-9-
「何? そうきゅうの……きみ?」
琴子が首を傾げた、そのとき、緑のもじゃもじゃの中からふたたび腕が伸びた。
琴子は驚いて固まり、逃げることも、そしてその手から子どもを庇うこともできなかった。
人のものとは明らかに違う、細く長いしなびた指で、異形は子どもの額に触れた。
次の瞬間、あたたかな空気が子どもの全身を包んだ。
ひだまりのような淡い光が、頭からつま先までをなぞるように流れ、そしてゆっくりと消えていく。
わずかな時間だった。琴子は瞬きもせずに、息を止めて、自分の腕の中で起きている光景を見ていた。
「これでよい。しばらくすれば、すぐに力を取り戻す。と言っても、生きる最低限の力であるが」
異形の指先が離れる。
死んだように真っ白だった子どもの肌が、僅かに赤みを帯びていた。触れた温度もさきほどよりもあたたかい。確かに、生きているものの色と温度をしている。
「あんた……」
琴子は緑の異形を見上げた。恐ろしげな姿かたちであるけれど、今向き合っているそれからは、一切の敵意を感じなかった。
むしろこの子どもに対する、慈しみにも似た感情が、不思議と伝わってくる。
「今、治してくれたの? なんで?」
「当然だ。我はこの森の医術師である。我は医術師ユーグ。この森のすべての生命を護るもの」
緑色の異形――ユーグは、もじゃもじゃの体毛の中へと腕をしまうと、巨木の根元、蔓の枯葉が転がる辺りを見回した。
「なんと見事な」
「医術師? ……ねえ、あんたなんなの? 人じゃ、ないよね」
「人のわけがあるか。我は森の眷族、魔物である」
魔物、と、先ほども口にした言葉をユーグは放つ。
(漫画や映画でよく見る、あの、魔物のことを言っている?)
そんなこと、信じられるわけがなかった……そう口にする生物が、化け物のような姿かたちをしていなければ。
たとえば腕の中の子どもにそうと言われれば、琴子は鼻で笑っただろう。そんなもの存在するわけがないと。
しかし、今はその言葉を否定する気はない。むしろ心から納得していた。なぜならば、魔物や妖怪の類でなければ、このように毛むくじゃらで宙に浮き、且つ人の言葉を喋る生き物の存在など、どう説明できるというのだろう。
(そうか。つまり“この場所”には、“そういうもの”が、存在しているということなのか)
そんな馬鹿なと、琴子は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます