第2話


 目前にオークの顔があった。


「うわあっ!?」


「よお、目が醒めたか」


 そのオークは先ほどとは違う個体のようだ。頬にキズがあり、全体的にたくましい。


 なにより股間にテントを張っている。


 しかも、いつの間にかつれてこられたらしい部屋も、異様といえば異様だった。


 全体的にピンク色。あたりには汗ともナニともつかない臭気がただよっている。


 なにより、そのオークの息が荒い。


 ギラリと輝く眼光も、敵意は感じさせない。


 が、どこかうすら寒く感じられてならなかった。


 狙われている。


 命ではなく、もっと大切な何かを。


 俺はお尻の穴を手で隠そうとした。が、できない。


 四肢をベッドに固定されていた。


「ふ、ふふ……たのしませてもらおうか」


「ま、待った! 男が男で愉しむだなんて不毛だ。生物学的に間違っている!」


「ではお前がメスになれ」


「なれるかあ!」


 マズいマズいマズい。このままでは、あの鉄の棒めいた剛直ごうちょくで貫かれることになるだろう。そうなれば、見せられない醜態しゅうたいをさらすことになる。


 俺たちもろともデリート、アカウントはBAN、オメガバース行きは必至。


「ま、待ってくれ。話せばわかる」


「話さなくても、挿入いれたらわかる」


 オークが腰を振る。そのたびに股間のものがぶるりと震えた。


「そういうんじゃないんだよ。これ、つかってくれ、これ!」


 俺は手のひらにいつのまにか現れていたオナホを、オークに放り投げる。


「なんだこれは」


「オナホだよ。性欲を解消するためのものなんだ」


「別にお前がいるが」


「俺は男だぞ!? だが、そのオナホは、女性器をしている」


 女性器、という単語に、オークが食いついた。


 その目つきは、オークのたくましい手のひらに包まれた、ピンク色のいやらしい物体に注がれている。


 くたりと折れ曲がったそれは、生娘のような柔らかさがあった。


「気持ちいいぞ、ねっとりとしていて、ふわふわで……」


 俺はここぞとばかりに畳みかける。尻の穴を守るためだったら、なんでもするぞ。いやらしいこと以外ならな。


 オークは揺れているようであった。


 未知なる快感か、オレのケツか。


 でも、最終的にはオークはオナホを股間へとあてがい、つぷんと挿入した。


 ……そこからは、あまりにも壮絶だった。


 顔を真っ赤にさせ、一心不乱に動くさまは、鬼の形相。


 じゅぶっじゅぶっじゅぶぶぶぶぶっ!!!


 ずこん!ずこん!ずこん!


 濁流のごとき水音。オークの台風のような吐息。見ているこっちがはらはらしてしまう動きに、ケツの穴がきゅっとすぼむ。


 俺も、ああなるかもしれない。


 おもちゃのように弄ばれて、殺される――。


 俺はひたすら祈った。なんなら、オナホにこう祈ったくらいだ。


 助けてくれ。


 願いをよそに、オークの動きが小刻みになって、つるりとした頭が真っ赤に膨らみ――。


 ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅ!!!。


 どぴゅっっっ!!!!!!


 びゅるるるるっ……。


 虚空へ一突きしたオークのからだが痙攣し――倒れた。


「は……?」


 まがまがしい股間にピンク色の帽子をつけたまま、ドウッと。


 ピクリとも動かない。


 ぴろりろぴーんというレベルアップの効果音が、むなしく脳内に響く。


 ピストン運動を繰りかえしていた腰も、16ビートを刻んでいた心臓も、たくましい腕も何もかもが、動きを止めていた。


 ただ、ヨーグルトめいた液体が、緑色の腹部にたまっていた。


 死んだ。


 腹上死、ならぬオナホ死。


「お前がやったのか」


 返事はなかった。オナホなので当然だった。


 俺は、固定具と椅子との間にオナホを生み出す。バチンと、固定具が吹き飛ばされていった。


 自由になり、死んだオークを見下ろす。


 血だまりのようになっていた白い液体はいつの間にか消えていた。


 透明になったのではない。カピカピになったのでもない。


 オナホが、しなびたイチモツの上に鎮座ちんざしている。


 その穴の中へと、最後の白濁液がちゅるりと飲みこまれていった――ように見えた。


「く、喰ってる……?」


 コイツは、精を、それどころか、魂とかそういうものを吸い取れるのか。


「と、とにかく」


 俺はその場から逃げだす。


 死体を発見した他のオークたちに見つからないために。






 オークの根城から脱出し、物陰でぜえぜえ息をつく。


「追っ手は――」


 ない。


 オークも。


 あの、ふにふにのオナホールも。


 ――手元に柔らかい感触がし、見れば、あのオナホールがあった。


 箱から取り出したみたいにピカピカのオナホ。あれだけ、オークに乱暴に扱われていたというのに、傷一つ裂け目一つなかった。


「やっぱり、コイツを生み出せるのか……」


 オナホを見つめる。


 アワビのような開口部は、テラテラと輝いているようにも見えて、淫靡いんび


 恐ろしさ半分、好奇心半分。


 真実の口に腕を突っこむみたいに、指を入れてみる。


 食われる、ということはない。


 ただ、柔らかな感触が伝わってくるだけ。


 さっきはコイツがオークを殺したと思った。


 だが、このやわらかなオナホ―ルごときがそんなことができるわけもない。


「さっきのも、何かの気のせいだよな……?」


 オナホは返事しない。


 砦の方で、怒号が上がる。


 オークたちが仲間の無残な死体を発見したらしい。


 俺は、恥も外聞もなく街へと駆け出した。

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