第3話異世界の痕跡
リアとの奇妙な電話を終えた後も、クルスはしばらくスマホを見つめ続けていた。現実離れした出来事が今、まさにこのスマホを通じて自分に降りかかっている――その感覚にどこか呆然とし、まだ実感が湧かないでいる。
「……まさか、エルフの剣士?異世界?」
クルスはふと、電話履歴を確認してみたが、そこには「不明な番号」という文字さえ表示されていない。まるであの通話自体が夢だったかのように、何も残っていなかった。しかし、ふとホーム画面に戻ると、見覚えのないアイコンのフォルダが追加されているのに気づいた。
アイコンは、先ほどの着信に表示されたものと同じく、見たこともないルーン文字のような記号が刻まれていた。
「え、なんだこれ……?」
クルスは一瞬、自分のスマホにウイルスでも感染したのかと不安になったが、それでも好奇心に駆られてそのアイコンをタップしてみた。しかし、アプリが開く直前に、また見たこともないルーン文字の画面が表示され、何やらパスワードの入力を求められているらしい。
「パスワード?……なんだこれ、さっきのエルフの剣士が関係してる?」
ルーン文字らしき表示に戸惑いながらも、何を入力していいか見当もつかないため、ひとまず諦めてホーム画面に戻した。しかし、あの電話の残した痕跡――不可思議なフォルダは確かに存在しているのだ。
「……ただの夢じゃない、ってことか」
現実感を確かめるように自分に言い聞かせると、クルスはいつも通りの通学路を歩き始めた。今日もまた、いつものように友達と他愛もない会話を交わし、何気ない日常が過ぎていく。しかし、心の中にはどこかそわそわとした、言葉にできない感覚が残っていた。
学校に着くと、クルスは友人のタカシやリョウと合流した。ふざけ合いながら教室へ向かい、授業が始まるまでの間、いつものように雑談を楽しむ。
「そういえば、クルス。昨日も夜中までゲームやってたんだろ?」
タカシが冗談混じりに問いかけてくる。クルスは苦笑いを浮かべて肩をすくめる。
「いや、昨日はちょっと違うことがあってさ……」
「お、珍しいな!何か新しいアニメでも見始めたか?」
「まあ、そんな感じかもな……」
クルスは、あの電話のことを口にするのをためらった。どうせ信じてもらえないだろうし、自分でもまだ信じきれていない。異世界やエルフの剣士――そんなことを話したところで笑われるだけだろう。それでも、心の奥であの出来事が繰り返し頭に浮かんでくるのを止められなかった。
授業中も、クルスは時折スマホに目をやり、あの奇妙なフォルダのことが気にかかっていた。いつものようにノートを取りながらも、リアの言葉が何度も頭をよぎる。
「……誰か、助けて……」
あの切実な声は、単なるイタズラとは思えなかった。何か、とてつもない危険な状況にあるリアの姿が浮かび、彼女を放っておけない気持ちが湧き上がってくる。
昼休み、クルスはスマホを手に取り、再びあのフォルダをタップしてみた。相変わらず、ルーン文字のパスワード画面が表示されている。何度かパスワードを試みたが、当然ながら正解するはずもなく、やむなくスマホをポケットに戻した。
学校が終わり、クルスは友人たちと別れ、夕暮れの中一人で帰路に着く。どこかぼんやりとした気持ちのまま歩き、頭の中であの電話や不思議なフォルダのことを反芻していた。
「……これからどうすればいいんだろうな」
一人呟くと、ふと心の中に、リアの言葉が再び蘇る。「助けて」と訴える彼女の声が、自分に何かすべきことがあると伝えているように感じられる。
自分の進むべき道なんて、今まで何も考えてこなかった。でも、リアを助けるためにできることがあるなら――そう思うと、胸の中で何かが燃え上がるような感覚がした。
クルスはそっとスマホを取り出し、もう一度あのフォルダに目をやった。自分にはまだ、この謎を解く術はない。それでも、この異世界との繋がりをどこか信じたい自分がいるのを感じていた。
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