第2話 一難去ってまた一難

拷問を受けて気絶していたが、傍で言い争いをする声が届いて、段々と意識がハッキリとしてくる。

おかげで体中にできた傷の痛みが戻ってきて、たまらず薄目を開ける。

すると目の前でエリナ少尉が金髪男を詰問していた。


「この男性のことは私が取り調べるって言っておいたわよね。それなのにどうしてイアン伍長が尋問しているの? それに彼が我が王国からの脱国者か、他国からの密偵かも不明なのに、拷問するなんて明らかに越権行為だわ」


「それは誤解だな。私はただエリナの負担を減らそうとしただけだ。。それに、この男はリスラティア王国の者ではない。本人が日本という国から来たと何度も言っているからな。わかっていることは、この男が他国から我が王国に潜り込んできたという事実。それならば諜報員と疑われても仕方いだろう」


「それを判断するのは少尉である私の仕事よ。イアン伍長、あなたは私の部下なのだから、指示に従いなさい」


「我がアウザット伯爵家とロレイア伯爵家は貴族として同格のはず。エリナの命令に従うつもりはない」


「軍では私のほうが階級が上よ。軍の序列を遵守しなさい」


「今日のところは引いてやろう。しかし私が昇格したらエリナ、お前をアゴで使ってやるからな」


イアン伍長と呼ばれる男はニヤニヤと笑い、兵士二名を連れて牢から出ていった。

その後ろ姿を見送った後、エリナ少尉が手枷を外してくれて、俺は地面にドサリと倒れ伏す。


体中の傷がズキズキと痛み、体が思うように動かない。

そんな俺を気遣うように、エリナ少尉は跪いて、俺の体に手を添え、何やら口の中で呟く。

すると体の周囲に白いオーラが現れ、彼女の手の平から温かい何かが伝わってきた。

彼女にされるがまま、動かずにジッとしていると、体の痛みが段々と薄れていく。


しばらくするとエリナ少尉がポンポンと両手を叩いた。


「大きな傷は治したから、もう大丈夫のはずよ」


「あ……ありがとう」


ゆっくりと胡坐を組み、体中を見回してみると、破れた服の隙間から既に塞がった傷跡が見る。

もしかすると、これって魔法のヒールのようなものだろうか?


不思議そうな表情を浮かべる俺の様子に、エリナ少尉はクスっと笑って隣に座る。


「部下がすまないことをしたわね。私は強制的な尋問はしないわ。だから君に何が起こったのか、素直に全てを話てほしいの」


さっきもイアン伍長に全てを話したけどな。


しかし、日本に住んでいて、いきなり異世界転移したと言っても、意味が通じるとは思えない。


簡単な嘘を羅列してもすぐにバレてしまうだろうし、この状況から脱するためには、彼女を信じるしかないよな。


「荒唐無稽に聞こえるかもしれないけど、それでもいいなら話すよ」


「どんな内容であっても素直に聞くわ」


俺は日本の某所に住んでいたこと、両親や妹との楽しい毎日?

高校での生活、日常のあれやこれや、思うままに話した。

そして、この世界に転移した経緯を説明する。


話を聞き終わったエリナ少尉は、アゴに手を当てて悩ましい表情を浮かべる。


「ではレンは偶然この世界へ転生したっていうの? ではこちらの世界のことも、この王国のことも全く知らないということね」


「ああ、その通りだ。それで俺の処遇はどうなるんだ?」


「こんな話、軍の上層部に説明しても理解してもらえるはずがないわ。レンのことは当分の間、私預かりということにしましょう。では改めて、この世界とリスラティア王国について説明するわね」


彼女はニコリと笑い、話始めた。


この世界はイシュタル世界といい、やはりラノベ小説の物語のような剣と魔法、それに人族、亜人、魔族などが住む、魔獣が闊歩する世界だった。


エリナ少尉達が住むリスラティア王国は、ラーファ大陸の東の端に位置し、大陸の中央部には魔層森郡と呼ばれ、魔素が濃く、強力な魔獣達が住む未開の森が広がっているという。


そして魔層森郡の森からは常に魔獣達が王国に攻めてくるため、このレントの街で国境を防衛しているらしい。


リスラティア王国は人族至上主義の王国で、十五歳で成人とみなし、それと同時期に徴兵され、男女問わずに五年間の兵役を課せられるらしい。

そして一年間の訓練を終えた者は兵として軍に所属することになるという。


リスラティア王国軍は右翼軍、中央軍、左翼軍と三つに分かれており、 中央軍はリスラティア王国の王都リステンを警護し、右翼軍と左翼軍はそれぞれに魔層森郡との国境を防衛しているのだそうだ。

そして右翼軍は七つの大隊に分かれ、それぞれの中隊は百人ほどで構成され、小隊は三十人ほどの規模という。


先ほどのイアン伍長は、十人編成の分隊長を務めているとか。


エリナ少尉は軍に入隊して三年目のベテランで、年齢は俺と同じ十八歳だという。


平和ボケした日本で暮らしていた俺からすると、毎日が戦争状態なんて考えられない世界だ。


彼女の説明では、俺の身柄は彼女が預かることになるだろうから、俺も訓練を受け軍に所属することになるという。


今まで激しい喧嘩もしたことがない俺が、命がけで魔獣と戦うなんて、怖すぎるんですけど。


しかし、まだリスラティア王国のことを何も知らないし、彼女以外に頼れる人もいない。


俺は内心で諦めて、この場の流れに身を任せることにした。


どうせ魔獣と戦うなら、チート能力で魔獣を狩りまくる冒険者がよかったな……


ちなみにエリナ少尉へ冒険者について質問してみたが、そのような職業はないし、冒険者ギルドも存在しないようだ。


魔獣から取れる素材や魔石は貴重な国の財源になるそうで、どうして荒くれ者達に、その利権や富を独占させる必要があるのかと、彼女は不思議そうに首を傾ける。


俺の説明を全て信じたわけではなさそうだけど、ようやく他国からの密偵ではないと疑いも晴れ、牢から出ることになった。

そしてエリナ少尉が軍の隊長連中と話し合っている間、俺は一階の個室で待機することに。


しばらく待っていると、エリナ少尉が部屋に現れ、先に話していた通り、俺の身柄は彼女が預かることになった。


この軍の駐屯地の裏側には大きな訓練所があり、それと併設するように兵士達が暮ら宿舎が建てられている。


その一室を割り当てられた俺は、明日から正式にリスラティア王国、右翼軍第七大隊、第四中隊、第三小隊所属の兵士見習いとして、訓練兵に混じって特訓を受けることとなった。


朝早くに食堂で朝食を済ませ、訓練服に着替えて、定刻前に訓練場に向かうと、大勢の訓練生が既に整列している。


その列の後ろに慌てて並んで前を見ると、ニヤニヤと笑みを浮かべる指導教官と目が合った。


「これで全員が揃ったようだな。それでは挨拶替わりに軽い運動でもしてもらおうか。とりあえず訓練上の中をマラソンだ。俺が終わりというまで走り続けろ。それができたら十五分の休憩をやろう」


はい、出ましたシゴキ教官!

いくらなんでもテンプレ展開すぎるだろ!

激しい運動には適度に休憩を挟まないと倒れる危険性があるんだぞ!

何でも精神論で突き通せると思ってるのか!

もっと合理的に考えろよ!


半分白目になりながら、ぶつぶつと心の中で文句をいう。

しかし、決して口には出さない。

昔、ミリタリー系の動画を観て、軍隊では上官に逆らうと酷い目に遭うことは知っているからな。


それにしても平和ボケした日本の高校生、それも運動が苦手だった俺が、軍隊の訓練を受けることになるとは思ってもみなかったな。


ということで、苛酷な日々が始まった。

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