第3話 厳しい訓練

訓練初日に教官が指示したことは訓練場の中をマラソン。

十キロ位の距離なら何とか走りきることができるだろうと、手ぬるい考えをしていたが、現実はそれほど甘くなかった。


朝に命令が下り、それから走り続けだが、いつまで経っても終わりの合図がない。


五キロ位までは訓練生の集団の最後尾と一緒に走ることができた。

しかし、それ以降は段々と遅れ始め、最終的には走る体力もなくなり、重い体を引きずって歩くしかできなくなった。


そんな俺を他の訓練生達が簡単に追い抜いて、何度も周回遅れにして走り去っていく。


この世界の人族って体力が化け物か!

どうして、そんなに走れるだよ!


とうとう歩けなくなって立ち止まってフラフラしていると、教官が走ってきて、俺の尻を盛大に蹴り上げた。


その勢いに負けて地面に転がると、教官が背中から俺を踏みつける。


「おら! まだ寝るには早いぞ! 意識のある間は走り続けろ!」


「無理だって! 休憩もナシに走り続けられるわけないだろ!」


「教官に歯向かったな! お前は特別に、夜まで走らせてやろう!」


俺の言葉に、教官はニヤリと笑って脇腹を蹴飛ばす。

強烈な衝撃で、呼吸が苦しい。


ここは日本の学校の授業ではなく、異世界の軍隊の訓練なのだ。

日本の常識など通用するはずがない。

教官に歯向かったのが間違いだった。


俺は横腹に手を当てながら、ヨロヨロと立ち上がり、痛みを堪えて歩き始める。

その隣を教官が付き添うように歩いてくる。


しかし、それは俺を助けるたけではなく、俺が立ち止まると尻を蹴るためだった。


何度も歩けなくなっては地面に倒れ、そしてまた歩くを繰り返し、とうとう俺は体力の限界を迎えて、意識を手放した。


すると突然、顔に大量の水をぶっかけられた。

それに驚いて目を開けると、教官がニヤニヤと笑っている。


「簡単に楽にはさせねーからな。意識が飛んだらいつもで目を覚まさせてやるよ」


うー、この教官、完全に俺を玩具にして楽しんでるよ!

文句を一言でも返したいが、疲れすぎて口を開く元気もない!


ゼイゼイと荒い息を繰り返し、なんとか立ち上がって歩きはじめると、教官が俺の横で話を始めた。


「これぐらいの運動で倒れていたら、魔層森郡の魔獣と戦ったら、お前は確実に死ぬことになる。そうはなりたくなかったら、必死に走り続けろ。最後に自分を助けてくれるのは自分しかいねーんだぞ」


そんなことはわかってると悪態をつきたいが、もう話す気力もない。


息も絶え絶えで歩き続ける俺の隣で、教官は話し続ける。

そのおかげで、この教官のことが色々とわかってきた。


教官の名はオルト伍長。

男爵家の次男坊で、年齢は二十五歳。


既に徴兵期間は過ぎているが、貴族の次男だから家を継ぐこともできず、庶民よりも高給であることが理由で、退役せずに軍隊にいるという。


オルト伍長の話では、軍隊は名誉職でもあるので、下級貴族の子息の間では、軍に残って働き続けることは珍しくないらしい。


そんな話を聞いていたのだが、段々と意識が薄れてきて地面に転げ倒れる。

するとオルト伍長が俺の顔を覗き込み、笑みで頬を歪ませる。


「寝かさねーよ。意識を失ったら、また水をぶっかけてやるからな」


さっきは死なないために訓練しているみたいなことを言ってたけどさ!

やっぱりこの人は超S気で、俺をいたぶって遊んでるだけだろ!


今更だけど、とんでもない世界に来ちゃったよな。

ラノベ小説なら、ここでお助けチートが現れて、俺を助けてくれるのでは?


息を整えた俺は、ノロノロと立ち上がり、足を引きずって歩き始める。

すると、もう放置してくれればいいのに、オルト伍長は俺の隣を楽しそうに付いてきた。

しばらく二人で歩いていると、おもむろに伍長が前を走る訓練兵を指差す。


「そろそろいい塩梅に意識が朦朧としてきただろ。その状態で目の前の走っている連中を見てみろ。何か違和感を感じないか?」


「え?」


いきなりの質問に驚いて、訓練兵へ視線を向けるが、違和感らしいモノは見つからない。

するとオルト伍長は言葉を付け加える。


「体の輪郭に意識を集中してみろ。そうすれば連中の体を覆うように靄のような何かが見えないか?」


「薄っすらと白いモノが体から出ているような?」


「そうだ。あの靄のようなモノは、体から発せられる生命エネルギー、オーラというものだ。オーラの別の名を体内魔力ともいう。それが体の中で循環を始めると、靄のようになって体の表面から溢れてくるようになる。それを今、お前は知覚できるようになったわけだ」


「オーラ? それが体の中で循環するとどうなるんだ? 意味がわかんねーよ!」


「簡単に言えば、奴等は体内の魔力を利用して身体を強化している。だから庶民が考えるよりも、長時間の運動にも耐えて走り続けられてるんだ」


「それってイカサマだろ! やってられるかー!」


俺は思わず大声を張り上げて、地面に倒れ込んで、大の字に仰向けになった。

乏しい体力を使い果たすまで走っていたのに、他の訓練生は身体を強化していたなんて。

何も知らなかった俺がバカみたいじゃないか。


遠くまで晴れ渡る空を見ていると、オルト伍長がまた顔を覗き込んでくる。


「そう文句を言うな。エリナ少尉からお前のことを少しだけ聞いている。どうやら常識に疎いらしいな。この世界で戦って生き残るためには、オーラを知覚する技術は必須だ」


「それなら座学で教えればいいだろ」


「こればかりは口で説明しても視えるようにはならない。体が極限状態になって初めてオーラを知覚する感覚を掴めるようになる。だから体でわからせるのが一番早いのさ」


そういえば俺がイアン伍長にボコボコにされた時、エリナ少尉が体の傷を癒してくれたよな?

その時に彼女の体を白い靄が覆っていたけど、あれがオーラだったのか。


「というわけで、オーラが視えるようになったお前は、今日のところは合格だ。それと一つ忠告してやる。上官に口答えをするな。命令にはイエッサーだけでいい。ゆっくりと休め」


イアン伍長は凄みのある笑みを浮かべると、拳を握りしめ、俺の鳩尾へ強烈な一発を放つ。

その途端、衝撃が体全身を貫き、俺は一瞬のうちに意識を暗転させた。


くそ……脳筋め!……いつか仕返ししてやるからな!

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