは甘くて。これとか、ハンバーグとか全部いい感じ」
ただ僕の食レポはそこまで夏元には刺さらなかったらしい。
「うん。おいしいのだけはわかった」
なんて一言でまとめられた。
「ふぅ、ごちそうさま。すごい美味しかったよ、冬野さん」
食べるまでのワクワクと、食べた瞬間の嬉しさ。もう今日一日、幸せで満ちてる。スキップで移動したくなるし。
幸せだから僕の心も余裕に満ちてて、何でもしたくなってくる。困ってる人助けたりとか。
「ノートだ。誰のだろ?」
僕は廊下に落ちてたノートを拾って名前を見る。
「秋山さんのか。よし、届けてあげよ」
僕は購買近くホールまで移動して、秋山を見つけた。
「あ、秋山さん。いたいた」
「どうしたの?」
「これ。ノート、落としてたよ」
僕は持っていたノートを差し出す。
「あら、気づいてなかったわ。今回もありがとう」
「いえいえ、どういたしまして。それじゃ僕はこれで」
「え、それだけ?」
「うん。ノート見つけたからさ」
「そう」
失笑する彼女に背を向け、僕は教室に戻る。そこで気がつく。
「あれ? さっき、僕なにやった……?」
冬野の料理を食べれた幸せで色々と考えてなかったけど、主人公とヒロインの交友を深めるきっかけ一個潰してないか、と。
「いやいや……よくよく考えれば、ノートを拾うなんて珍しいことじゃないか」
そうだ。そうだよ。
また秋山がノート落とすかもなんだし。
こんなことで、僕がモブでないなんて言えるわけがない。それに僕はもう四人のヒロインと関わってるけど、周防近くの話には全く関わってないんだ。
「うん」
じゃあ、モブだ。僕はベアリー・モブよ。
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