ダイナー・ポップス

ショウ・トラヴォルタ

第1話 スラムと女子高生

 いきなりですが、私の国は終わっていると思います。


 高校に入学したばかりの私が思うほどなので、多くの人がこの国に愛想を尽かしていることでしょう。


 おっと、突然失礼しました。


 私は、この春から都市部セントグレイシティの高校に通っております、カンナと申します。


 苗字ですか?


 残念ながら私に苗字はありません。だってスラム出身の孤児ですから。今はスラムの孤児院にお世話になっています。


 この国ではスラム出身者には苗字が許されていないんです。苗字があるのは都市部の人達だけです。


 スラム出身でも頭脳明晰な人や運動神経が優れる人など、各分野で突出した技能や知識を持っている人は都市部への移住と苗字が与えられます。


 他にも、スラムと都市部の貧富の差をハッキリとさせるような酷い法律や制度はたくさんありますが、文句はこれくらいにしておきます。止まらないので。



 でも、スラムと言っても皆さんが思っているような、酷い臭いが充満しゴミで埋もれているような劣悪な環境ではないです。…はずです。


 都市部との境界には門が設置されて、通行には許可証が必要ですが、食料や日用品が定期的に都市部からも運ばれてきますし、スラム内にも日用品店や娯楽などのお店もたくさんあります。お店の作りはあれですが…。


 それなりにお金がある人は、持ち家を持っていますが、ほとんどの人は集合住宅に住んでいます。


 私の様な孤児も多いので、教会や慈善団体による孤児院も少なくはありません。



 スラムの一番の問題といえば、治安の悪さでしょうか。


 窃盗などの軽犯罪は日常茶飯事ですし、銃声が聞こえることも珍しくありません。それに、犯罪組織が数多く存在しているらしいので、住民は怯えながら暮らしています。


 私は実際に遭遇したことはありませんが…。


 スラムの話が長くなってしまいましたね。


 そんなスラム出身の私ですが、中学校での成績が認められて、この春から都市部の高校に通うことが許されました。あくまで通学のみで、都市部への移住ではありません。


 都市部に行くのは、約10年振りでワクワクしていましたが、興奮していたのは入学するまででした。




 スラム出身の私は学生たちにとっては珍しかったのでしょう。女子には気味悪がられたり、男子からは罵詈雑言を浴びせられました。まるで汚物を見るかのような視線が辛かったです。教師に相談をしましたが、効果はありませんでした。


 いつの間にか、あんなに嫌だったスラムですら恋しくなっていました。


 最近の唯一の楽しみは登下校時に町を見て歩くことです。


 スラムでは考えられない位に眩しい世界です。


 太陽を覆うほどの高層ビルが立ち並び、夜でも街は明るく照らされています。


 都市部では普通と言われている日用品店ですら、考えられないほど豪華な内装をしていて驚きました。


 特に、私は飲食店を見るのが好きです。見たことのない料理を提供しているレストランや、ハンバーガーやサンドイッチを注文後直ぐに提供するファストフード店など、魅力的なお店ばかりです。


 もちろん、入ったことはありませんでしたが、いつかは入ってみたいと思っています。


 ただ、そのような煌びやかな飲食店のほとんどは、お客さんからの活気は感じられませんでした。ただ食事をとっているだけで、それは作業の様にさえ感じられました。


 あんな素敵なご馳走を目の前にして、ワクワクしないなんて信じられません。きっと、都市部で働く人なりの苦しさがあるのでしょうか…。



 そんな中、スラムに入る門の近く、大通りから一本外れた通りにある”ダイナー・ポップス”というお店はいつも賑やかでした。


 木造の建物で、DINER POPSと書かれたネオンの大きな看板が目を引きます。


 お客さんで溢れているわけではありませんが、みんな楽しそうに食事をしていて、スラムの近くなのにとても活気がありました。


 そのダイナーを見て羨ましいと思うと同時に、早く帰って孤児院の皆とお話ししながら夕食を食べたいとなぁと思うようになりました。





 高校に通い始めて1か月が経とうとした頃、私の昼食が無くなりました。


 通学が許可された時に、昼食は最低限の保証がされていたのですが、国の制度が見直されて昼食費を請求されるようになったのです。もちろん払うお金なんてありません。


 私だけ昼食が無い昼休みは居心地が悪かったので、校舎の外で独り時間を潰していました。


 誰にも相談できず、誰にも助けを求められい自分の状況が苦しくて、悔しくて、涙が止まりませんでした。


 ある日、初めて学校を抜け出しました。



 昼間からスラムに戻る訳にもいかなかったので、近くの公園のベンチで時間を潰すことにしました。


 きっと、私が居なくなっても学校は何の問題も無いでしょう。ほとんど存在していない様なものでしたし。


 でも、そんなに長くは公園に居られませんでした。知らない男性が数人で声を掛けてきて、恐くなって逃げ出したんです。


 都市部でもこんな事があるのかと驚きましたが、本当に恐くて、何も考えずに走っていたら、無意識にスラムの方に向かっていました。


 遠くに門が見えてくる所まで来ると足が止まりました。



 「あぁ、このまま帰ってもまた辛い明日が来るのを待つだけなのか」



 急に不安と絶望が押し寄せてきて、涙が溢れて膝から崩れ落ちました。溜まっていた色々な感情が爆発して、自分が自分で無くなったみたいでした。


「お嬢さん、大丈夫かい?」


 涙で前が見えず、声もまともに出せない状況でしたが、そこがダイナー・ポップスの前であり、男性が声を掛けてきたことは分かりました。


「はっ、ふっ、だ、大丈夫です。すびません」


「いつも、うちを見ていた子だよね?落ち着くまで中で休んでいきなよ」


「ほ、ほんとに大丈夫でず。お金ない、ですじ」


 その男性は優しく微笑みながら、手を差し伸べてくれました。


「そんなこと気にしないで。それに、そんな状態じゃ帰れないでしょ?」


 私は、公園での件もあって手を取るのを躊躇っていました。


「おっと、怪しい者ではないよ!ただの、ダイナーの店主です!大丈夫、中には他のお客さんもいるし、何もしないよ!」


「お客さんいるのに、すびません」


 久しぶりに、人の優しさに触れてがまた涙が溢れてきた。私の恥ずかしい姿を見ても彼は優しく微笑んでいました。


「目の前で困っている女性を無視できる訳ないでしょう。さぁ、入ろうか」


 彼はそっと私の手を取ってくれました。とても暖かくて、大きくて、そして優しい手でした。

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2024年11月30日 20:05
2024年12月1日 20:05

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