第五話 陽菜子のある言葉に込められた意味

 「隼君の新しいサッカーウェア、買いに行こうか」



 山取ショッピングモールの自動ドアをくぐると同時に、陽菜子が隼にそう話す。



 「え、いいんですか…。なんだか、申し訳ないです…」


 「いいの。言ったでしょ?『三ヶ月間、私が隼君のお姉ちゃん』って。遠慮することないよ」



 陽菜子は笑顔で隼の言葉に応える。


 隼は「ありがとうございます」と頭を下げる。しかし、その表情には申し訳なさが残っていた。



 「嬉しいけど、なんだか申し訳ないな…」



 陽菜子は隼が漏らした言葉を聞き逃さなかった。店内の隅で一度立ち止まる二人。そして、陽菜子は隼の頭にやさしく右掌を乗せる。


 言葉は掛けずに。いや、心で隼に言葉を掛けた。


 その言葉を受け取ったかのように俯いていた隼は顔を上げる。そして、改めて自身の口からお礼を伝えた。



 

 「いらっしゃいませ」



 二人はエスカレーターで三階まで上がり、スポーツショップへ。



 「サッカーウェアは…」



 店内を見渡しながら売り場を進む二人。


 しばらくして。



 「あ、あった、あった」



 サッカーウェアコーナーに到着。ハンガーに掛けられたサッカーウェアを手に取り、肌触りなどを確かめる隼。


 あれもいいな、これもいいな。そう言うように一着ずつサッカーウェアを手に取る。


 しばらくして。


 

 「あ、これ…」



 隼はあるサッカーウェアを見つけると、手が止まる。右手の指先には青いサッカーウェア。


 隼の好きな色だった。



 「いいな…!」



 隼はそう呟くと、そのサッカーウェアを肌触りとサイズを確かめる。



 「うん。いい感じ…!」



 笑顔の隼。


 彼の姿を見て、陽菜子は微笑むと、かごを隼の隼の目の前へ。


 陽菜子へ視線を向ける隼。



 「これにしてもいいですか?少し高いですけど…」



 陽菜子は何も言わず、バッグから財布を取り出す。そして、再び心で隼に言葉を掛ける。


 彼女の言葉を受け取り、隼はお礼を伝える。


 陽菜子は微笑むと、小さく頷く。



 「安いもんだよ。このくらい」



 そしてそう言葉を掛け、ゆっくりとレジへ歩を進めていった。




 

 「ありがとうございました」



 二人はスポーツショップを出て、山取ショッピングモール内を歩く。


 隼は右手に青いサッカーウェアが入った袋を提げる。



 「ありがとうございます。陽菜子さん」


 「礼には及ばないよ」



 隼の言葉に笑顔で応え、財布をバッグへ入れる陽菜子。


 

 「頑張ってほしいもん、中総体。弟を応援するのは、姉として当然のこと」



 そう続けた陽菜子の横顔は隼の目には本当の「姉」のように映っていた。


 

 「練習、頑張るんだよ?」



 陽菜子はやさしい表情で隼に言葉を掛ける。


 隼は気を引き締めるように口を真一文字に結び、頷く。


 それからすぐ。



 「はい」



 中総体での躍進を誓うように、力強さの伝わる声でそう応えた。





 その後、二人はアパレルショップへ足を運び、隼の服を選ぶ。隼は陽菜子が手に取ったアウターを鏡の前で合わせる。


 

 「これなんかいいんじゃない?」


 「あ、いいですね!」



 陽菜子は咲苗と同じ、アパレル会社に勤めていることもあってか、隼に似合いそうな服を次々と手に取る。


 隼は鏡の前で合わせた服が自分に合うことに気付く。



 「凄いですね、陽菜子さん。今まで、自分に似合う服の色なんてよく分かってなくて…」


 「意外と分からないよね。自分に一番似合う色って。私も中学生の時はそうだった」



 笑みを浮かべる陽菜子。


 

 「隼君はね、青系の色が似合うよ。サッカーウェアと同じ感じのね」



 それからすぐ、陽菜子はもう一着の上着を手に取る。


 その色は青色。


 鏡の前で合わせる隼。



 「いいですね!」



 笑顔の隼の表情に、陽菜子は嬉しそうに口元を緩めた。




 「ありがとうございました」



 二人はアパレルショップを出て、言葉を交わしながら歩く。



 「隼君は好きな子いるの?」


 「え…。ま、まあ…。いるにはいるんですけど…」


 「どんな子?」


 「クラスメイトのミディアムヘアーの女の子で。凄く優しいんです」


 「へえ…!」


 「でも、他にもいいなあって思う人がいて…」


 「え、誰?」



 興味津々の陽菜子。


 隼は陽菜子の表情を見て、その相手が誰なのかを話すことを躊躇ためらう。


 何故なら…。



 「詳しくは話せないですけど、年上の人です」



 隼はそう答えると、どこか照れた表情で正面を見つめる。



 「年上の人かあ…。近所に住む女の子とか?」


 「ま、まあ…。そんな感じの人です」



 隼が答えると、小さく数回頷く陽菜子。


 そして、更に尋ねる。


 

 「どっちが好き?クラスメイトの子と年上の子」



 隼にとっては究極の質問。


 自分はどちらが好きなのだろうかと心で自身に問う隼。その答えはなかなか出ず、唸るような声を出す。



 「相当悩んでるね」


 「かなり難しいです」



 苦笑いを浮かべる隼。


 

 実際、隼の話す「年上の人」は…。


 

 「すぐ近くに…」



 隼がそう呟くと同時に、陽菜子が言う。


 

 「まあ、じっくり考えなよ。本当に好きなのは誰なのか。急ぐことはないと思うよ。それに、これから多くの人と会う。その中で『この人だ!』って思える人が現れると思うから」



 隼は陽菜子の言葉に少し遅れて頷く。



 彼女の言葉にある意味が込められていることに気付くことなく。

 

 

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Summer story ~三ヶ月限定のお姉ちゃん~ Wildvogel @aim3

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