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踏んだ小枝が小さく鳴った。その音が合図だったかのように足から力が抜け、すぐ脇の大木に体を預け倒れ込んだ。
ずるずると木の根元へしゃがみ、抱えた膝に顔を埋める。膝を折るその動作で、擦り傷を多くつくった膝小僧が痛んだ。膝だけではない。体中が、気づかないうちにできた小さな怪我でいっぱいだった。
着ていた服はすっかりぼろぼろになっている。買い換えたばかりの靴にだって乾いた泥がこびりついていた。
ただ、腹が空かないことも関係しているのか、呼吸も鼓動もちゃんとあるのに、それほど体に疲労が溜まることはなかった。
七日間飲まず食わずで歩き回っていても、いまだに動けているのがその証拠だ。
けれど、体は大丈夫でも心はそううまくはいかないらしい。琴子の心は限界だった。
誰もいない場所でただひとり、どこにあるかも知らない森の果てを求め、そしているかもわからない誰かを探しさまよい続けることなど、これ以上琴子にはできなかった。
「うぅっ……」
終わりは来るのだろうか。家に帰れるのだろうか。
それとも永遠にひとりで、この場所で、いつか消えていくのを待つのか。
(そんな、ことに、わたしはどれだけ)
どれだけ、耐えられるのだろうか。
「誰か……」
誰でもいいから、誰か応えて。
こんな場所でいつまでも、たったひとりでいることは。
とても、とても、恐ろしい。
「……え?」
ふいに、顔を上げた。息を止め、膝を抱えたままで辺りを見回す。
景色は何も変わっておらず、本で見た太古の森のような巨大な樹木が辺りを埋め尽くすばかり。自分以外の動物の姿は、相変わらずどこにもない。
でも、何かが、聞こえたような気がした。
何かの……誰かの、声が。
「誰かいるの?」
呼びかけてみるが、耳に届くのは自らの唾を呑み込む喉の音だけだった。森のざわめきひとつ返っては来ず、まるで世界からはじき出されてしまったかのように思えた。
誰か、と、もう一度呼びかけようとして、やめた。
無駄だ。気のせいだったのだ。何日も歩き回り、けれど果ての見えない森の中で、いまさら人になど会えるはずがない。
誰かに会いたいばかりに聴いた幻聴だ。自分の頭の中でだけで、響いた声だったのだ。
そうに、決まっている――。
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