第2話異世界からの着信

その日も、クルスはいつものようにスマホをいじりながら帰り道を歩いていた。友達と別れ、一人の時間を楽しむひとときだ。何気なくSNSを眺めていると、不意にスマホが震え、画面には見たこともない、奇妙な「ルーン文字」のような番号が表示されていた。


「……何だこれ?番号が、文字化けでもしてるのか?」


クルスは眉をひそめつつも、好奇心から通話ボタンを押してみる。こんな番号からの着信は見たこともなく、勧誘やいたずらとも思えない。だが、スマホの向こうから聞こえてきたのは、予想もしなかった切迫した女性の声だった。


「た、助けてください……誰か、聞こえていますか……?」


クルスは一瞬、驚きに言葉を失うが、相手の声に感じる緊迫感に思わず返事をしてしまった。「え、聞こえますけど……誰ですか?」


「よかった……繋がった……!私はリアンナ、エルフの剣士です。今、巨大な熊の魔物に襲われていて、助けが必要なんです!」


「エルフ?剣士?何言ってるんだ……?」


冗談かと思いかけたクルスだったが、リアの声はただの演技やいたずらには思えないほど切実で、どこか異様な迫力があった。リアは、今まさに異世界で巨大な熊に追われていること、そして「遠くの人と会話するスキル」を偶然発動した結果、なぜかクルスのスマホに繋がったのだと説明した。


「とにかく!今すぐにでも助けが必要なんです!もう、あと少しで……!」


クルスはわけもわからないまま、しかしなぜか放っておけない気持ちが湧き上がり、「分かった、何とかするから、とりあえず落ち着いて」と言っていた。リアは焦りながらも、目の前に立ちはだかる魔物の様子を話し始める。


「大きな熊のような魔物で、牙を剥き出しにして、私を威嚇しています……」


「でっかい熊かよ……どうやって助ければいいんだ……」


クルスは焦りつつも、とっさにスマホで「熊 対処法」「襲われたときの対策」といったキーワードを検索し始めた。通常なら興味本位で見るような内容が、今や彼にとって「救命情報」と化していた。心臓が早鐘を打つのを感じつつ、必死で画面をスクロールしていく。


「まず絶対に背を向けず、熊に視線を合わせてゆっくり後退して。決して走っちゃダメだ。熊は逃げる相手を本能的に追いかけるから、ゆっくり動くんだ」


「視線を合わせて後退ですね……分かりました」


「それから、手を大きく広げて自分を大きく見せるといい。熊は自分より大きな相手と戦うのを避ける習性があるから、手を上げて『自分のほうが強い』とアピールするんだ」


リアはクルスの指示通り、背筋を伸ばして手を大きく広げ、威圧感を出しながら少しずつ後退していく。しかし、熊はなおも興味を失わない様子で低い唸り声を上げている。


「もし熊が突進してきたら、落ちている石や枝を熊の方向に投げて注意を逸らすのがいい。熊は鼻が敏感だから、顔に向けて何か投げるとひるむことがあるんだ」


リアは周りに転がっている石を手に取り、熊の顔を狙って投げつけた。熊は驚いて一瞬後ずさりし、怯んだように鼻を振った。


「それでも熊が向かってきたら、最後の手段で音を出して威嚇して。大声を出すか、枝を叩いて音を立てると熊は一瞬怯むことがあるから」


リアはクルスの言葉を聞き、近くの木の枝を持ち上げて、熊のほうに叩きつけるように地面に強く打ちつけた。大きな音に反応した熊が一瞬驚いたように後ずさりし、その隙にリアはさらに距離を取り、慎重に逃げ始めた。


「……助かった……!本当にありがとう」


リアの安堵の声がスマホ越しに聞こえ、クルスは心底ほっとした。「よかった、無事で……僕が役に立てるなんて、ちょっと信じられないけど、まあよかったよ」


「……あなたの名前は?」


「え?あ、クルス……」


「クルスさん、本当に感謝します。私はリアンナ・サリアスフィン。リアと呼んでください。もしまた困ったことがあれば、助けを求めてもいいですか?」


クルスは戸惑いつつも「まあ、また何かあれば電話して」と応じた。リアは安堵した様子で「ありがとう、クルス」と告げ、電話が切れた。


とても透き通った綺麗な声だった。


電話が終わると、クルスはしばらくスマホを見つめ続けた。今まで当たり前に思っていた日常が、この一瞬でどこか違って感じられた。それがどんな変化を意味するのか、クルスにはまだわからなかった。

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