第三話 二人での最初の夜

 「ありがとう。重かったでしょ?袋」


 「いえ。このくらい軽いもんです」



 陽菜子の言葉に笑顔で答え、二つの袋をテーブルへゆっくりと置く隼。


 

 「じゃ、今から作るね。できるまでゆっくりしてて」



 陽菜子は隼にそう伝えると、袋に詰められた食材を冷蔵庫へ入れ始める。


 隼は「はい」と応えると、スライド式のドアを開け、寝室となる部屋へ入る。視線の先には、机と椅子。左を向くと、大きな窓。


 夕方の光が差し込む部屋を見渡す隼。すると、部屋に下げられているカレンダーに目が留まる。


 隼の足は無意識のうちにカレンダーの前へ。そして、カレンダーを捲ると、ある月で手が止まる。


 その月は。



 「三ヶ月…」



 そう言葉を漏らした隼の目に映ったのは八月のカレンダー。この日は五月二十七日。咲苗が応援から戻るのは八月三十一日の予定。


 三ヶ月と少し。


 

 「もしかしたら延長になるかもしれないし、短縮されるかもしれない…」



 それは、咲苗が応援で赴く店舗の状況次第。

 

 隼の視線はキッチンの方向へ。


 

 「陽菜子さんと…」



 その先の言葉を心で発すると、隼はどこか複雑な気持ちの窺える表情を浮かべた。




 午後六時十七分。



 「できたよ!」



 陽菜子の声に隼は駆け出すように寝室を出る。



 ダイニングテーブルの上には皿に盛られたデミグラスソースのハンバーグ。



 「美味しそう…!」



 隼はしばらく香りを堪能し、椅子へ腰掛ける。それからすぐ、陽菜子が皿に持ったライスをテーブルへゆっくりと置く。


 

 「料理には自信があるの」



 笑みを浮かべた陽菜子はキッチンへ戻り、スープを器へよそう。そして、再びダイニングへ。


 スープをよそった器を置き、陽菜子は椅子へ腰掛ける。



 「喜んでもらえるといいなあ」



 視線をテーブルへ向け、呟くように言葉を発する。


 それからすぐ、陽菜子の視線は隼へ。


 その瞬間、隼の頬が赤みを帯びる。そして僅かだが、鼓動が高鳴る感覚を覚える。


 

 「そんなつもりはないのに…」



 僅かに顔を俯け、そう言葉を発するように口を動かす隼。

 

 それからすぐ、ハンバーグの美味しそうな匂いに誘われるように顔を上げる。


 目に映るのはやさしく微笑む陽菜子。


 三ヶ月限定の隼のお姉ちゃん。


 

 複数の感情が心で交錯し、再び僅かに顔を俯けると、寝室にいた時の表情を浮かべる隼。


 すると。



 「やっぱり、寂しい?咲苗がいないと…」



 陽菜子の声。


 隼は彼女の声で顔をゆっくりと上げる。目に映るのは心配そうな表情で隼を見つめる陽菜子。


 

 「そうだよね…。ずっと、咲苗にべったりだったって聞いて…。そりゃ、寂しいよね…。でもね、私は私なりの方法で隼君を笑顔にしたい。勉強とサッカーに集中できる環境を作りたい。そして、咲苗の代わり最後まで全うしたい。そう思ってるの…」



 その言葉からすぐ、真剣な表情で隼の目を見つめる陽菜子。



 「隼君が咲苗の元へ戻るまで、私がお姉ちゃん。何かあったら私が隼君を守る。人を預かってるんだもん。私には預かってる人を守る義務がある。だからこそ…!」



 続く陽菜子の言葉が隼の心へ徐々に浸み込んでいく。それは、陽菜子からの愛情を受け取った瞬間。


 恋とは違う愛情。


 家族同然の愛を。



 「大袈裟に聞こえたかもしれないけど、これは本心だよ」



 陽菜子はやさしく微笑むと、小さく頷く。



 「食べようか」



 やさしい陽菜子の声に隼はゆっくりと頷く。



 「はい」



 二人は手を合わせる。


 そして。



 「いただきます」



 声を合わせた。




 「美味しい…!」




 美味しそうにハンバーグを頬張る隼。その姿は無邪気な少年そのもの。


 陽菜子は一度フォークを置く。そして頬杖をつき、微笑みながらしばらく隼の姿を見つめた。



 


 「ごちそうさまでした!」



 食事を済ませた隼はとても幸せそうな表情を浮かべ、手を合わせる。


 陽菜子は皿を見つめ、笑顔を浮かべる。


 隼は完食。



 「美味しかったです!」


 「嬉しい!よかった、喜んでもらえて」



 しばらく言葉を交わし、陽菜子は食器洗いでキッチンへ。


 

 「お風呂、沸かしてあるからね」



 その言葉と同時に、流しへ食器を置いた陽菜子。


 

 「はい。ありがとうございます」



 隼がお礼を伝えると、陽菜子は微笑みながら彼を見つめ、小さく頷く。そして、水を出し、食器を洗い始めた。




 八時七分。


 入浴を済ませた隼は寝室へ入り、押し入れから布団を取り出し、敷く。



 「よし…。と」



 隼は布団を見つめ、小さく頷くと、椅子へ腰掛ける。ふと天井へ視線を向けると、咲苗の顔が頭の中に浮かぶ。


 一瞬、寂しげな表情を浮かべるが、すぐに笑顔へと変わる。



 「お姉ちゃん。俺なら大丈夫。陽菜子さんの元でお世話になりながら全国を目指すよ…!」



 その言葉からすぐ、隼の視線は窓へ。そして、咲苗に言葉を届けるように、こう声を発する。



 「頑張るからね…!」





 午後十時三十分過ぎ。


 新しい環境でなかなか寝付けない隼。何とか眠りに就こうと目を閉じるが、状況は変わらず。


 しばらくして、ドアの隙間から僅かな明かりが。その瞬間、隼はダイニングへ背を向けるように寝返りを打つ。


 すると、どこか心が安らぐ感覚を覚える隼。


 そして、徐々に眠りへ就いていく。


 目を閉じてから一分半後。



 「何も心配いらないからね…!」



 子守歌のような陽菜子のやさしい声に頷くような動きを見せ、隼は深い眠りに就いた。

 

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