Untitle
凍った雫
第1話
「ニア、逃げて…」
傷だらけの体の少女は自らを抱き抱える男へそう伝える。
「だめだ…!だってまだ…まだ俺は何も返せてないんだ」
声を震わせながら少女を抱き抱える男もまた、全身が傷だらけであり、少女を抱きしめる腕ですら、まともに動くことを拒んでいた。
「ねえニア…、私はあなたのことがずっと大好きだったわ」
虚な目で男を呼ぶ少女は、弱々しい声で愛の言葉を口にした。
「何言ってるんだ…生きるんだよ、俺たち2人で!これからもずっと!!」
「あなたは本当に、いつまでも変わらないんだから」
力のない笑いを声にし、少女は薄れゆく意識の中、最後の力を振り絞り声を出した。
「あなたはまだ生きなきゃいけない人。だからお願い、いつか、今よりももっと強くなったら…必ず、私を助けにきて」
「待て!待ってくれ…!だめだ、君を置いてなんて俺は…だめだ!!」
その瞬間、男へ激しい眠気と気だるさが押し寄せてきた。だが男はそれが何なのか知っていた。
「だめだ…」
その言葉を最後に、男は気を失った。
「499…500…!やっと終わった…」
とある森の中で一人の少女が刀の特訓をしていた。
少女は白い服を身に纏い、木刀を持ちながら毎日の日課である素振り500回を終え、疲れ果てながら苦労の終わりを口にした。
はぁはぁと疲れを身に感じながら空を見上げた時、見慣れた空はそこになかった
「なんだろう、あれ。人…?」
そこにはただ、見るだけでも寒気のするような”何か”がいた。
興味本位に”それ”を見つめる少女に気づいたように、”それ”は少女の方へ視線を動かした。
互いの視線が交わり、少女がそれを人だと認識した瞬間
「ひっ…!?」
少女はただ”それ”と目線を合わせただけだった。
だがその動作ひとつひとつが、自らを死へと導くものだと気付いてしまったのだ。
(やばいやばいやばいやばい…なにあれ…こわいよ先生助けて…)
少女はすぐさま木影へと姿を隠し、声を抑えるように深呼吸をした。
(逃げなきゃ…)
本能的に”何か”へ近づくことを死だと理解した少女は、反対の方向へ逃げようとしていた。だがその時少々は気付いてしまったのだ。”何か”から少しした荒野に、ボロボロに傷ついた人がいることに。
そして”何か”がその人に気付いていることに。
ニアは生きてしまった。命をかけて守ると誓った人を死なせた挙句、自らは命を拾い逃げてしまったのだ。
「なんで…共に生きるって約束したのに…」
涙に濡れるニアの心情はもはや言葉では言い表せないものであった。
「待っててくれ、アリス。今俺もそっちへ行く」
自らの心臓は手を置き、命を捨て去ろうとした時、一つの言葉がニアの脳裏によぎった
「いつか、今よりももっと強くなったら…必ず、私を助けにきて」
それは自らが守らなければならなかった人が最後にニアへと託した願いであった。その言葉がニアの心をギリギリのところで引き止めたのだ。
「…わかったよ、アリス。今よりも強くなって、必ず君を助けにいく」
先ほどまでと同じ弱々しく男はそう呟いた。だがそこはにはもう、死のうとする意思はなかった。
「ここは…」
男はそこで初めて、自らが荒野の真ん中にいることに気づいた。
あたりには何もなく、ただ一面に花が咲き誇っているだけだった。
「あれは…壁?」
そう呟く男の目線の先には、雲へとかかる勢いで立ち並んでいる巨大な壁があった。
「とにかくはやく人を見つけないと」
ボロボロの体で何とか立ち上がり、歩き出そうと足を踏み出した瞬間のことだった
雲よりもさらに上、太陽と重なるように空間が割れ、そしてそこからはーー
「なんで…何でお前がここにいるんだよ!!!」
喉が割れるように叫ぶニアの目線の先には、つい先ほど自らの最愛の人を手にかけた”何か”がいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます