第2話

 ニアは目の前に映る光景に目を疑った。

そこにはいるはずのない。否、いて欲しくないと心から願った存在がいたからだ。

「なんで…何でお前がここにいるんだよ!!!」

先程まで頭の中にあった全てのことが消え去り、ニアは”何か”へそう叫んだ。

「…」

“何か”はニアの叫びに返事をすることなく、ただ静かに辺りを見回していた。

「こっちを見ろ!!」

ニアは”何か”へ再び声を荒げると、先ほどの言葉が聞こえていなかったかのようにニアを見つめ、気味の悪い笑みを浮かべた。

「…ぁ。…ア?あアァァ」

“何か”はそのまま言葉とは言えない声を漏らし、体をぐにゃぐにゃと曲げ始めた。そして

「これ、で、聞こえル?」

と、まるで少しだけ勉強をした言語を話すかのようにニアへそう問いかけた。

その声は聞くだけで全身の鳥肌が立ち、嫌悪感を抱くような声で、ニアもまた、目の前の”それ”が放った声に嫌悪感を隠せずにいた。

「ふざけるな。俺達の、人間の言葉をお前ごときが喋るんじゃねえ」

怒りを隠すことなくそう”何か”へ吐き捨てるニアは、そのまま片手を”何か”へとかざした。そして

「スキア」

足で地を踏み鳴らし、ニアがそう呟いた瞬間、”何か”は瞬きをするよりも早く、無数の影に飲み込まれた。

「スキア…?なるほド、いいね」

「…っ!?」

先ほどよりも悠長に言葉を喋るようになった”何か”は、まるで空気の膜でも破るかのようにいとも簡単に影を切り裂き、そう言った。

「スキア…スキア。いい響きだ。ちょうどナマエが欲しいと思っテいたところだったんだ」

淡々と、感情の一つも感じられない声で”何か”は続けた。

「人の子よ。今から私のことはスキアと呼んでください」

わずかばかりの違和感を残し、もはやただの人間と遜色のない話し方をし、スキアはそう言った。

「そうか。なら覚えておいてやるよ。慢心をしたが故に無様に死んだ奴の名前としてな」

無傷のスキアへ追撃の準備をしながらニアは挑発にも近い発言をとった。

「君に私が殺せると本気で思いますか??」

「できないと思うか?」

「ならなぜ君の国は滅んだのですか?」

私を殺せる力がありながら国が滅んだのはなぜか、

スキアは理解できないと言うふうに頭を傾け、ただ単純に思っただけのことを聞いた。

「違う。これはお前が殺したみんなの力だ。お前が殺したたった一人の少女の力だ。」

「んん…??」

「その力でお前を殺すんだ」

ニアはそう言うと、手を前へ突き出しぐっと握り締めただ一言、こう呟いた。

「クロノス」

瞬間、あたり一体。否、世界の全てが色を変えた。

この世界に生きるすべての静は止へ。

「…これが命をかけてくれたみんなへの手向だ」

一歩、また一歩と、ゆっくりと。だがその一歩に思いを馳せながらニアはスキアへと歩いてゆく。

「これで終わらせる。お前が殺した全ての人たちの思いを知れ」

スキアの頭へと手を当て、全てを終わらせようとした時、一つの声が聞こえた。

「これは…時間停止ですか」

「なっ…!?」

咄嗟に手を離してしまった一瞬に、お返しと言わんばりにスキアはニアの手を掴んだ。

「おや、驚きましたか?嬉しいですね」

「…何をした」

嬉々として、だがやはり感情を含まない声色でそう話すスキアに片手を封じられながらも、ニアは決して負ける気はないとした瞳でそう問いかける。

「少し細工をしたんですよ。あなたが何かを狙っていることはとっくにわかっていましたから」

そう言うと、スキアは自らの体に腕を入れ、一本の木の枝を見せた。

「これはユグドラシルという神樹の枝です。見た目が気に入ったので持ってきていたのですが、思わぬところで運に恵まれましたね」

「ユグドラシル…それの力か」

「その様ですね。おかげで助かりました」

「なら、その効果があるのもそれを握ってる間だけだろ。この距離なら届く」

片手を封じられたことで、もはやニアの攻撃は図らずともスキアへと当たるほどへと接近していた。

「その枝、もらうぞ」

勝ちを確信したようにそう言うと、スキアの手へと自分の手を被せ、再び呟いた。

「ハイド」

その瞬間スキアの手から枝が消え、かわりにニアの手の中から現れた。

枝はスキアから離れた。もう停止した時間の中で動くすべはない。ニアの勝利は決定されたかのように思えた。だが

「危なかったですね。危うくでした」

スキアはまだ動いていた。すでに枝はニアが持っているのにも関わらず、先ほどまでと同じように動いているのだ。

「なんでまだ動けるんだ」

「あぁ、やはり気に入ったものは手に入れるに限りますね」

驚きを隠せない様子のニアに、スキアは返事と呼べない返事をした。そして

自らの体に穴をあけ、自分がまだ動けることに驚いている少年に、答え合わせをした。

「ユグドラシルは大変綺麗でした。物の価値を分からなかった私でさえも見惚れてしまうほどに。なのでもらいました」

スキアの体の中には虹色に光る大きな樹がいくつもそびえ立っており、それら全てが大きいと言うにはあまりにも巨大なーー

「これがユグドラシルです。綺麗だと思いませんか?」

信じられない光景を見たと驚愕をするニアに、スキアは続けて言った

「その枝、綺麗でしょう。もうあまり綺麗ではないのですが、ぜひプレゼントしてあげましょう。そして」

鈍い音を立てながら腕を握りつぶすスキアに、ニアは思わず悲鳴をあげた。

そして、クロノスを支えていた腕がつぶされたことにより、時間は再び動き出し、世界に色が戻った。

「そして、私の勝ちです。せっかくですので…そうですね。あなたの力をもらうとしましょうか」

もはや戦いを続ける意味はないと言わんばかりにスキアはそう言うと、痛みを悶えているニアの頭へ手を置き、

「なるほど、初めて見るルイストですが、そんな使い方が…」

スキア興味を隠すことなく、ニアの力を奪い、そこに記されていたこれまでの記録を読み漁っていた。

スキアは記録を全て読み終わると、、一つの疑問を抱いた。

「おや、先ほど君が使ったクロノスというルイストですが、どこにも記録はありませんね。はて」

目当ての記録がなかったことを不思議に思うスキアに、息も絶え絶えながらニアは言った。

「当たり前だ。あのルイストは俺のものじゃない。お前が殺した人々が命と引き換えに俺は託してくれたものだ」

「なるほど。あなたの記録にないのはあなたのものではないから、と。では仕方ありませんね」

そう言うと、スキアはニアへと最後の言葉を伝えた。

「楽しかったですよ。ただ、私には遠く及びませんでしたが」

最後の言葉として称賛を伝えたスキアは、では。と、ニアへ手をかざし、この勝負は幕を下ろそうとしていた。しかし

「ちょっと待った!!」

そんな声が聞こえてきたのだ。声のする方へ視線を移すと、刀を持った少女が1人、足を震わせながらもスキアへと立ち向かっていた。

「子供ですか。残念ですが私はあなたのような戦いの経験がない方には…」

「その人」

「…??」

「その人から手を離して」

少女はまっすぐな眼差しで、ニアの腕を掴んでいる手を出せるように言った。だが

「仕方がありません。ゴミ拾いでもしてから帰りましょうか」

少女の方へと手を伸ばしたスキアはそう言った。

「待て…!やめろ!!!」

再び目の前で命が失われる光景を見たくないと、ニアは力一杯叫んだ。その時

「…なるほど。今はやめておきましょう」

不自然なほどに大人しく、スキアは少女から手をどかすと再び宙に浮いた。

「君の命を奪えなかったことは少々心残りではありますが…、きっとまた会えることでしょう」

そう言い終わると、スキアは出てきた割れ目へと立った。

次の瞬間割れ目は巻き戻るかのように自然なあるべき姿へ戻り、スキアがいた場所は完全に消えてしまった。

「やつは…?」

「あっ!大丈夫ですか…!あのなんかよくわかんないのは割れ目みたいなところから消えました。とりあえず今はもう安心してください」

肩で息をしながら目線を動かすこともままならないニアに、少女は起こったことを伝えた。

「とりあえずついてきてください。あなたがどこの誰かは分かりませんが、死にかけてる人を放っておくのは私の趣味ではありませんので」

少女はそういうと、男を背負い、森の方へと連れて行った。

道中、男は腕を掴まれ痛がったが、「我慢してください」と一蹴されたのだった。

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