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「待ってて。すぐに助けるから」


 声を掛けても、やはり子どもはぴくりとも動かなかった。

 琴子は唇を噛み、わずかに振るえる手で蔓を掴む。


(助けないと、絶対に。ようやく見つけたなんだ)


 この子どもが誰であるのか、なぜこのような場所にいるのか、疑問はいくつも湧いていたが、そもそも琴子に不可思議な状況が降りかかったのは今に始まったことではない。

 とにかく今は、この子を死なせてはいけない。

 琴子はそう思った。

 それは決して、この子どもを思い遣っての行動ではないけれど。もう琴子は、この場所で、ひとりで居るのだけは、嫌だったのだ。


「何……これは」


 蔓は、何本もが複雑に絡まり合い、子どもの体を捕らえている。

 一本ずつほどいていけばいいと琴子は思っていたのだが、蔓を辿っても先端はわからず、また子どもの体からずらして外すこともできなかった。あまりにきつく巻かれているためびくともしないのだ。

 自然にこうなるにはどれほどの年月がかかるだろう。明らかに人為的なものであるだろうが、だからと言ってどうしたらここまできつく子どもの体を締め付けるほどに蔓を巻けるのかもわからない。


(とにかく一本ずつちぎっていくしかない。道具なんてないから……自力でやるしか)


 なるべく細い部分を選び、両手で強く蔓を引っ張った。

 太くはあっても植物の茎だ。木の幹とは違うのだから、ちぎれないことはないはずだ。


「ぐぅっ……!」


 歯を食いしばって渾身の力を籠めた。ぶち、と繊維の切れる音がしたと思ったら、蔓の表面にうっすら裂け目ができていた。

 これだけ力を入れて表面がわずかに裂けるだけなのかと琴子は落胆したが、ふたたび蔓を引っ張ると、思いがけず楽に亀裂は広がっていった。

 そして。


「切れた……」


 瑞々しい黄緑色の断面を見せ、蔓はふたつにちぎれた。

 しかし、この一本を切ったところで、まだ子どもの体を解放できそうにはない。少なくともあと五本ほどは切らなければいけないだろう。これは骨が折れるな、と琴子は溜め息を吐いた。

 その瞬間。

 両手に持っていた蔓が、切れ目からがさりと枯れた。

 と思えば、枯死はたちまち蔓全体へと広がり、まるで管に泥水を流したかのように、縦横無尽に伸びていた蔓が茶色く変色していく。


「わっ!」


 琴子は慌てて蔓から手を離した。

 蔓の枯死は止まらず、やがて巨木と子どもを巻いていた蔓はすべて細く萎びてしまった。

 その光景を唖然と眺めていた琴子が我に返ったのは、支えを失くした子どもの体が倒れるほんのわずか先だった。

 斜めに揺れた体に咄嗟に手を伸ばすと、小さな子どもはすっぽりと琴子の腕に収まった。

 枯葉が、子どもの細い腕を伝って地面に落ちた。

 かさり、と乾いた音だけが後に残った。

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