RE:AI World

アスパラガッソ

第1話 ~Hello World~

『昨夜午後10時頃、東京都西新宿駅構内で不具合が発生しました。政府は不具合対処部隊、通称デバッカーを現場に派遣し、被害者の有無については確認中だそうです。これにより一部の公共交通機関などの利用などが出来なくなっています。通勤通学の際―――』


「バグバグバグバグ!…………最近はあちこちバグだらけでまったく、こっちの頭までバグりそうだ」


「はぁ、仕方ないさ。俺たちデバッカーはこの世界を一律に保たないといけない、そんな理念の中だと、日常の少しのバグも見逃してはならないんだ」


「それは大河たいが、お前の理念だろ?俺の理念は早寝早起き二度寝なんだ、なのに最近は一睡もできていない……これがどれだけヤバいか、お前には理解できないだろうなぁ」


みねの理念は理解出来るが、残念ながら仕事はやらないといけない……それにこれは俺の理念じゃない、俺たちが所属している会社の理念だ。つまるところ、俺たちは会社に所属している限り、その理念を無視してはいけないんだよ」


 大河は峰に対してそう説くが、その話を聞いても峰の態度は変わらない、終いにはデバッカーとしての仕事を辞めるなどと言い出す始末、それに大河はすっかり呆れ白色のバンを運転するのに集中し始めた。


 だが峰の口は止まらない、まるで蛇口が壊れた水道のように溢れ出る言葉は、大河の集中を乱すにはあまりにも十分過ぎた。


 そうして言葉の滝行を敢行した大河は、問題の目的地に到着したのだった。


「はぁあ、やっと着いた。ん~疲れた……」


「峰。俺から言えるのは、そうだな……もう少し仕事は選んだ方が良い。そうだ!次の仕事はラジオパーソナリティをやると良い、きっと天職だぞ」


「ふん、ラジオパーソナリティが世界にどんな影響を与えるって言うんだ」


「深夜一人で外回りしてるどこかのお喋りデバッカーの相棒の心を癒してくれる」


 駅の構内へ繋がる通路を塞ぐように敷かれたイエローテープを潜った先で、峰と大河は冗談を言い合っていると、奥から紺色のスーツを身に纏った小太りの男性が近付いて来た。


「おぉ、二人とも」


「林道所長、ご無沙汰しております。早速ですが現場は?」


「そうだな、一言で言うと…………いや、上手い言葉が見つからないな、実際に見てみると良い、きっとそこのお喋りも黙るだろう。そうだ、私は少し休ませてもらうよ、須藤に事は繋いである、何か分かったら彼に言ってくれ」


 長い間集中していたせいで林道の顔色は優れず、鼻筋をつまみ揉みながらイエローテープを潜って、奥に止めてある青色の車に向かって行った。


「良いなぁ」


「峰、準備は良いか?」


「…………」


「おい!」


「っはい!」


「まったく、しっかりしてくれ……現場では命を落とす可能性だってあるんだ」


「ソーリーソーリー、準備は出来てるって」


「バグはもう掃討されているようだから、あとは要所要所のバグホールを塞ぐ作業だ。だがまだバリアントが潜んでいるかもしれない、気を抜かずに行くよ」


 バグの形は大小形はさまざまで、今回西新宿駅に現れたバグは獣型を中心としたネストで、既に先遣隊が討伐を完了している。バグは倒されると粒子になり、再度それらの粒子が集まり再構成、バリアント化する可能性がある。そしてバリアント化した個体は通常の個体よりも強く、先遣隊5名でバグを一体討伐できるとすると、バリアント化した亜種個体は先遣隊10名で事に当たらないと、最悪の場合バグに取り込まれて犠牲者が出る可能性がある。そのため事前のバリアント化を防ぐために、先遣隊が散らかした粒子を掃除する部隊が、峰と大河が所属している東京第二支部不具合対処部隊洗浄隊第三部隊(洗三センサン)である。


 洗三は不具合対処部隊の中でも一際激務とされ、散らばった粒子をバグ測定器の既定の数値に下がるまで清掃をするが、時間が経ちこびり付いたものは中々落ちず、粒子なのでどんな隙間にも入り込むせいかかなりの集中力が必要になってくる。そしてバリアントがいつでも出現する状況なので、もちろん周囲の警戒も必要になってくる、そのため余計に集中力を使うのである。なので、洗浄部隊はある程度先遣隊で戦闘の経験を積んだベテランしかなれないという。峰と大河の二人は先遣隊に25歳の時に配属され、そこで10年先輩たちにみっちり戦闘のイロハを教わった過去があり、不具合対策部隊の中でも結構な地位を持つ。


「さて、今日中に終わるかな」


「峰、その考えはもうしないって前の仕事で言ってたろ?」


「でもさぁ、やっぱ考えちまうよ」


「駅構内を埋め尽くす粒子の塊を見ただろ?あれを一日で終わらせられる隊員は西崎にしざき隊長しかいないよ」


「そうだよなぁ……ていうかずっと謎なんだよな、西崎隊長って俺たちと同じ装備使ってるだろ?でもなぜか洗浄するの速いんだよなぁ」


「ほら、今日中に終わらせるんだろ?無駄口を叩いていたら、終わる仕事も終わらないぞ。マスク被って黙って洗浄するぞ」


「ごもっとも、お前は正論しか話せないのか?」


 峰は相変わらず話し続けるが、大河は黙々と目の前の粒子をバグ性粒子を専用の機械で吸い込んでいく、そうして洗浄を続けて行く内に、入り口付近は粒子の毒々しい紫色から、無色透明に変わりつつあった。


「先遣隊、随分暴れたなぁ」


「そうだね、先遣隊には先遣隊の苦労があるのは知ってるけど、もう少し慎ましく戦闘してほしいよね。ほらこれ、さっきは自販機の上にバグの破片が乗ってた」


「俺たちの代はもう少し慎ましく戦ってたよなぁ」


「峰は相変わらずだったけ―――」


「静かにしろ…………」


 峰は前方から何かの気配を感じ、大河の口を塞ぎ横の通路に隠れた。


「ぷはっ、どうした?」


「いや、分からん。何かの気配を感じたんだ」


「バリアント?」


「そこまでは分からなかったが、とにかくヤバい感じがした」


「了解」


 峰の感はよく当たることを知っている大河は、今は峰の直感に従う方が良いと考え、引き続き身を潜めた。


「勘違いだったかもなぁ」


「そうだと良いが」


「よく気付けたね」


「たまた―――!?」


「誰だ!?」


 峰と大河が辺りを警戒していると、突然背後から女の声が聞こえ、それに反応して二人は前に飛び後ろを振り返ると、そこにはところどころ赤紫へ変色した身体を持つ女が立っていた。


「人型のバグか?」


「いや、赤紫ということはバリアント化してる…………」


「獣型のネストじゃなかったのか」


「あぁ、この身体は気にしないで……ただのアバターだから」


「人語を介すバグなんて聞いたことないし遭遇した事もない…………」


「そっか、キャラにアバターって言っても仕方ないか」


「さっきから何をッ!」


 突然の異常事態に峰は女に向かって問いかけるがその場にはもうおらず、またも後ろから声が聞こえた。


「ちょっと検査させてね」


 その声が後ろから聞こえた瞬間、峰が次に目を開けると紫色の空間に漂っていた。


「ここはどこだ?……というか俺は何を、そうだ!あの女に」


『そろそろアップデートをしないとな』


「誰だ!?」


『そうだな、最近はバグが目立ち始めている』


「誰なんだ!」


 峰は紫の空間に響き渡る男の声に向かって叫ぶが、それは無視を続ける。


『AIはちゃんと作動しているか?』


『ばっちりだ』


「AI?」


『データは取れたか?』


『うん!完璧に採れたよ。今回は特殊なデータを持って来たよ!峰君って言うんだけど』


「さっきの女の声!?というか俺のデータ?」


『シズクのお気に入りか、そういうのはほどほどにしておけ』


『え~だって私の推しAIだよ~』


「推しAI…………何のことだ?」


『あれ、そこに誰かいるの?』


 今まで蚊帳の外だった峰は、突如こちらに話しかけられた感覚がありビックリして上を見る。そこにはどこかの研究室のようなものが映っており、そこから峰をこの空間に送った張本人が覗いていた。


『あはっ峰君だ!こんにちは。博士、峰君の意識データを取った時に接続を切るの忘れてたせいで、峰君ここまで引っ張って来ちゃったかも』


『なに!そこにいるのか?と、とりあえず記憶処理をしておく、アップデートを開始するぞ!』


「あっ、待ってく――――」


『ふふっ……峰君、ハローワールド』


 その言葉を聞いて峰は再度意識が途切れたのだった。

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