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 そして。


「あ……」


 奇跡か、もしくは幻覚でも見ているのだろうか。

 目の前に立つ青々と葉の茂った木に、いくつも真っ赤な赤い実が生っているのを見つけたのだ。さらにその実は琴子もよく知っているものだった。


(りんごだ)


 これまで木の実ひとつ粒だって見かけなかったのに、まさかりんごを見つけられるとは夢にも思わなかった。

 琴子は両目をごしごしとこすってからふたたび見上げる。やはり夢まぼろしなどではなく、確かにりんごは頭上に瑞々しくぶら下がっていた。


(運がいい……)


 果物であれば、水がなくても水分を得ることができる。石ですり潰せばあの子どもに飲ませることもできるだろう。

 しかし、ひとつ気になるところがあった。りんごの実は、見る限り琴子の知っているものと変わらないが、その実が生っている木のほうは、琴子の知っているそれよりも幾分か……いや、相当大きいのである。


(りんごの木って、こんな大きさだっけ)


 その木は、先ほどの子どもが捕らわれていたものよりは小さいが、周囲の他の木と比べると異様な存在感を放っていた。ただでさえ大木ばかりの森であるのだ、その中でひと際目立つとなれば、これが琴子のもとの世界にあると別物であるということは間違いなかった。


(だけど今はそれくらいのおかしさには目を瞑ろう。なんだとしても、食べられればそれでいい)


 意を決し、琴子は靴を幹のでっぱりに引っ掛けた。

 森をさまよい歩いたこれまでの間、毎日木の上で寝ていたおかげで、木登りはすっかり得意分野になっていた。一番下の枝まで、軽々、とはいかないまでもどうにか辿り着き――枝と言っても普通の木の幹ほどの太さがあった――腰を下ろしてひと息ついた。

 登っている間は見ないようにしていた下を見ると、地面が遥か下にある。

 随分高い位置に枝があることはわかっていたが、下からと上からでは高さの感覚も随分と違ってくる。もしも初めての木登りであれば怖気づいていただろう。数日木に登るのを繰り返していたよかったと、小さく息を吐いた。


「……さて」


 枝から落ちないよう気をつけつつ手を伸ばし、枝から下がる実を取れる分だけもぎ取った。

 木全体の大きさに反して、葉や実は琴子にとっての常識の範囲内であり、そしてやはり間近で見ても、赤い実はりんごそのものであった。

 琴子は手に届くりんごをいくつか摑み、上着を風呂敷代わりにして包み込んだ。

 五つほどもぎり取ったところで、りんごが零れないよう上着を結び、肩に背負う。

 そして、さあ下りようと、枝から幹へと足をかけた。そのときだった。

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