2発目 敗者復活戦


「これはご褒美……人生で一度もいいことが無かった、オタクで喪女だった私へのご褒美なんだ!」


 目を覚ますとさ、美少女に生まれ変わってたんだ。笑えるでしょ? 羨ましいだろ?

 でもすぐに完成された美少女になることは出来なかった。完全に誕生からのやり直し。お父さんもお母さんも初めましての方だったけど、割とすんなり受け入れられた。そりゃそうか。

 最初はかなり大変だったなあ。

 それなりに羞恥心はあったままだったから全裸であれこれしてもらうのに気恥ずかしさが拭えなかった。おしめ変えてもらう時の情けなさといったら。

 やけに中世的な風景だなあ、なんて思って数年。私が2本足である程度の距離まで歩けるようになってからは、この世界が漫画やアニメで見た、いわゆる異世界ってのに分類されるものだって理解した。おかしな話だけど、私は転生したのだ。やばくね? くたびれOLでも第二のフレッシュライフ楽しんでいいの? 茶色い田舎娘スタイルの村人服も、健康的な肉体なら可愛く着こなせる。悪くない。

 そりゃ未練が無いって言ったら嘘になる。両親のことは少し気になるし、学生時代告白した男の子のその後とか、数少ない地元の友人のこととか、ゴンゾウのその後とか、格闘技界の行く末とか! でもまだ実感が薄いのかそこまで頭が回らない。悲しみが後から押し寄せるのかと思うと怖いけど。

 なんにせよ、私はここでやっていくと決めた。腹を括った。

 で、今6歳。

 前は身長が174cmあった私は、今の体が不思議の国のアリスになったみたいでちょっと楽しい。そんな風に調子づいていた。でもそれは束の間だった。

「違う!」

 母の大声。

 この世界。中学の頃からどっぷりハマった漫画やアニメにそっくりな異世界。様々な魔法が使えてかっこいいし便利。でも魔物もいるから気をつけなくちゃ。

 そんな甘い考えでは通用しなかった。この世界では魔法が普通教育の一環なのだ。母は物を浮かせる魔法を私に教え込んだ。物質の形・輪郭を意識し、それを形作る分子や原子のような部分にまで想像を巡らせる。さらにはその物の魂に語りかけ、浮遊の手伝いをさせる。そこまでして初めて遠くの物体を操ることが出来る。浮かせるのが1段階目。2段階目で動かし、3段階目は目を瞑って1と2を行う。4段階目はより速く動かし、その運動エネルギーに負けぬようぴたりと止める。5段階目以降はそれら全てを高めた上で応用に転じる上級者レベルだ。人や魔物にぶつけたりするのはこのレベルで初めて出来るという。

 私には到達無理な話だった。

 細かな作業。頭の中で常に針に糸を通す作業を繰り返すような。なんども途中で意識の一貫性が途切れ、物が僅かに浮いてから落下する。

 1番基本的な魔法である、物体の強化・浮遊・回復のどれかは10歳までに出来るのが普通だという。冒険の旅に出る前に3つの中から選ぶ的なアレだ。たぶん違うけど。

 でも難しさは中学受験レベル。私お受験するような家庭で育ってなくてよ。

 それに私はまだ6歳。前の世界なら小学生に上がったばっかりだっつの!

「魔法って意外とむずいんだ……」

 最初言われた通りに出来た時は手が青色に光って結構ワクワクしたんだけどなあ。

「なんでこんな簡単な使役魔法も出来ないの!?」

 母が叫ぶ。耳が痛いくらいの高音。

(ヒ、ヒス……!?)

「た、多分、前線に立ちたい……から?」

 そう私が顔色を窺いつつ思いつきを言うと、母は怒号を上げた。

「何よく分からないこと言ってるの!」



 私は草原で黄昏ていた。

「ご褒美じゃなかった……」

 あれから数ヶ月。やはり魔法が身につく感じはしない。浮遊魔法でこれだけ手こずっているのだから強化も回復も恐らく厳しい。

 母は毎日のように私を叱りつける。近隣に住民は少ないようで、ここが辺境の村だからか、母の大声の苦情などは来ない。てか偶に散歩するようになって分かったが、ここは崖近くにある一軒家。前の世界の実家はずっとマンションだったから何だか伸び伸びしていて気持ちがいい。異世界っぽい森の緑の風景も空気がおいしくて好きだ。

 それでも外の落ち着きを塗り潰す母の恐ろしさ。27+6歳の私でも震え上がる。そもそもそう考えると同い年くらいじゃね?

「何これ……むしろ人生最初からハードモードなんですけど」

 母は女は裏方、そんな古い考えの人なのかな。この世界に古いもクソもないと思うけど。でも多分自慢の娘にしたいんだろうなってことは伝わってくる。暴力を振るったりはしないし、何時間も懸命に教えてくれる。

 父は母と比べて控えめな性格で、母のスパルタを横目で静かに眺めている。時折、優しく温かいミルクを注いでくれたりもする。その時「僕も昔は魔法が苦手で今でこそやっと人並みになったけどね」と穏やかな口調で話したりした。

 お母さんお父さん、元気かなあ。私が死んで、泣いてるかも。結局、親孝行という親孝行は出来なかった。

 ん? 私、前の世界も今の世界も特に将来の夢とか無かった人間だよな。だったら、この今の両親には親孝行出来るんじゃない? そのチャンスがあるんじゃない?

 これでもかって自慢の娘になったら、二人の誇りになれるかも。

 てかせっかく転生したんだもん。大人になるまで時間はたっぷりあるし、可能性だらけの6歳の体には前世の記憶が残ってるまま。

 ここじゃインターネットこそ使えないし、大好きな漫画もアニメも見れないけど、やらずに諦めてたことに挑戦出来るんじゃない? 強く、なれるんじゃない?


 決めた。異世界で、格闘技オタの力、見せてやる。


「最強……目指そ」


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