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「何? そうきゅうの……きみ?」


 琴子が首を傾げた、そのとき、緑のもじゃもじゃの中からふたたび腕が伸びた。

 琴子は驚いて固まり、逃げることも、そしてその手から子どもを庇うこともできなかった。

 人のものとは明らかに違う、細く長いしなびた指で、異形は子どもの額に触れた。

 次の瞬間、あたたかな空気が子どもの全身を包んだ。

 ひだまりのような淡い光が、頭からつま先までをなぞるように流れ、そしてゆっくりと消えていく。


 わずかな時間だった。琴子は瞬きもせずに、息を止めて、自分の腕の中で起きている光景を見ていた。


「これでよい。しばらくすれば、すぐに力を取り戻す。と言っても、生きる最低限の力であるが」


 異形の指先が離れる。

 死んだように真っ白だった子どもの肌が、僅かに赤みを帯びていた。触れた温度もさきほどよりもあたたかい。確かに、生きているものの色と温度をしている。


「あんた……」


 琴子は緑の異形を見上げた。恐ろしげな姿かたちであるけれど、今向き合っているそれからは、一切の敵意を感じなかった。

 むしろこの子どもに対する、慈しみにも似た感情が、不思議と伝わってくる。


「今、治してくれたの? なんで?」

「当然だ。我はこの森の医術師である。我は医術師ユーグ。この森のすべての生命を護るもの」


 緑色の異形――ユーグは、もじゃもじゃの体毛の中へと腕をしまうと、巨木の根元、蔓の枯葉が転がる辺りを見回した。


「なんと見事な」

「医術師? ……ねえ、あんたなんなの? 人じゃ、ないよね」

「人のわけがあるか。我は森の眷族、魔物である」


 魔物、と、先ほども口にした言葉をユーグは放つ。


(漫画や映画でよく見る、あの、魔物のことを言っている?)


 そんなこと、信じられるわけがなかった……そう口にする生物が、化け物のような姿かたちをしていなければ。

 たとえば腕の中の子どもにそうと言われれば、琴子は鼻で笑っただろう。そんなもの存在するわけがないと。

 しかし、今はその言葉を否定する気はない。むしろ心から納得していた。なぜならば、魔物や妖怪の類でなければ、このように毛むくじゃらで宙に浮き、且つ人の言葉を喋る生き物の存在など、どう説明できるというのだろう。


(そうか。つまり“この場所”には、“そういうもの”が、存在しているということなのか)


 そんな馬鹿なと、琴子は思った。

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