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「……な、なんだったんだろう?」


 すっかり枯れ果て、幹にぶら下がった蔓の残骸を見上げる。何かまずいことをしでかしたような気もしないではないが、とにかく今は子どもが解放されたことを喜ぶべきだ。

 自分に言い聞かせるように頷いた、そのとき、腕の中で身じろぐ感触がして、はっと視線を落とす。

 子どもの顔にかかっていた真白の長髪を払うと、髪と同じような白い肌をした小さな顔が見えた。

 十歳ほどだろうか。中性的な容姿だが、恐らく男の子だろう。まるで作られたものであるかのように整った美しい顔立ちをしている。

 子どもの薄い胸が、少しだけ上下していた。

 ただの希望かもしれないが、肌の色もさっきほどよりは生気を感じるものになっているような気がした。


「生きてる……ねえ、きみ、しっかりして」


 琴子は子どもの肩を揺さぶる。

 すると、かすかに眉を歪ませた子どもが、閉じた瞼を薄っすらと開けた。

 その瞳は、まだ琴子をはっきりと捉えきれてはいなかった。どこか虚空を見つめる、ブルートパーズのような美しい青色のそれは、なぜだか悲しい色をしていた。


「お、起きた! ねえ、大丈夫!?」


 返事はない。しかし、唇がかすかに動く。

 何かを伝えようとしているのだろうか。だが渇ききった唇は吐息を漏らすばかりで声を発しない。

 やがて瞼もまた閉じてしまった。

 今にも止まりそうな浅い呼吸だけが、小さな胸で繰り返されている。


「どうしよう……ちょ、ちょっと待ってて。水を取ってくるから。死んじゃ駄目だよ、すぐに戻ってくるからね」


 子どもを根元に寝かせて立ち上がった。

 念のために枯れ落ちた蔓を遠くへ蹴飛ばしてから、琴子は水場を探しにその場を離れた。

 森の景色はどこも似たようなものだ。

 あの巨木へ戻れなくなることがないよう、目についた木に拾った岩で傷を付け、目印とした。それでもあまり離れれば帰り道がわからなくなるだろう。琴子はもどかしさを抱えつつ、巨木の周辺を走り回った。

 しかし、七日七晩歩き続けたこれまで、水場などたったの一度も見かけなかったことを琴子は思い出した。

 喉の渇きを感じず……つまり水を必要としなかったから、それほど気にしていなかったが、思い返してみれば、これほど豊かに木々が茂る森であるにも関わらず、泉や川を見たことはない。それどころか、花や木の実すら目にしてはいなかったのだ。


(探せるのかな、本当に)


 この世界は、琴子の知る世界とは違う理の中にあることにはすでに気づいている。何が常識であるのかわからない。この地には、地上に水が湧かないか、もしくは水など最初から存在しない可能性もあるのだ。

 急に足取りが重くなる。

 だが、先ほどの子どもの姿を思い浮かべ、琴子は余計な思いを振り払うように頭を振った。


(……諦めちゃ駄目だ。ようやく見つけた人間なんだ。わたしはあの子を助けて、それから、ふたりで一緒に行くんだ)


 この不可思議な森を抜け出し、お互いの帰る場所へと帰る。

 その思いだけが、琴子の足を踏み出させる唯一の希望であった。

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