第2章 2023/7/7
第5話 「勘弁してくれ」
時をかける列車の中でさえ、俺と美玲は会話をしないままである。俺は左側の窓際の席で、彼女は右側の窓際である。窓に目を向けて外の様子を見るとやはり昼と夜が目まぐるしく繰り返している。ただ、前の時間移動と違ったのは、人や車の動きが動画の倍速再生みたいに進んでいるということだった。前回乗った時は例えるならば逆再生だったから今度は時間を早送りしているみたいだった。
「四度目なのに慣れないな……」
美玲がこう言った。彼女の方に目を向けると彼女もまた車窓からの景色を頬杖をつきながら眺めていた。どうやら独り言のようだった。四度目とはどういうことだろうか。だが、その独り言以上に彼女の姿からは疲れのようなものがにじみ出ていることが気になった。
俺は、彼女はこんなにも疲れた様子をかつて見せたことがあっただろうかと思った。美玲が俺の視線に気づいたらしかった。彼女の目がこちらに向けられる。俺は咄嗟に目を逸らしてしまった。
「何」
「いや、美玲がそんなに疲れた顔をしていたところをみたことないなと思って」
俺たちはようやく会話を交わし始めた。彼女はああという感じでこう答えた。
「だって、見せないようにしてたもの。心配かけたくなくて」
初耳だった。俺に心配をかけさせたくないからと見せないようにしていた顔があったとは。自分の視線を車窓に向ける
「そっか。不甲斐ないな」
「不甲斐ない? どうしてそんなこと言うの」
その問いかけには、さっきまでの棘は感じられなかった。
「なんか、美玲に気をつかわせちゃっていたんだなって今更気づいた。気をつかわせる前にもっとどうして悩んでいるんだとか何に困ってるんだとか聞けば良かった。何やってるんだろう、俺……」
ぽろりと、自然に出た言葉だった。彼女はやや沈黙してからこう答えた。
「きっと健太にだって無意識のうちに私に気をつかっていたところは有るよ。問題なのは、お互い、ちゃんと言わなきゃいけなかったことをケンカとか色々な事を気にして言わなかったことだと思う。ちゃんと言うことで解決できた事は沢山あったはずなのに……」
美玲はそれ以上、何も言わなかった。
しばらくして車掌が俺たちの前にやって来た。
「お二人とも、もうすぐ到着します。それでなのですが、念のためまた変装していただけないでしょうか」
俺たちは頷いた。これから会いに行くのは過去の自分たちである。過去の自分たちが今の俺たちを見て混乱しないようにしなくてはならない。無用な混乱は避けたいところである。
「またこちらでご用意しますので少しお待ちください」
車掌はおそらく変装用具を取りにいくためにこの場を離れた。今度は一体どんな格好がくるのだろうか。
列車が二〇二三年七月七日午後十三時に到着した。列車から降りて駅のホームに立つ。その直後、発車メロディーが流れた。
「二番線、ドアが閉まります。ご注意ください」
列車のドアが閉まる。列車は走り出すと速度を上げてすぐに駅を去っていった。
美玲が俺の方を向いて言う。
「この格好は変ね」
彼女に視線を向ける。彼女は今、七十年代ヒッピーみたいな服装にサングラスという恰好である。
「そうだな。何も知らずにその恰好の人を見たら、俺は逃げると思う」
「私だってそう思う。けど、健太も十分変」
俺は、赤い半袖シャツにジーパン、長髪のカツラ、それに再びサングラスである。
「俺もそう思うよ」
車掌が用意してくれた変装用の服はあまりにも奇抜だった。前回もそうだったからおそらくこれは車掌の趣味なのだろう。これじゃああまりにも目立つ。目立つが一見すると俺や美玲だとはわからない。そこは理に適っているのかもしれない。美玲は少し笑うとすぐに元の表情に戻った。
「さあ、行きましょ」
「行くってどこへ?」
「決まってるでしょ。この日の私たちの待ち合わせ場所へ」
彼女は速足で改札に向かって歩き出した。俺もその後を付いていく。改札を通ってときの駅を出た俺たちは街の中心部へと向かう。七月になると気温は五月よりも暑くなっていた。俺も美玲もすぐに汗をかいてしまう。
この日は俺たちにとって初めてのデートをした日である。俺たちはこの街の中心部にある駅で午後十四時に待ち合わせをしていた。ひとまず美玲はそこに向かおうとしているらしい。美玲はそこに行ってどういう風に過去の自分たちの邪魔をしようとしているのだろうか。
歩きながら遠くで走っている男性が見えた。たぶん俺たちと同い年くらいの人だった。辺りをきょろきょろと見回している。まるで、どこに行けば良いのか迷っているようだった。その男性の様子を見て、俺はこの日有った出来事を思い出した。それと同時に美玲が俺に話しかけてきた。
「健太、確か駅で迷ってたよね」
「ああ、そうだったな」
この頃の俺は駅のぐちゃぐちゃした構造にようやく慣れてきたところで、まだまだ迷うことがあった。この日も電車自体は予定通りに到着したが、最悪なことに降りたところで待ち合わせ場所へどう行けば良いのかわからなくなった。待ち合わせの時間から十五分くらい遅刻して、迷った果てにようやく美玲と合流できたのである。
「あの時は大変だった。健太にちゃんと会えるかどうか、合流できるまでハラハラしてた」
「そうだな、俺もそんな感じだった。会えるかどうかお互い不安だったってことだな」
美玲は美玲で乗っていた電車が遅れて大変なことになってしまった。確か美玲の方が俺よりも後に駅に着いたはずである。そこから連絡を取り合ったりしてどうにか俺を見つけ出したのだから美玲はすごいなと今でも思う。当時の自分たちはかなりハラハラしたものである。
「でも、その後が楽しかったから今の今まで大変だったことを忘れていた」
最終的に合流できた俺たちは無事にデートを楽しんだのだった。だから、俺もついさっきまで大変だったことをすっかり忘れていた。記憶というものはなんて曖昧な物なのだろうと思う。
歩いているうちに人混みの中へと入っていき、目的地である中心部の駅へと到着した。構内に有った時計を見ると時刻は十三時四十分。駅には大勢の人がいた。美玲は人と人の間をすり抜けるようにして構内に向かって進んでいく。俺は彼女を見失わないようになるべく離れずに後を追った。彼女は一体どこに向かうのだろうか。そんなことを考えていると俺は人とぶつかってしまった。
「ああ、すみません」
こちらから頭を下げて先に謝る。ぶつかった相手の男は機嫌が悪そうだった。
「気をつけろよ!」
そう言い残して男は去っていった。頭を上げてから俺はすぐに美玲を探した。だが、彼女の姿が見当たらない。もしかしたら逃げられてしまったのだろうか。
「おいおい、勘弁してくれ」
俺はすぐに彼女を探し始めた。駅の構内中を探す。彼女は一体どこへ向かったのだろうか。探すこと大体数分。ついにヒッピー姿の女性の後ろ姿を見つけた。
「美玲!」
俺は慌てて声をかけた。女性が驚いたように振り向く。だが、その人は全然違う人だった。全くの別人だったので、申し訳なくなる。
「人違いでした。すみません」
俺はそう言って頭を下げるとすぐに元来た道を引き返した。
困ったことに見失った彼女を見つけることができないまま十分くらいが経過した。かなりまずい。彼女はきっと過去の自分たちを会わせないための何かを実行しようとしている。どうする。どうすれば良い。俺は辺りを改めて見た。すると、黒づくめの男性らしき後ろ姿が見えた。
男は急いでいた。あれはきっと過去の俺である。そこで思いついた。過去の自分を追いかけていればもしかしたら現在の美玲に出くわすかもしれない。過去の美玲は確かまだ駅に着いていないはずだ。
俺はすぐに過去の自分らしき男を追いかけ始めた。
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タイムラインに乗って 〜だから、今ここで俺はあなたに好きと言う〜 石嶋ユウ @Yu_Ishizima
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